奪われゆくもの
前話から妹の小説を経由してきています。こちら→http://ncode.syosetu.com/n5823bi/
...それは突然の事だった。
「ただいま~」
私はいつも通りに帰ってきて、扉を開けた。
真っ暗だった。
「誰かいる?」
家の奥へと進む。
「あれ、皆どこに行ったんだろう...」
家の中を探し回る。
「誰も....いない.......?」
「そんなバカなっ...!どこだ!どこに行ったんだっ!!」
家の中を駆け回る。だが誰もいない。
「母さん...父さん...!」
その瞬間、電話が鳴った。
私は電話に向かって直進し、乱雑に受話器を本体から奪い取る。
「もしもしっ!」
「あの~...シュタイナーさんのお宅でしょうか...」
中年の男が申し訳なさそうにしゃべっている。
「そうですが、どなたですか?」
「私は...医師の......」
その男は自分の名前を名乗ったが、正直どうでもよかった。
「一体どうしたんです...?」
「あなたは...アイリーンさんのお兄様ですか...?」
その言葉からは嫌な予感しかしなかった。
「そうです、彼女に一体何が...!」
「....大変申し上げにくいのですが...」
「嘘だ......」
「ルートヴィヒ・アイリーン様は...」
「嘘だ....」
「たった今...」
「嘘だ...嘘だ嘘だっ...嘘だ!!!」
そう言って私は受話器を投げ捨てた。衝撃で分解した受話器は、少々さみしそうにしていた。
「嘘だ...そうだ...きっとこれは夢だ...悪い夢だ...早く起きろよ...早く...早く朝がくれば...」
時は遡る。その年の8月。
「お兄ちゃん...」
いつも通りに過ごしていた私達に、魔の手が差し掛かった。
「ん、何だ?」
「ちょっと...苦しい...」
妹は息を荒くしてそう訴えかけた。
「大丈夫か...!?落ち着いて!深呼吸...」
「す~....は~....」
「大丈夫か...よし...そのまま...」
「はぁ...う、うんっ、もう大丈夫...」
「本当か...?」
「うん!大丈夫だよっ!」
それ以来、妹は時折呼吸不全を訴えるようになった。
私はそれが気がかりでしょうがなく、9月。嫌がる妹を無理やり医者へ連れて行った。
「どうです...先生...」
「ちょっと...いいですか...?」
医者は妹の顔を見てそういい、私に手招きをしつつ別室へ向かった。
「彼女のお兄さん、ですか?あちらのお部屋へ...」
看護婦にそう言われ背中を押され、渋々と私はその部屋へ向かった。
「いいですか、落ち着いて聞いてください。」
「私は落ち着いてます...。」
「私が言ってるのは、話を聞いてからということですよ。」
年増の医者は私の顔色を伺うようにしてそう言った。
「大丈夫です。」
「妹さんですが...」
医者は口ごもる。
「正直に言ってください。私は受け止めますから。」
「長くはもちません。正直、彼女の身体では数ヶ月生きるのが関の山でしょう。」
私はその場で叫びたかった。しかし私は大丈夫だと言ってしまった。だから私は黙って、言い放った。
「....そうですか。ありがとうございます。」
「ですから妹さんを入院させて...」
「お断りします。」
私は俯きつつそう言った。
「でも...それでは症状が悪化して...」
「いいかっ!」
私は医者のほうへと向き直った。
「病院のベッドでまともに動けもせずに数ヶ月生きてもらうくらいならっ...普段通りの...何もない日常を...2日でも、1日でも...1時間でも......最期くらい...「幸せだった」って...彼女にそう言わせてやれるような終わらせ方をしてやらないと...俺が笑顔で送ってやれないじゃないかよっ!!」
医者は黙っていた。
「だから...彼女は...連れて帰る。」
「待つんだ。」
「ん...?」
「お前さんは今、彼女が死ぬことを知った。お前さんは普段通りを求めても、きっとそうはならないだろう。何故ならお前さんは彼女が死ぬと知っている。辛いぞ...彼女が笑うたび、お前さんは思うんだ。『ああ、この笑顔もあと少しの間しか見れないんだな』と。守りぬくなんて無理だ。その覚悟があるというなら...構わん。私は止めんよ。」
「...肝に銘じておく。」
私はそういい、妹を連れ颯爽と去った。
その後、それを忘れさせるような楽しい日々が続き、時は既に10月。妹の体調は回復してるように思えた。
そんな月の2日。異変は起こった。
「お兄ちゃんっ!」
ガンッ、という鈍いような鋭いような衝撃音とともに、妹の声がこだました。
「今行く!」
急いで向かってみると、窓ガラスに亀裂が入っていた。
鳥が刺さっていた。鴿だ。何の変哲もない普通の鴿。そいつが窓に刺さって事切れていた。
「何があったんだ...」
「天変地異でも起こるのかな...?」
「そうならないように願いたいね...」
その刹那、妹は自分を吊っていた糸を切られたマリオネットのように崩れた。
「おいっ!しっかりしろっ!!おいっ!!!」
揺さぶりつつ叫んでも答えない。
救急車を呼ぼうとしたが、やめた。
彼女を布団に寝かせ、安静にさせたが、目覚めなかった。
4日。彼女は目覚めた瞬間私の顔を見て言った。
「ごめんなさい...」
何があったのか分からなかったが、とりあえず、「気にするな」と言っておいた。
その日、私は彼女を連れて屋上へ行った。本来立ち入り禁止なのだが、私は時たま入っている。
「何か...夢でも見たか?」
「夢...見た。」
「詳しく教えてくれないかな...」
「詳しくはわからないけど...そこには人がいないの。」
妹は夢の話を始めた。
滅んだ文明の話。
悲しい話だった...。
そんな話を聞いていると、変な感覚に襲われた。
「そういえば、お前...」
-----もう、起きてるか?-----
え?という顔をして私を見る妹。
私は何一つとして発言したつもりはなかった。が、何か言っていた。
「どういうこと...?」
妹が顔を覗き込んでくる。
「ん、なんでもない...気にしないで...」
私は夢の中にいるようだった。
夕暮れどき、あまりに静かすぎた。
鳥の声どころか、風すらない空間。まるで写真のようだった。
「俺は...何があっても...お前を守ってみせるから...」
柄にもなく、弱い口調でそう言った。
「...うん、嬉しいよ。」
「例え何が邪魔しようが....絶対に...!」
私は泣いていた。あの時医師に言われたことがやっと理解できた。
彼女はもういつ死んでもおかしくない。
1秒1秒を惜しんで生きていかなくてはならない。
未来なんて、こなくていい...時間なんて進まなくていい...
何もかも、進むのが怖かった。
それが進歩だったにせよ、進むのが怖かった。
この時間をいつまで続けられるか。それだけでいっぱいだった。
彼女が笑う姿、困る姿、恥ずかしがる姿、何をするにも、私は見てて苦しかった。
何もできない...自分は何もできない...
彼女の命の灯火が消えてゆくのをただただ眺めているだけだった。
自分が憎かった。殺したいほどに。
彼女の動作一つ一つを脳に焼き付けて、最早私の脳の全てが彼女の姿で埋まっても幸せだと思った。
そんなことを考えながら普通に過ごすなんて不可能だ。あの医者は正しかった。
もう...耐え切れなかった。
そんな思いをしながら過ごすこと2ヶ月。時は来た。
12月の15日ほどになって、妹は入院した。私がさせたのだ。
私は馬鹿だった...あんなに強く言い放ったのに、それにすら反する行動を取った。
何をしてるんだろう...そう思った。
最期くらい幸せになんて言ったのは一体誰だ...
彼女は寂しかっただろう。
入院して、誰もいないベッドの上で、外の景色の変化だけを見つめて、自分が死ぬという事実を受け止めている。
苦痛以外の何でもなかっただろう...でも私が来ると、決まって笑顔で「おかえり」と言ってくれた...
その笑顔は日に日に失われていった。弱々しくこちらを向き、「おかえり」と言ってくれる笑顔は、私にとっても彼女にとっても、きっと苦痛だった。
胸が締め付けられる思いだった。
そして運命の時が来る。
12月25日、世間ではクリスマス。
その日、私は冬休みの始まる日だったが、少し仕事をしてから帰ってきた。
「ただいま~」
私はいつも通りに帰ってきて、扉を開けた。
真っ暗だった。
「誰かいる?」
家の奥へと進む。
「あれ、皆どこに行ったんだろう...」
家の中を探し回る。
「誰も....いない.......?」
「そんなバカなっ...!どこだ!どこに行ったんだっ!!」
家の中を駆け回る。だが誰もいない。
「母さん...父さん...!」
その瞬間、電話が鳴った。
私は電話に向かって直進し、乱雑に受話器を本体から奪い取る。
「もしもしっ!」
「あの~...シュタイナーさんのお宅でしょうか...」
中年の男が申し訳なさそうにしゃべっている。
「そうですが、どなたですか?」
「私は...医師の......」
その男は自分の名前を名乗ったが、正直どうでもよかった。
「一体どうしたんです...?」
「あなたは...アイリーンさんのお兄様ですか...?」
その言葉からは嫌な予感しかしなかった。
「そうです、彼女に一体何が...!」
「....大変申し上げにくいのですが...」
「嘘だ......」
「ルートヴィヒ・アイリーン様は...」
「嘘だ....」
「たった今...」
「嘘だ...嘘だ嘘だっ...嘘だ!!!」
そう言って私は受話器を投げ捨てた。衝撃で分解した受話器は、少々さみしそうにしていた。
「嘘だ...そうだ...きっとこれは夢だ...悪い夢だ...早く起きろよ...早く...早く朝がくれば...」
それは午後8時。家族は先に病院へ行っていた。
私は妹の最期に立ち会えなかった。
もう何もできない...何も考えはなく、その報告をして、私は寝た。
夢の中で妹に会った。
「お兄ちゃん...」
それは屋上だった。
「ねえ、お兄ちゃん...?」
夕日に照らされた屋上で、私と彼女が2人きり。生命はそれしかないように感じられた。
「ごめんなさい...何も言えなくて...」
「それは俺のセリフだ」
「私...いつ死ぬか...知ってたの...。」
「何を言ってるんだ...!」
「今日、クリスマスの日、私はキリストが生まれた日に死ぬって。」
「黙れ!お前は虚像だ!」
「あの日、ここから見た景色が...すごく綺麗だったの。」
「...」
妹は私の横に座っていた。その瞳は虚ろで、何を見ているのか分からなかった。
「お兄ちゃん、好きだった。私...お兄ちゃんが、大好きだった。愛してた。でも...ごめんね...私はもう行かなきゃ...。お兄ちゃん、私ね?すごく嬉しかったの。最期は会えなかったけど、一緒にこの季節を過ごせて、すごく嬉しかった。ねえ...私ね、ずっと思ってたんだ。この子が生まれたら、どんな子になっただろうかな、って。きっとお兄ちゃんみたいな天才で、私みたいなドジっ子だったんだろうな~って考えたり、それを考えるのがすごく楽しかったの。でも、私はその子を連れていかないといけない。それはちょっと残念かな...でもこの子のことを考えると、こっちのほうが良かったと思う。母親がいないからね。愛してたよ...お兄ちゃん。私は今ここにいるけど、この私もいずれ消える。こうしていられるのもちょっとだけ...でもね、死んじゃダメだよ?絶対に、生きてて。そうすれば、また会える。私、ずっと見てるから...お兄ちゃんのこと、ずっと見てる。そばにいて、ずっと手を繋いで、ずっと...ずっと見てるから!」
そう言って、最期ににこやかに笑って、彼女は光となった。
その光は温かみを浴びてて、私を包み込んだ。
そしてその光が消えたとき、そこには家の天井があった。
朝だった。
私は...虚無感の中、起き上がり、ロシアへと発った。