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魔法おばばに会いに行こう


「あー、良く寝たっ!」


 チェリは満足そうであった。

 昨夜は途中からミルカのベッドで寝させて貰えたものの、その前の二日間は、野営ともつかない野宿生活だった。

 犬の姿になっていたので、ふさふさの毛皮が布団代わりになったとはいえ、心細くもあり、熟睡なんてできようもなかった。

 それは、犬の習性が為せる業だったのかもしれないが。


 昨夜は、キルスがミルカとチェリの分の二人部屋を取ってくれたので、ベッドを占有して寝ることができた。

 キルスは別の部屋である。


 元々アイドル活動していた時に地方に遠征に行くときなんかは、五人のメンバーで二部屋、3人部屋と2人部屋をじゃんけんで決めたり、謎の民宿でマネージャー含めて雑魚寝というような経験も豊富だったチェリにとって、二人部屋で寝ることなんてなんの不満の生じえない。逆に、一人だと寂しいと感じてしまうくらいなのである。

 もちろんミルカもである。


「おはよ。キルスさん起こしてご飯行こうか」


 ミルカもさっさと身支度を終えて、キルスの部屋に二人で訪れる。

 こんこんとノックをすると部屋の中から、くぐもった声が聞こえてきた。


「ああ、ミルカとチェリか……。

 すまん朝食は、二人で行ってくれるか? 昨日ガルウの奴に飲まされ過ぎてな。

 食欲がわいてこない」


「そうなんや~、二日酔いってやつ?」


「ああ、まさにそれだ」


「じゃあ、ご飯食べてくるねっ。

 その後で、魔法使いのところは一緒に行きますよねっ?」


 チェリがさも当然、勝手にまつりあげながら保護者として当然という口調で誘うが、キルス的には、気が進まないのであった。

 いろいろな事情が相まって、この村唯一の魔法使いの婆さんとキルスの間には少なからぬ因縁があったりなかったりする。

 簡潔に言うとキルスはその魔法使いが苦手だった。


 少し考えて、


「すまんが、それも二人で行ってくれないか?

 場所は宿の人間にでも聞いたらわかるだろう」


 と言いながら、扉のところまでよたよたと歩いて出てきた。

 下着姿のだらしない恰好である。


 若くてそこそこイケメンのキルスであるので、不恰好さはさほどでもないが、チェリにもミルカにもそれはサービスショットではありえない見栄えである。


「二人だけで?」


「ああ、まあ信頼はそこそこある婆さんだ。悪いようにはされないだろう。

 せいぜい昔話に付き合わされるくらいのもんさ。

 それでな、折角の機会だから、相手が了承するなら魔法を習ってきてみてくれ。

 料金はこれくらいあれば足りるだろう。多少オーバーするなら後から払うといっておけばいい」


 とキルスは数枚の紙幣をミルカに渡す。


「魔法ってそんなに簡単に覚えられるもんなん?」


「才能があればな。無理な奴は一生かかっても無理だというが。

 俺みたいにな。

 チェリのスキルがあれば魔法は使えるんだろうし、ミルカだって使えるならそれに越したことはない。

 なにも冒険者にならなくても、いざというときに身を護る手段になればそれはそれで有益だからな」


 なんだかんだで、キルスはミルカとチェリの自立や将来のことを考えてくれているらしい。

 それは、裏を返せば、今のさしあたっての目的である勇者ゆかりの祠や神殿めぐりが終わった後のことは知らん。それ以上は付き合うつもりもないということをほんのり匂わせているのかもしれなかったが、ミルカもチェリもそこまで深読みすることなく、好意として受け取った。


「じゃあ、ご飯食べたら行ってくるね」


 と、チェリとミルカはキルスとしばし行動を別にすることになった。


 宿でありきたりの朝食を食べて、ついでに魔法使いのおばあさんの居場所を聞く。

 やはり、村で唯一の魔法使いである婆さんの居所は有名らしく――そもそも小さな村なのだ――、なんの困難も無く居場所が知れた。


「らんらんらんっ!」


 とチェリはスキップを踏みながら行ったり来たりしながらミルカの歩調に合わせている。


「チェリってば、その服ずっと着てるつもりなん?」


「だって、これ着てたら落ち着くしっ」


「目立ってるよ。あんた、滅法目立ってるよ」


 それもそのはずである。地味な異世界普通服装と比べて真っ白とまっピンクで彩られたチェリの服はただでさえ色調的にビビットすぎて、目を引くのに、ひらひらフリルのスカートと、そのスカートの短さ――いちおうおパンツが見えないように、ひらひらのアンダースコートをはいていてそれも衣装の一部である――は、異端中の異端であるのだ。


 宿でもちらちら見られたし、訪問者の少ないこの村では二度見三度見当たり前の注目度を醸し出していた。


 まあ、本人が気にしていないのならミルカも無理にそれを着替えさせる権利もなく、視線を受け流して気にしないように努めた。


 元々アイドル目指していた彼女らである。視線を集めるのには慣れていたし、まあいろいろそういう耐性には事欠いていないのであったのがせめてもの救いであろう。


「聞いた話によるとこっちやな」


 魔法使いの家は村の外れにあるという。宿のあった場所とほぼ正反対に位置するが、狭い村である。

 小一時間もかからずに、途中でなんどか遭遇した村人に方向を確かめながら、あっさりとたどり着く。


「ごめんくださーい」


 年長者であるミルカが、率先してドアを叩く。反応はない。


「ごめんくださーい。ここが魔法使いさんのおうちでしょうかっ?」


 チェリもそれに倣う。やはり反応が無い。


「留守なんかな?」


「どうだろ?」


「珍しい客だねえ」


 背後から掛けられた声に、ミルカとチェリはびくっと体を震わせる。


「びっくりした~」


 振り返ると黒いローブのお年寄りの女性が杖をついて立っていた。


「あの~」


 とおずおずとミルカが口を開く。


「用があるならお入りさ。話は中で聞くよ」


 と、二人に構わずお婆さんは家の中へと入っていく。


「「お邪魔しまーす」」




「で、要件はなんじゃ?」


 ミルカがチェリに目配せする。あんたの用事なんだからあんたが話なさいよということである。年長者どこ吹く風であった。


「えっと、犬魔術について聞きたいんですけどっ」


「聞いたこともないねえ。犬の魔術?」


「それで間違ってないと思うんやけど、知りません?」


「すまんが、わからないな。

 要件はそれだけか?」


 とりあえず、解決すべき疑問はなんの解決も見せなかった。

 仕方なくもうひとつの要件を切り出す。


「あの、あたし達、魔法を習おうと思って」


「魔法かい? 確かに教えてやれんことはないが……。

 魔法を使える人間は滅多にいないからねえ」


「一応使えそうなら覚えときたいなって」


「試してみるだけでもっ」


「ちょっと待っといで……」


 お婆さんは川へ洗濯……ではなく部屋の奥へと入って行った。

 三冊ほどの本を持って帰ってくる。


「うちにあるのはこれだけじゃよ。火の魔法と水の魔法、それに回復魔法じゃな」


「どうやって覚えるの?」


「お前さん達、字は読めるのかい?」


「多分……」


 もちろん日本語圏ではないこの異世界ではあるが、彼女らは言語に不自由していない。

 日常会話のみならず、いろいろと意味は通じるし、話せるし聞ける。それに文字も意味は解るし、発音も解る。どういう理屈か知らないが、翻訳能力を持ったこんにゃくを食した状態と同じなのだ。


「なら話は早い。こいつらを読むこと。読んで内容を理解すること。

 それで適性のある人間は魔法を使えるようになるよ。

 といっても、冒険者なんかとしてやっていこうと思えばそこからの練習が必要になるがね」


「読むだけなんだ。でも結構分厚いね」


「なに、中には図面なんかもある。一時間もあれば一冊ぐらい読み終えられるさ。

 なんなら、今から読むかい?」


「いいんですか? でも全部で三時間か……」


「二冊ほど読んだところで一旦休憩をはさんでやろう。

 昼飯に付き合ってくれたら、お代はいらないよ」


 なんか聞いていた話と違って大層親切なお婆さんのようである。

 キルスが苦手としているのは一体どういう理由からなのか謎は深まるばかりである。


 それで、とりあえずお婆さんの言うとおり、好意に甘えて読書タイム&ランチタイムを送ってみることになった。


「じゃあ、うちは火の魔法から読んでみますか」


「じゃああたしは、水の魔法にしようかなっ」


 と、それぞれ一冊ずつ手に取り、読書開始である。


 実はこの本、序盤はそれぞれほぼ共通の内容が書かれている。

 魔法とはなんなのか? その成り立ちや原理的な――仮説にすぎないが――もの。

 種類や体系など。いわば教科書のようなものである。

 何故それを読めば魔法が使えるようになるのかは、さっぱりわかっておらず、かといって他の方法で魔法を習得した人間がほぼほぼ存在しないので、こういった面倒な方法が未だに引き継がれているのであった。


 勉強気分で読書にふける二人を横目に、お婆さんはうつらうつらと眠り始めた。


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