迷惑な荷物
「シュタイナー、鍋の場所は。」
「それ昨日も聞いたぞ...」
「昨日君に聞いたのが私の姿をした別人だったとしたら?」
「としたら?じゃない。足元。足元の扉の中。」
「ありがとう。」
乱雑に扉を開け、鍋を半ば強引に取り出し、足で扉を閉める。
「もっと丁寧に出来ないのか...」
「それ、昨日も聞いたぞ。」
「昨日も聞いたぞ、じゃないっ!昨日も聞いたなら今日はやるんだよ!」
「そう熱くならずに。会話が増えるのはいいことじゃないか。」
「お前のそれは会話を助長する話し方でないとだけ言っておこう。」
「仮にそうだとしても、現に会話があるじゃないか。」
「私達は漫才でもやっているのか?」
「マン、ザイ?聞いたことがある。確か君の友人だったな。」
「...?何を言っている...」
「失礼、あれはペトリャコーフ・ディアナだった。」
「いや、あの」
「私も、一度だけ会ったことがあったな。」
「えっと、タチアナ?」
「そう、あれは冬の日だった...。」
「てりゃっ!」
軽く脳天にチョップをかます。
見事な防衛本能のおかげで、私の左手は差し出された鉄製の鍋と衝突した。
「何をする。仲間割れか?私と戦争をするか?」
「確かに、お前としたら“戦争”になりかねないな。」
「どうだ、するのか。」
鍋をコンロに置き、軽く構えるタチアナ。
「和平条約を結ぼう。不可侵条約だ。」
「誰も君の領土を侵そうだなんて考えていない。」
「間違えた。停戦協定を締結しようではないか。」
「よいのか?暫定協定だが。」
「よくない!ならば講和条約だ。講和条約の締結を要求する。」
「拒否したら?」
「無条件降伏だ。そちらのな。」
「何故私が降伏せねばならない。」
「...料理は好きにやってくれ。」
「分かった、講和条約の締結だ。」
タチアナは手を差し出す。
「はいはい。」
差し出された手を取る。
「まったく、お前も慣れたものだよ。」
「君を手懐けるのにか?全く慣れない。棘が刺さる。」
「こっちのセリフだ。そっちなんて棘を刺してくるじゃないか。」
「そんなに棘々しいか?私。」
そう言いながら腕をさすってみせる。棘がある訳もないだろうに。
「言葉には、な。」
「そうか。どうしたら棘が取れると思う?」
「とにかく、言葉を投げつけるな。お前のはプロ野球のピッチャーの投げるストレート並に捕らせる気がない。」
「あれは打たせる気がないだけで、捕らせる気は多いにあると思うが。」
「...私が悪かった。とにかく、続けるぞ。」
「うん。」
あの日、凍てつくような北の大地で行われた作戦は、何の弊害も被害もなく完了した。
反乱を起こした研究員も全員投降し、基地は無事修復を終えて別の師団へと受け渡されていた。
私は軽い手術を受け、無意識にベッドから身体を起こそうとするたびに見舞いに来ていたタチアナが押し倒して再び寝かせてくれ
たそうだ。いい迷惑だ。
おかげで予定より数日だけ傷の回復が遅まった。
そしてこうして平和な時を過ごしているわけだが、何せ私にはもう何も残されていないのだ。
別段面白い事もない。ただただ毎日タチアナと漫才じみた事をしているだけ。
ただ、この日、更に面倒事が持ち込まれそうな予感があった。
その予感に連動しているかのような、電話。
私はそれを手に取り、耳を当てた。
「シュタイナー君!」
緊張感の無い声。疲れきった私の身体には少々対応出来そうになかった。
「あれ、シュタイナー君...だよね?もしもーし。」
「あー...」
「あ、やっぱり...あのさ?」
「待って、待ってくれ。」
「ん、分かった。」
私は耳から受話器を離し、目の合ったタチアナを手招きで呼び寄せる。
「何?」
小声でタチアナが耳打ちする。
「こいつの話を聞いて、要約して私に伝えてくれ」
「面倒だ。お前の事だろうに。お前が聞け。」
「それが出来ないからこうして頼んでいるんだろう!」
小声の会議が長引く。
「もしもーっし!」
受話器から叫び声がする。
「仕方ない、この礼は美味しい食事で頼む。」
「任せておけ。では、任せた。」
そう言うと受話器を手渡し、私は部屋を去った。
数分して、タチアナは目を輝かせて、しかしそれを隠すかのように私のもとへ来て行った。
「シュタイナー。」
その声は僅かにトーンが高かった。
「何だって?クルコフ。」
「予期せぬ来訪者だ。」
「ほお、誰だ。」
「クルコフ。」
「...え?」
「クルコフが、来る。」
「...くっ...!」
不覚にも私は吹き出しそうになってしまった。
クルコフが、来る。地味な洒落だ。くるくるしている...まったく危なかった。
「何だ、どうした。」
「な、なんでもない...」
「よかった。それと、土産があるそうだ。」
「ほう...気が利く。珍しい。」
「楽しみに、とのことだ。」
「何時来るんだ?」
「3時間後。」
「....え?」
「すでに国内上空ということだ。」
「そうか。出迎えは君が。」
「何故。」
「私は少し出かけてくる。」
「そうか。」
「行ってくる。」
そう言って私は外へ飛び出した。彼女は苦手だ。
「フーデリッヒ・シュタイナー」
廊下でエレベーターのボタンを押すと、野太い声に呼ばれた。
「私か?何だ。」
私が声がした階段の方へと視線を移すと、季節外れなコート姿の男がいた。彼は口を開き、こう言った。
「SCEKL」
すかさず聞く。
「Amicus es?」
「Si te amicus tuus amicus sum.」
「なるほどあながち間違いではない。」
「君に話がある。」
「君のような者にそのような口を利かれる私ではない。」
「言葉遣いの話をしている場合ではない。」
「そもそも君のような者が国内で何をしている?」
「君に伝達だ。」
「ほお、今どき伝書鳩は使わないのか。」
「ウラジオストクから伝書鳩が飛べると思うか?」
「中継すればな。」
「情報部の指導、統括担当からだ。」
「...何?」
「もう一度言おうか。」
「待て、何を馬鹿げた事を言っている!」
「何も。」
「伝達の発信された日時は。」
「2日前。」
「そんな...見せろ!」
私は男に飛びつくようにして手にしていたメモのような物を奪い取った。
そこには見たことのある字体で、細かいメモが書かれていた。
“フーデリッヒ・シュタイナー様。
久しぶり。私がわざわざSCEKLに伝達を頼んだのには意味がある。その人の名はリューヴィ。私が指名した。今日はき
っとよく晴れたいい日。そんな日に、貴方の元へと一人の使者がある物を持って向かっている。そろそろ着く頃だね。全ては私が手
配した。別に予言なんてしてるつもりじゃないからね。残念ながら、今日が晴れてるかどうかは分からないけどね。彼女が持って
くる物を受け取ったら本日2359時に開封して。そこに必要な物はある。詳しくは、また話すね。
総括・ルートヴィヒ・アイリーン”
なんということだ。私の妹からだった。これは私は家にいなくてはならない。
「ありがとう。確かに。」
「私は帰る。」
「ああ、気をつけて。」
それだけ聞くと、男は階段を降りていった。
私は家に入り、手紙を引き出しにしまいながらナタリアに話しかけていた。
「現在国内に入って間もない機がいるはずだ。民間機以外で検索を。」
「了解。」
数秒して、巨大なディスプレイに日本地図と幾つかの光点が表示された。
数少ないその中に、「Unknown」と表示されている光点が2つあった。
「自衛隊機のデータを取得、インプット。」
「完了しました。表示します。」
色違いで大量の光点が表示される。
「未確認機に向かっている機への命令、通信を取得。」
「注意喚起です。」
「通信は。」
「取得しています。」
不明機の片方へは自衛隊機が2機向かっていた。
もう片方はすでに国内にいた。
しばらくして、通信が入った。
接触後、未確認機は針路を変更して国外へと向かった。
「現在国内にいる未確認機の詳細データを。」
「データがありません。解析できません。」
「分かった。ありがとう。お疲れ様。」
「シャットダウンしても。」
「構わない。」
そう言うと何かが切れるような音とともに騒がしいディスプレイが消える。
「はぁ...」
「どうした。」
タチアナが顔を覗かせる。
「クルコフが何を持ってきているか分からない。」
「相当なものだろうな。それと伝令、T-H8へ向かって待機と。」
「仕方ない。お前も来い。」
「分かった。」
「そうさ、どうせ分かってる。」
私達は少しの荷物を持って指定された地点へ向かった。
「准将!」
降下してくるヘリコプターから一人が顔を出して叫んだ。
「太平洋です。」
「了解。」
「彼女も?」
「ああ。関係者だ。」
「タチアナだ、よろしく。」
「よろしくお願いします。」
士官が出した手を取ろうという素振りすら見せずに、タチアナは私を見る。
「クルコフ、何を持ち込むつもりだろうな。」
「私達、の間違いじゃないか?」
「まあそうなるだろうが。」
不機嫌そうな士官がヘリコプターに乗って手招きをしている。
「そら、行くぞ。」
「はいはい。」
私達が乗り込むと、ヘリコプターはすぐさま離陸して東へ経路を取った。
「回収地点が指定されていますが、投下ですか?」
「らしい。物資投下だが沈む前に回収しなければ。」
「大丈夫ですよ。やってみせます。」
すでに時は夕刻。地平線は暁に輝いていた。
そこに太陽光を受け、眩しいほどに反射させて旋回している機がいた。
「あれだ。近づいて。」
「了解。」
旋回のちょうど中心あたりに私達が着くと、航空機は旋回をやめて離れていき、私達の方へ向き直った。
「待て、あのまま上手く投下されれば私達は物資に撃墜されるぞ?」
「少しずれましょうか。」
「そうだな。そうしてくれ。」
「待って下さい!」
パイロットが叫んだ。
「どうした。」
「未確認機から入電、腹を見せろとの事。」
「突っ込むつもりか?墜ちる。やめさせろ。」
「了解。」
機体が横に傾く。物資の予想投下線上から退避している。
「物資投下確認。」
「回収だ。」
「該当機より入電、早く回収しろ、と。」
「わかっている。いいから帰れと送ってやれ。」
「了解。」
高度が下がる。銀色の箱が浮いている。
「降りるので、少し避けて貰えると...」
タチアナに向かって士官が言う。
「そう。」
タチアナはドアから離れる。
「ありがとうございます。」
士官はドアを開け、腰の金具にハーネスを固定しようとした。その瞬間。
「うわああっ?!」
士官が落ちる。幸い金具は着いていた。
「タチアナ!」
彼女が背中を軽く押したのだ。当然彼女の軽くなど軽いはずがない。
「すまない。転びそうになった。」
「...まったく...おかしいぞ、お前。」
「転ぶのがおかしいか。」
「今のは転んでない。両足は床に着いていた。」
「そうか。ならば手が滑った。」
「お前も落ちるか?」
「...次はしない。」
「よし。」
何故か少しだけ機嫌が悪そうだったが、原因は全く分からなかった。
箱を回収して上がってきた士官はすぐさまシートベルトを着用して、パイロットに合図を送った。
「よし、帰るか。」
ところで、使者がクルコフであったのかなかったのかは確認できなかった。
そして箱を受け取って家へ戻り、鍵を開けようとしたら扉の鍵がかかっていないことに気付いた。
「おかしいな、忘れたか?」
「いや、閉めていた。」
「誰か、いる?」
「かも。」
「全く...」
そう言って恐る恐る扉を開けると、見知らぬ靴があった。
「...?」
ゆっくりと家の中へと進む。
「おっかえりー!」
何かが背中から飛んできた。
私はそれの接触を裏拳で阻止する。
何故か鈍い音が2つした。もう一つは恐らくタチアナが殴ったか蹴ったかだろう。
「うわ、悪い。」
タチアナの謝る声を聞いて振り向いた。
「誰だ...?」
そこに倒れていたのは、クルコフであった。
幸い鼻が折れる事もなく、脊椎も損傷してなかった。
結局来訪者が現れてしまったのであった。




