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四人で出かけよう


「どうも、初めまして。

 チェリっていいます。ミルカの友達です」


 臆面もなく言い放つチェリにキルスは渋い顔をする。


「ミルカ、記憶が戻ったってことか?」


「うーんと、そういうわけやないねんけど」


「わたしも記憶喪失ですからっ」


「で? 俺にどうしろと?」


「まことに言いにくいことですが、一緒に連れて行ってもらえればと……」


「なんでもやりますっ」


「なんでもやると言われてもなあ。

 ミルカだけで手一杯という事情も……」


「あのね、キルスさん。

 こういっちゃなんだけど、チェリもひょっとしたら勇者とかとの関係者かもしれへんねん。

 いや、多分おそらく圧倒的になんらかの関係があるでしょう」


 きっぱりと言い放つミルカだったが、キルスは渋い顔を崩さない。


「そうはいってもなあ……」


 あまり……どころかかなり乗り気ではないようだ。

 それはキルスの懐事情に起因する。

 一人で気ままに旅をしていた頃は収支バランスはどちらかというと黒字ペース。

 多少の贅沢――仕事終わりの飲み食いとか装備の充実とか――はできていたものの、ミルカの宿代や食費、その他もろもろの雑費を鑑みると、危うい収支バランスになってしまう。

 その上でもう一人居候が増えるとなれば、これまでのように旅のついでに魔物を狩る程度の悠々自適な生活スタイルではあっというまに貯蓄が尽きてしまうのが明白だった。


「くちゅんっ!」


 唐突にチェリがくしゃみをする。


「なっ!」


 キルスは目を見開いてびっくり仰天する。


 目の前にいたミルカよりも多少背の低い少女が消え失せ、そこにはチェリが来ていた服――ミルカのサイズに合わせていたので多少ぶかぶかだった――と、小さなワンコが居るだけだった。


「何が起こった?」


「くうーん」


 と元チェリのワンコが甘ったるい声で鳴く。


「彼女得意体質みたいで。

 気を抜いたら犬になっちゃうみたいなんですわ」


 これはミルカが昨夜、チェリに聞いていた情報だ。

 なんでも人間の姿で居るにはそれなりに緊張感を持続しないといけないらしく、ちょっと気を抜くと犬と人間の狭間の獣人形態に。

 ひょんなことから完全なワンコに変身してしまう。

 その制御のさじ加減が現状のチェリには難しく、こうして犬になったり獣人になったりと、自らの意識と反していろいろと変身してしまうというのがチェリさんの困った体質であるのだ。


「目の前で見たから信じないということは選択肢にはありえないんだが。

 それでもにわかに信じがたいな……」


 呆れたように漏らすキルスの前で、チェリは獣人形態へと姿を変える。

 人間になってしまえば、その裸体を晒すことになり、いっぱしの乙女であるチェリには耐え難い羞恥となるため、モフモフの毛皮で包まれた獣人形態で留めている。

 なんだかんだで、その姿は人間の時よりも安定しているとも言っていた。

 また、人間言葉を話せるのは獣人形態からなので、とりあえずの場繋ぎでもある。


「わたしも自分の置かれた状況がわかってなくって困ってるワンっ!

 なんとかお願いできないでしょうかっ!」


「ということで、どうか……、しばらくの間だけでも……」


 二人の少女――一人はモフモフ――に頭を下げられると、本質的に面倒みがよくて気の良いキルスは断わり切れない。


「しゃーねーな……」


 などと、消極的にチェリの同行を認めつつも、ミルカを連れて旅をするという判断がそもそも間違っていたのではなかろうか? などと後悔しつつも自問自答するが、問題を先送りにして、とりあえず本日の目的地である祠への出発の準備に取り掛かるのであった。

「極力、人間の姿でいるようにしろよ。どうせ畑を荒らしたのもお前なんだろ?

 それが知れたら厄介だ」


「善処しますっ!」


 というわけで、朝食を終え、ガルウとの待ち合わせ場所に向う。

 面倒なので、チェリの服はミルカに買ってあった予備の服を裾と袖を折ってなんとか代用していた。

 それはそれである種の萌える姿だったが、ロリ性質を持ち合わせていないキルスにはどうでもいいことであったりする。


「旦那ぁ、足手まといが増えてますぜ?

 新しい事業でも始めたんですかい?」


「まあ、なりゆきでな……。

 戦力にはならんが、二人で守れば大丈夫だろう。

 さっそくで悪いが出発するぞ。

 夜までには帰ってくるつもりだが、どれだけ魔物と遭遇するかわからんからな」


「魔物なんて、一回出会えば多いほうじゃないっすか?」


「そうだといいんだがな……」


 普段であれば、ガルウの言うとおり。

 祠への道のりは半日足らずで、その多くは整備された街道を通るルートである。

 ここいらの魔物はレヴェルも低く、人間を襲うことは――それも、力のある冒険者を――滅多にない。

 そのはずであった。


 というわけで、出発したキルスにミルカとチェリのお荷物二人組と、御伴のガルウだったが、しょっぱなから出足を挫かれる。


「あっ、魔物が来るねっ」

「うん、魔物やな」


 ミルカとチェリがほぼ同時にその気配を感知する。


「出て早々か? こっちに向ってるのか?」


「すごいスピードでな」


「旦那? どういうことだ?」


「いや、こいつらには、察知能力があるらしくてな。

 今までんところ、外れたことはない。

 向かってきているようだ。戦闘準備してくれ」


 キルスが剣を抜き構える。

 ガルウも半信半疑でそれに倣い、ダガーを両手に装備する。


「わかってると思うが、お前らは後ろに隠れてろよ」


「うん、チャンスがあったら歌うけど」


「勝手にしろ。あくまで相手と距離を取って安全圏からな」


「合点承知!」


 ミルカがロッドを手に取り一応の臨戦態勢を取る。


「どういうこと?」


「どういうってチェリはなんかスキルとってないの?」


「スキル?」


「うん、あたしはね、敵を眠らせる微睡の歌と怪我とかを徐々に治していく癒しの歌ていうスキルがあるんだけど」


「そんなの知らないなあ」


「その代りが変身能力なのかもね」


「あれって役に立つの?」


「わかんない」


 などと呑気に会話していると、魔物が現れる。

 猪様の巨体が二匹。


「キルスさん、それって強い?」


「いんや、ありふれた奴だ。相手も二匹。二人で掛かればなんともない」


「俺にとっては久々の大物だけどな」


「お前は、楽な相手としか戦わないから」


「ふーん、タスクドボアかあっ」


「チェリ、知ってるの?」


「なんとなく、名前だけは。知ってるっていうか、浮かんでくるって感じだけど」


「へえ、それはうちには無い能力やなあ」


「だけど、名前だけだからね」


 危なげなく戦う男衆を見ながら、やはり呑気に女子組は観戦する。


 やがて、一匹にとどめを刺したキルスが、なんとか食い止めていたガルウに助力する形で戦闘が終わった。


 毛皮と、例の魔珠が後に残された。


「消えちゃうんだね」


「そうなんだ。面倒とグロいのが無くっていいんだ」


「しょっぱなからタスクドボアとはな……」


「これくらいならお前一人でも狩っているだろう?」


 キルスがガルウに指摘する。


「いやあ、それがここんとこ小物ばっかりで腕がなまってまして」


「役に立たないんなら、報酬を減額するぞ」


「いや、ちゃんと足止めぐらいでできたでしょう?

 徐々に勘を取り戻すから、ね、旦那。

 報酬はいつもどおりでお願いしますよ」


「まあ、契約は契約だからな」


 と、素材と魔珠を回収して、歩を進めるとまたしてもミルカとチェリが異変を察知する。


「ねえ、うちら向かってるのってあっちだよねえ?」


「そうだな。なんだまた魔物か?」


「多分、ねえチェリ?」


 水を向けられてチェリも頷く。


「あの感じ……。一度会ったことのある奴かも……」


「どんな奴だ?」


「今の奴のでっかい版。

 牙とかすごくてっ……」


 それにはキルスとガルウが顔を見合わせる。


「そいつの動きは?」


「今のところ動いてないねえ」


「ヌシじゃねえですか?」


「その可能性はあるな。

 が、奴なら人間を避けるだろう。

 こっちは目的があるんだから、避けて通るわけにはいかない」


「あんなのと戦うなんて御免ですぜえ?」


「戦うことになると決まったわけではないさ」


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