二人一緒に
部屋に入っての第一声はガルウだった。
「なんだこりゃ?」
彼が不思議がるのも無理はない。
開かれた扉をくぐるとそこには見慣れた光景。というかどこかで見た風景が広がる。
上階にあった部屋と寸分たがわぬではないのか? というある種のデジャブを感じる場所だった。
ただ一つ違うのは、そこには祠の一階部分で姿を消していた石碑とその台座が存在していたということだ。
「戻ってきたってわけじゃないやんな?」
ミルカは未だこの世界のダンジョンの不思議についてはよく理解していない。
ゲームであればループする通路というのもあっちゃったりするので、その一種ではないか? と疑ってみたのだった。
「その可能性もないわけではないが、あれを見ろ」
キルスが差すのは壁の奥。そこは確かに一階部分であったヒラケゴマの隠し扉は存在しておらず、壁一面に大きな紋章のような意匠が刻まれている。
「ああ、よく見ると微妙に違ってるなあ」
「もっと深いダンジョンだったら、入り口までワープって便利だけどねっ。
帰りもすぐだしどっちでもいいよねっ」
「で、もうこれ以上奥がないんやったら、ここが目的……なんやけど。
何しにきたんやっけ?」
「おいおい、ミルカ。忘れるなよ。
ひとつは、勇者の痕跡を探ること。まあ、それは直接会えない限りは……もしくは何らかのメッセージを残していない限りは見つけようがないんだが。
それより今回の目的はミルカが石碑に触れて何が起こるか確かめるってのが元々ここに来た理由だよ」
「ああ、そうやった。んじゃあ、さっそくやろうか。
チェリも念のために同じことやっていいよね?」
「ああ、構わん」
「わたしもするのかっ。順番どうするっ?」
「せーのでやる?」
「えっ、そんなことできるのっ?」
「わかんない。やってみて駄目だったら、じゃんけんで決めよう」
軽いノリで、ミルカとチェリで石版に触れ、いっせーのーせで呪文を唱えることになった。
「前やった時はなんかあっさり終わっちゃってもうたからなあ」
「そうなんだっ」
「それじゃあ行くで!」
「「解放せよ!」っ!」
二人そろって呪文と言ってもたったの一言。ありがたみもへったくれもない言葉を唱える。
二人の視界では周囲がグレーに染まって、キルスとガルウは動きを止めた。
目前では石版が光を放ち、ホログラムのように、石碑から60センチメートルぐらいの人影が浮かび上がる。
「うあわ、時間止まってるっ?!」
「そうなんや。なんかうちらだけに認識できる世界みたいで」
『よくここまで辿り着きました……』
石碑から投影された人物が語り始めた。
「まあ、そないに苦労してへんけど」
「わりとピンチっぽいことには巻き込まれたけどねっ」
『二人になったようですね』
「そうやねん。ちょっと思ったんやけど、他の三人もそのうち会えるのかな?」
「そうだよねっ。わたしもそれ思ってたっ」
『それはあなたたちの行動と定められた運命次第ですね……』
「ってことは、やっぱり5人ともこの世界に来てるってことなのっ?」
『それは今は言えません……』
「ふーん。でこの人は一体何者?」
チェリが本人ではなくミルカに聞く。
「前は教えてくれへんかった。なあ、教えてくれへんねんやろ?」
『時期尚早ですから』
声は脳に直接響く感じで、男性とも女性ともつかない。
白くて長い布を纏った姿は女神のようでもあり、神話の男性神でもおかしくない。
薄いグレーの長髪も、性別を判断するには至らない。
顔はぼんやりとぼやけており、結局のところ相手が何者かは『なんかわりあい若そう』という漠然とした感触以外には一向に掴めないのであった。
「で、前はキルスさんと旅を続ければいいみたいなことだけで終わったやん?
あと、歌も教えてくれたけど。
今回もそんな感じ?」
「わたし、なんでワンコになっちゃうか知りたいっ!
ゲームの設定ではそんなのやった記憶ないしっ」
チェリは言うが、相手はそれをあっさりと無視する。
『二つ目の解放の褒賞として、新たな力を授けましょう。
あなたがたのこれからの冒険で必ずしも必要となる力です』
「うーん、やっぱそれかあ」
半ば、新たな情報公開に期待してなかったミルカであったので諦め半分に頷いた。
『ミルカには新たな歌を。
チェリにはミルカを護るための力、犬魔術を……』
「い、いぬ?」
「犬魔術って言った!」
『では、ふたたび会える日を楽しみに……』
「あっ、行っちゃうの!
ここがどことか、何のために来たとか……」
「それ、前にも聞こうとしたけど聞く耳持ってくれへんかってん……」
謎の人物を映し出した映像が石版の中に戻っていく。
それと同時に世界が色を取り戻す。
キルスもガルウも動きだす。といってもミルカとチェリを注視して固まっているも同然だったが。
「終わったよ」
ミルカが待っていた二人に告げる。
「どうだ?」
「うん、なんにも無しってわけやなかった。
やけど、やっぱりようわからん」
「そうか……」
「それよりキルスさん? 犬魔術って知ってるっ?」
「聞いたこともない」
「あれ? チェリはまだ使い方わからへんの?」
「うん、さっぱり。ミルカの歌は?」
「それなら多分もう歌えるで。『勇ましの歌』って、味方の攻撃力を上げる歌みたい。
新曲披露してみようか?」
ミルカはロッドをマイク代わりに構えて歌いかけるも、
「今はいいだろう」
とキルスに止められた。
「それより犬魔術だよっ……」
「次のミッションは犬魔術の謎を解け? そっちの路線?」
「知り合いの魔術師に聞いては見るが……」
「まあ、ロザリスにはカビの生えかけた婆さんしかいねーけど」
「そうか、ロザリスにも居たな」
ガルウに言われるまですっかり思案の外においやっていた老婆をキルスは思い出す。
あまり良い思い出はないがとりあえずすがるのもいいだろう。
「じゃ、一旦帰ります?」
「そうだな」
と、広間を後にする。
やはり、入り口の間にワープしていたわけではなく、似たようなサイズの別個の部屋が一階と地下一階に二つ存在していたようである。
祠の中では魔物に襲われることもなく。
祠から村への道ではそこそこ魔物は出るものの、キルスとガルウであっさりと倒せるレヴェルの魔物で多少の稼ぎにはなったが、新曲披露の出番も無く、平穏で平坦な帰路だった。
「じゃ、おれっちはここで」
とガルウが別れを告げる。
「どうせ今夜は村に泊まる。酒場には顔を出すんだろ?」
「結構な稼ぎになりましたからね」
「じゃあ、今晩の会計は別でいいな」
「ガルウさんおおきにね!」
「ありがとうっ」
「おう、嬢ちゃんたちも元気でな。
って、明日も暇なら見送りぐらいはするけどな」
「もう少し真面目に働いたらどうだ?」
「いや、おれっちは日々飲んで暮らせるだけの日銭がありゃあそれでいいんで」
と、一行に背を向けて歩き出すガルウを見送る三人。
「欲のない人ですねえっ」
「たんなる怠け者やないの?」
「ミルカの言うことが正解だな」
「で、これからどうすんの? 魔法使える人のとこ行ってみる?」
「今日はもう遅い。飯を食って宿に入ろう。
明日また旅の準備がてら顔を出したらいいさ」
三人は酒場兼食堂に向う。
小さな村で、そういった店は一件しかなく、そこには当然既に今日得た報酬で酒を飲み始めたガルウの姿があったのだった。