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勇者の従者


 少女は古びた遺跡――始まりの神殿――の入り口に立つ。


「なんかゲームと違うねんな……」


 これだけ自由に動き回ることができ、さらには神殿の質感もなにもかもが現実的であったために夢の中に居るという考えを彼女はほとんど棄てていた。


 とはいえ、いまだにここがゲームの世界の中だというのも信じがたいことではあった。

 そもそもゲームの内容に沿うのであれば、スタート位置は神殿の近辺の何もない草原ではなしに神殿の中の召喚の間と呼ばれる小部屋であるはずだった。

 そこで石版に触れることで、神からの啓示を受けて、冒険の準備が始まるのだ。


 わずかな差異でも、しょっぱなから不確定要素が多いことはその後の道程に大きな影響を及ぼしかねない。

 普通、本来、通常であれば、それはかなりの懸念事項になるはずだったが、少女にしてみれば所詮はキャラクター登録とゲーム開始時のメッセージを聞いただけの知識しかないので、多少の誤差は許容範囲とも言えた。

 これがやりこみまくったゲームなのであれば、ゲーム通りに進行するほうがよっぽどのメリットに恵まれているということになるのだけれど。


「うーん、やっぱ……まんまやなぁ」


 召喚の間に辿り着いた少女が漏らす。


 目に入ったのは四角柱の台座に据え付けられた石版。

 そこに刻まれているのはもちろんのこと日本語でもなければ英語でもない。

 今まで見てきたことのあるどんな外国語の文字とも違う、象形文字にも似た不可思議な文様。残念ながらその文字がゲーム画面と同じであったかは記憶があやふやで判断着かない。


 が、不思議と意味は理解できる。


(勇者よ、この石版に触れ、啓示をうけよ

 さすれば道は拓かれん)


 そのような意味の文章がみじかく刻まれていた。


「触っちゃえってことなんやろうなぁ」


 臆することなく、少女は石版に手を振れる。


 部屋中に光が溢れ、少女はこの世界で生きていく力を得る。

 武術の心得と魔術の知識を手に入れる。

 強い体と鋼の意思を手に入れる。

 そして、神が現れ、彼女に今後の道しるべを授ける。


 …………。


 そのはずだった。


「何もおこんないやん? なんで?」


 首を傾げる少女の背後で黒い影が揺らめく。


「まっ、期待はしてなかったけどな……」


 突然投げかけられた男の声。

 少女が振り向くとそこには、いかにもなファンタジー世界の旅人――ざっくりいえば冒険者――の恰好をした男が壁に手をかけて佇んでいた。


 彼の口から発せられた言葉もまた、なじみのある日本語でも多少は判別可能な英語でもなかったが意味は通じた。


 どこか気の抜けたような表情を浮かべる男に、警戒感が生じるまでもなかった少女は臆面なく尋ねる。


「えっと、どなたでしょうか?」


 ゆっくりと近づいてくる男は、西洋風の顔立ち。

 映画俳優やモデルとまではいかずとも、それなりの男前、しかし優男。

 雰囲気としては親しみやすそうな感じだった。


「名前を聞くっていうのが、まあ、その証拠だな。

 お前はミルカちゃんっていうんだろ?」


 それは少女の本名ではなかったが、聞き覚えのない名前でもなかった。

 PRG等のゲームをするさいに使い続けている本名をもじった名前であり、この世界と世界観を同じくするであろう例のゲームを始める際にも登録名として使った名前であったのだ。


「どうしてそれを?」


 ミルカという名をいまさらながらにして第三者から勝手に与えられた少女は、自分の質問の答えを得ていないことも忘れて新たな質問を口にする。


「まあ、いろいろとわけありでな。

 そうそう、俺の名は、キルス・ハーセム。

 勇者の従者をやっている。

 キルスって呼んでくれ。

 っていうか、お前はどうしてここに?」


 そう問われると少女――ミルカには、答えようがない。

 たまたまやってきた場所の近くにあり、たまたま歩いていたら行き当たり、たまたま知っているからという理由でこの遺跡にやってきたのだけれど。

 相対するのはこの世界で初めて出会う現地人。

 正直に話すのも気が引ける、というよりも信じて貰えない、厄介毎に巻き込まれる、面倒なことになるetc、etc……。


「えっと、あたし記憶を失くしちゃってて……。

 気が付いたら近くの原っぱで……。

 で、歩いてたらここが見つかったから誰か居ないかな? とか思って……。

 って言ったら信じて貰えます?」


「信じる、信じないは俺の勝手だが。

 嘘だと見抜く方法もないしな。

 で、記憶がないってことは、帰るところもないってことか?」


「まあ、ぶっちゃけ言えば……」


 上手く誘導すれば、このキルスとかいう男がどこか安全、あるいは落ち着ける場所まで案内してくれるかもしれない。

 そうは思えど、まだ人生経験も少ないミルカには、どう取り入ればそのようにもっていけるのかがわからない。


 はっきり言えばよいのかもしれないが、切り出す勇気もないままにただ黙ってうつむくばかりだった。


「まあ、魔族や魔物の変化へんげたぐいではないのは見ればわかるんだがな。

 かといって単なる一般人でもなさそうなんだが……。

 ああ、まだ答えていない質問があったな。なんで俺がお前の名前を知っているか。

 ネタバレすると、名前のみならず、簡単なプロフィールや能力値なんかも見えるんだがな。

 それこそが俺に与えられた特権。

 勇者の従者であるがための、特別な能力だ」


「ステータス……ウィンドウ……?」


 ふいにキルスの顔が険しくなる。


「どうしてそれを? その言葉は古き伝承にのみ伝えられ、実際に力を与えられた俺のような人間にしか知られていないはずだが?」


「えっと、名前とか能力が見えるって聞いたらなんとなく……。

 その単語が浮かんで……」


「なるほど。試してみる価値はありそうだな。

 その石碑には触れたか?」


「えっ、あっ、はい……」


「しかし、何の加護も受けられていない……か……。

 勇者ではなさそうだし、俺と同じ従者であるということでもなさそうだが……」


「ものは試しだ。

 もう一度石碑に触れろ。そして唱えるんだ」


 ミルカはキルスに言われるままに、石碑に手を置く。

 教えられた呪文は日本語では『解放せよ』というような意味の言葉であった。


「やっぱ、何も起こらねえか」


 さも当然のようにキルスが呟く。ダメで元々だった彼にとって、期待したとおりの事象が起きないことはさして心的ダメージにはならない。


(えっ? キルスさんには見えてない?)


 一方で、ミルカの視界は石碑から広がる光に満ち溢れていた。


(な、何が起こるっていうの……)

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