死の教訓
「准将、議長が直々に会いたいと言っています。」
「そうか。よかった。」
「予定日は明日、予定時刻は...」
正直、どうでもよかった。
人の命を救えない。そんな私がにくかった。
私は、もう現実とは戦いたくない。
十分戦った。現実とも、幻想とも。
だから、もう休みたい。少し休ませてくれ。そんな事すら考えていた。
「...聞いてますか!」
話をしていたロシア人将校が威圧する。
こいつも大事な人を失ったことがあるのかな。
ふと思う。
「もしも~し!」
手を顔の前で上下される。
ちかちかして気持ちが悪い。
しかし、こいつ、昨日は何を食べたのだろうか。
もしかして女房はいるのか。生きてるか?
生きてる人間と結婚するのは大変だろうなぁ...
「もういいです。私は確かに伝達しましたからね!」
「待て。」
機嫌悪そうにして背を向けた将校の腕をつかむ。
「まだ何か?」
挑発的な態度を取られた。当たり前か。
「伝達できてない。伝達っていうのは相手に伝わって初めて伝達になる。今のではひとりごとだ。」
軽く舌打ちしたのが聞こえた気がしたが、聞こえなかったことにしておく。
2度目(私にとっては初めて)の説明を終え、疲れきった様子でこちらの出を伺う。
「...以上です。ご質問は。」
「完璧な説明だ。」
「ありがとうございます。では私はこれで...」
「ん。ご苦労だった。悪かったな。」
「謝られることなんてありませんよ。」
そう言い捨て、さっさと去って行ってしまった。
要するに、私は壮大な計画に参加させられる。それだけだった。
ブリーフィングへの招集だ。
家に帰ると、タチアナが無言の歓迎。
しかし私はそれを回避できなかった。
次の作戦について考えながら扉を開けたもので、回避できなかった。
「どうした?」
「人を殴ってどうしたはないだろどうしたは。」
「普段は避ける。だから本気で空振りしてる。」
「そうか。」
「だが今日は避けない。避けないのが悪い。」
「ああ。」
「...どうした、悩みか。」
珍しく気遣ってくれているのだろうが、鬱陶しかった。
「いや。」
「そうか。」
「ああ。」
「そう。」
「いいからそこをどいてくれ...」
「話すまでどかない。」
「分かった、ならどかなくてもいい。」
「...?」
一瞬考えるその隙に割って家に入る。
「あっ...!」
「どくなよ?」
「どくも何も無い。」
そう言うと彼女は振り返って私の後を歩く。
家に入ると寂しかった。
「おかえり、とでも言おうか?」
「素直におかえりという言葉で私を迎えてくれ。」
「つまらない。」
「というかお前、機械に戻ったのか?」
そう、出会った時と一緒だった。
「機械ではない。」
「はいはい。そうですか。」
コンピュータの前に腰掛け、電源を入れる。
「おかえりなさい。」
「シミュレートをしたい。シミュレータ起動。」
「了解。」
「部隊の編成と、敵情報をインプットする。基本作戦を練ってくれ。」
「了解、少々かかります。」
ナタリアは従順だ。さすがコンピュータ。
「構わん。」
『ナタリア、コーヒー』
「タチアナ、お前の声には反応しないぞ。」
「かしこまりました。」
「えっ」
何故こいつがタチアナの声に反応したのか。しかしコーヒーを淹れる機能など備わっていない。一体何をするつもりなのか、ナタリア。
「....」
「........」
沈黙が場を制した。
「配置完了しました。シミュレートを開始します。」
何もなかった。
私は結局その後シミュレータを見て、微調整をして、作戦計画書としてそのまま提出した。
ふと時計を見る。
22時も半分を過ぎようとしていた。
「...タチアナ。寝なくていいのか。」
「言われなくても寝る。それよりご飯を。」
「はいはい...作るよ。」
重い腰を上げて私は料理を作る。
喧騒で既に瑞葵の事は忘れていた。
が、その晩。
ふと目を開けると、私は家の真ん中に立っていた。
後ろから呼ぶ声がする。
「お兄ちゃん」
いつもの屋上ではない。何故だ?何故家の中なのだ?
「何だ。」
私の声がする。
しかしおかしい、私は一言も発していない。
「何かして遊ぼうよ~!」
「悪いな、仕事が忙しいんだ、後で。」
「うぅ~...はい...。」
恐る恐る振り返ると、私と瑞葵がいた。
瑞葵は書類をまじまじと見ていた。
私はというと、液晶画面とにらめっこだ。
壁一枚挟んで、タチアナがテレビを見ている。
懐かしい光景だった。
感情が込み上げてきて、熱い水滴となって頬を通って滴る。
あたりまえがあたりまえだった時。
妹のときもそうだった。
人間は後悔する生き物だ。
今この瞬間が人生で最も幸せかもしれない。
あたりまえを失って初めて、それが幸せだったと気づく。
人生なんてそれの繰り返しだ。
過去を振り返って、「ああ、あの頃は」。
それの繰り返し。
今この瞬間は辛いかもしれない。
だけど、ちょっとの幸せで、その辛さが報われたと思える。
だからきっと皆、死んでから思い返してみて、「私の人生、幸せだったな」って思うんだ。
その時、私は決めた。
辛い、苦しい、そう思っている時間をなくそう。
そして、例え刹那ほどの時間でも使って、少しでもいいから進もう。
そして、本当に、幸せだったと思える人生を歩めるように。
瑞葵はそれを教えてくれた。
瑞葵だけじゃない。当然妹もだ。
私は幸せ者だった。
そして、朝日に乱暴に起こされる。
...寝ていた。
寝息がする。見ると、すぐ横でタチアナが寝ていた。
きっとこの子と一緒に過ごせて、私も今幸せなのだろう。そう思った。
そして、軽く額に口付けをし、再びコンピュータとにらめっこをした。
そこには現実があった。
私はすぐに北へ狩り出される。
身支度をして、もう一度すっかり寝入っているタチアナを見る。
「...行ってきます。」
私が言うべきは、それだけであった。




