イベントボスと向き合おう
キルスの言葉がフラグになってしまったのか。
それから、わりと頻繁に現れる魔物を倒しつつ、祠の近辺まで来ても祠の前に鎮座する他より大きなタスクドボアは居座り続けているようだった。
「困ったことになったな……」
「出直しますか? 旦那?」
男連中は、新たな機会を設けようと画策しているが、
「うーん、時間空けても同じことちゃうかな?」
ミルカは否定的だ。
「どういうことだ?」
「えっとね、多分イベントボス的な存在じゃないのかと」
そう言われても、キルスにもガルウにも意味が通じないので改めて捕捉する。
「うちらの目的ってあの祠に入るってことやろ?
ってことは、そこには障害があってしかるべき」
彼女の言い分はまさにゲームでのお約束なのだが、彼女たちにとってはこれはゲームの延長にも近しいことがあるから致し方ない。
「ってことは、あいつは倒されるまでずっとあそこで番をしているってことか?」
「近いもんはあると思う。
なんとか倒せるのなら、それに越したことはないけど」
「倒せないことはないがな……」
とキルスはガルウを振り返る。
「やりゃあいいんでしょ、やりゃあ」
「あと、持久戦になるんなら、あたしの歌も役に立つかも知れない。
癒しの歌は徐々に傷を回復してく奴だから重傷を負わない限り効果はてきめんだし、その後の微睡の歌で眠らせれたら、かなり有利に運ぶよね?」
「ミルカはそんなの使えるんだっ?」
「まあね。チェリも祠に入って石版に触れたらなんか力が手に入るかもしれへんで」
「おお、まあ、それまではお荷物ってことだよねっ」
「気にするでない。うちも通った道やから。
んじゃ、いっちょやってみますか!」
「お前は相手の気を引くだけでいい。
あとは後ろの二人の護衛を頼む」
「あいあいさー」
ゆっくりと敵に向って近づいていくも、敵はその場を動かない。
あくまで場所を、空間を守護しているようだ。それが本人の意思なのか、何者かの指図なのかは言語は介することができないため明らかではないが。
キルスが剣を引き抜き、飛びかかる。
「あっ、なんか雰囲気変わった?」
「戦闘モードってことやろうな。
んじゃ、さっそく」
ミルカは、手にしたロッドをマイク代わりに、癒しの歌を詠唱する。
チェリも見よう見まねで隣に並んで歌を歌う(ふりをする)。
「こいつの動きは直線的だ。突進の一歩目を見極めれば躱すことは難しくないはずだ」
「わかっちゃあいるんだが……」
ギリギリから多少の余裕を持って突進を避けるキルスと違い、ガルウは相手の攻撃を紙一重で器用に喰らう。
が、多少の傷ならミルカの歌の効果ですぐに回復する。
それを見届けてミルカは、新たな歌の準備に入る。精神を落ち着かせて気持ちを切り替える。
「連続で歌えるんだ?」
「何曲続けて歌えるかは知らないけど。まだ余裕はあるよ」
短く答えると、ミルカは詠唱を始める。
「うわっ! こっち来る!」
「まじで!」
「馬鹿野郎! そいつらの方に誘導する奴があるか!」
「すまねえ旦那!」
猛烈に突進してくる巨大猪にさすがにミルカも歌を歌い続けるのを諦める。
一目散にサイドステップで突進の方向から逃れる。
が、敵の狙いはミルカではなく、チェリのようだった。
「避けて!」
ミルカが叫ぶ。チェリに向って大きな牙が迫る。
チェリの小柄な体に巨体が激突すると思われたが、その巨躯はすり抜けるようにチェリの脇を通過する。
勢いよく駆け抜けた大猪は、身をひるがえすと改めてチェリに向って突進の体勢を整えた。
「奴の気をひけ! 二人に近づけるな!」
キルスがガルウに叫び、自らもチェリと敵との間に割って入る。
が、キルスとて、大質量の突進を直に食らえば致命傷だ。
じりっと体をずらし、敵の気をひきつけようとするが、相手はその誘いに乗ってこない。あくまでもチェリに狙いを絞り、突進を始める。
ガルウは為す術もなく見守っているだけだ。
まだ距離があるために、この距離ならば余裕をもって躱すことは可能ではあるはず。
先ほど披露したチェリの対捌きに一縷の期待を託しつつ、それでも脇を通りすぎる敵の脇腹に剣戟を入れてその勢いを殺すことに注力する。
多少の効果があったのか、「ぶぎいいぃ」と悲鳴を上げるも、その突進力は衰えない。
「何やってんの!」
身動きしようともしないチェリにミルカが声を張り上げる。
が、またもや激突寸前という一歩手前でチェリはひらりと躱し無傷だ。
「ふーん、サイズが違ってもタスクドボアなんだ。Lって付いてるのは、リーダーってことかな?
レアだったらRだもんね」
「何を呑気に……」
呆れるミルカだったが、チェリはこともなげに言う。
「ミルカの特殊能力である歌ってあるじゃん?
あれと一緒みたいだよ。
『挑発ステップ』。なんかダンスみたいだけど」
「それってスキル?」
「そうなのかな。敵の注意をひきつける代わりに、回避率が大幅上昇?
なんかそんな感じ。今ひらめいた」
余裕をぶっこきながらチェリはひらひらと踊り始めた。
確かにタスクドボアはチェリを攻撃対象に定めたようで、他の者には見向きもしない。
「下手に眠らせるより、わたしがひきつけている間にチクチク攻撃していったほうがいいかもね」
「そうは言ってもね。いつまで続くかわかんないし。キルスさん?
動き回っている相手の急所ってねらえちゃうもん」
「正直難しいな……」
「そやろなあ」
と、ミルカは中断していた微睡の歌を歌い始めた。
「旦那~、俺達はどうすれば?」
「とにかく、削るぞ。あいつらの言うように、多少なりとも攻撃を続けることでいずれはダメージが蓄積していくだろう。
優先して足を止める」
「へいへい」
どことなく、和んだ空気が流れたが、緊迫した戦闘中には違いない。
二度、三度と突進を間際で躱す、そして躱したと思えば奇妙なダンスを踊り出す。
小柄な少女が敵の注意を引きつけている間にも、キルスは巨体にしてはか細くもある足に攻撃を絞って剣を振るう。
ガルウは、得物が得物だけに――二ふりのダガーでは射程が短すぎるのだ――、大して攻撃参加はしていないが、金銭が発生している以上サボるわけにもいかず、安全圏に身を置きながらもグサグサと敵の体を切り裂いていく。
その中心には踊り狂う少女と、少し離れた場所で歌い続ける少女。華やかではあるが第三者的には戦闘シーンとは思い難い光景が広がる。
ふと、タスクドボアの動きが緩やかになり、ゆっくりと横たわる。
「やったのか?」
「ううん、眠っただけ。急所とかあるなら止メさせる?」
無慈悲にミルカが言い放つ。
キルスがタスクドボアの傍らに立つと剣を額に突き立てた。
ぐさっという肉を切り裂く音と、ぷしゅっという血が噴き出る音。ああ、生臭い。
ともかくそれで、巨大な猪の体は徐々に細かな粒子となって風に運ばれ消えていく。
あとには毛皮と魔珠と肉塊が残った。
「お肉とれるんだ?」
「時と場合によってはな」
言いながらもキルスは肉を包んで回収する。魔珠を手に取り、眺めていると、
「こいつは高く売れそうじゃねえですか?」
とガルウが覗き込む。
「大物だったから? 幾らぐらい?」
「まあ、通常サイズのこいつらの10頭分くらいだろう」
「そんなもんか」
「おいらにしてみりゃ、大金ですぜ」
「お前は稼ぎが細かすぎるんだ」
とキルスは自分のことは棚に上げて突っ込む。
「まあ、なんにせよ、障害は取り除けたってわけやね」
「ああ、チェリにずいぶん負担をかけてしまったが」
「ああ、わたしなら平気ですよっ。
踊るのは慣れてますからっ」
にしても、一手に魔物の敵意を引き付けるのは精神的に負担が激しかったはずだが、多少息を切らしながらもチェリはケロッと言い放つ。
「お嬢ちゃん達に助けられることになるとはねえ」
「チームプレイってことで、お構いなく」
四人の中で一番役に立っていなかったのは明らかにガルウだったが、
「そうさね。力を合わせて大物を倒す。
これぞパーティの醍醐味ってやつか」
と、なにやらご満悦のようであった。