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ある兄の話  作者: フーデリッヒ
取り戻せない日常
11/14

守れないもの

「お兄ちゃん...」


瑞葵がこちらを見ていた。


「瑞葵...」


「私は少し出かけるよ。」


タチアナはそう言い放つと立ち上がり、颯爽と去った。


「なあ瑞葵...大丈夫か...?」


「うん...」


そう言って視線を落とす。


「ま、気をしっかり持って...」


「違うの...」


「何が...何が違うんだ...?」


「私...大丈夫だから...」


「....」


輝きを失った彼女の瞳は、闇そのものだった。


何に向けてよいか分からない怒り、憎悪、悲しみ...それらの負の感情が彼女を取り巻いていた。


「そうか...分かった...」


違う。そうじゃない。


「ちょっと、シュタイナー君」


「ん、どうした?」


後ろから呼ばれる。


「これ...見て...」


「...どうしたんだ?」


デスクトップには世界地図と動きまわる光点が映されていた。


いつもどおりの光景だった。


「これ...!」


タチアナが指をさしているところに光点は無かった。


「何も...いないぞ...?」


「何言ってるの...!?」


恐ろしく怯えた様子だった。


「待て、落ち着け...」


「落ち着けないよっ!こんな...!」


「いいから落ち着け!」


そう言って彼女の肩を掴み、目を見る。


「でも...」


「大丈夫だ...何があった...」


「あの光点...航空機...?」


「ああ、そうだが...」


「速い...」


「何だ、どれのことだ?」


「この...」


そう言って画面を見た彼女は固まっていた。


「ほら、いないだろ...?」


「そんな...じゃあ私は何を見てたの...!?」


「疲れているんだよ...取りあえず寝ろ、な?」


結局彼女は布団に入るまでは頑なに抵抗を続けていたが、布団に入ると急におとなしくなった。


「何を見たんだろうか...」


そればかりが気になっていた。


その後私は何事もなかったかのように仕事についた。


次の日の朝、瑞葵はやけに元気だった。


しかし私はそれに触れることはなく、以前通りに接していた。


それに比べ、タチアナは死にそうな顔をしていた。


部屋の隅で布団をかぶり、縮こまって震えていた。


「おい...何が...」


手を伸ばそうとするとものすごい勢いで拒絶する。


「くそっ...お前もか...!」


ひどく怯えて、声すらも震えていた。


「タチアナちゃん...どうしたの...?」


「ああ...分からない...」


「そう...平気だといいんだけど...」


しかし何故急に瑞葵はこんなに吹っ切れたように元気になったのか。


「そうだな...」


私は色々と引っかかる事があったが、気にしないようにして学校へ向かった。


学校で授業を終え、家路につく途中、私は友人とともに友人宅の方へ歩いていた。


その時、電話があった。


「シュタイナー君、シュタイナー君?」


その日、私は家からの無言電話が多かったので、電話に出るだけ出て放っておいた。


しかし電話口から聞こえる声はだんだんと恐ろしい、悪魔の声に変わるようだった。


あまりのプレッシャーに負け、電話口に耳を当てた。


「好き...だった...の...お兄ちゃん...」


タチアナかと思っていた電話の相手は、瑞葵だった。


今にも消えそうな声で、恐らく泣いていたであろうという話しかただった。


しかし私は何も言わなかった。


何を言っていいかわからなかったのだ。


「ありがとう...好きだったよ...」


その直後だった。


乾いた炸裂音がした。


薄々わかっていた。何が起こっているかということは。


直後、家族に電話したらタチアナを連れて拒否した瑞葵以外で出かけていた。


そのことにはあまり触れないように、友人と歩いた。


そして別れて駅に入ってから、私は自分の歩みが速くなっているのに気づいた。


家の扉を開けるのがこんなに嫌だったことはあっただろうか。


「ただいま...」


電気はついていた。


「....」


当然返事なんて帰って来なかった。


「瑞葵...?」


家の奥へ行くと悲惨だった。


何がどう悲惨だったかなど説明は不要だろう。


床と壁に張り詰められた新聞紙。


それを赤く染めた何か。


それの上に横たわる少女。


彼女の顔は...幸せそうではなかった。


家族が帰ってくる前に知り合いの遺体安置所へと移してもらい、全て片付けた。


死臭はもうどうにもならないのでシュールストレミングでごまかすことにでも...などとしているうちに家族が帰ってきた。


予想通り家族は死臭に悶絶して、吐くものもいた。


というのも、ストーブが彼女向けて勢い良く熱風を吹き付けていたのだ。


時間も経っていないので、死臭というほどひどい死臭はしなかった。


その処理や説明が終わって、数日がたった。


私は地獄にいるようだった。


妹を亡くして未だ傷の4割も回復していないうちにこれであった。


正直死ぬ意欲すら薄れていた。


私は生きる気力も、死に向かう気力もなかった。


そんなある日のことだった。


「何だ...これ...?」


私の机の引き出しを開けると、そこには熊のぬいぐるみと手紙があった。


しかし私は手紙は読まずに引き出しに戻し、熊のぬいぐるみだけを持ち歩こうと思った。


彼女はきっとここにいる。いつもそう思いながら持ち歩いている。


しかし彼女はその後私の夢に出てきたりすることはなかったのだ。




また少し時が経った。


私の家には...再びクルコフという名の人間が来訪していた。


つまり、なぜか私の家には常に2人ほど関係のない人間がいるのだ。


彼女がやってきてから3日後。


「隊長、ちょっと...」


電話を取るとやけに暗い声がした。


しかし知らせは意外にも明るいものだった。


「今度隊長の配属が決定するのですが...」


「どうした?外されたか?」


「いえ...今度結成される部の司令補佐です...」


「ふむ...まあいい、細かい事はそっちで聞こう。」


「わかりました...」


そういうと私は電話を置く。


「どうしたの?」


「いや、ちょっとな...」


「ちょっとって...」


「関係ないことだ。気にするな。」


「シュタイナー君って半分近くそう言う...」


「関係ないんだって!」


「もう...」


2人を相手にすると勝ちにくい。


その後の私はこのような2対1の言い争いを余儀なくされることが多々あったのである...



打って変わって議会に私が足を運ぶとその度人が減ってる気がして仕方がないのである。


名簿を見ても明らかに減っている。


私のいない間に遂行されるオペレーションなどそれこそいくらでもある。


それで命を落とす隊員も少なくないのだ。


人というのは脆い。


心も、身体も。


そのどちらかが崩壊すれば、連鎖的にもう片方もあっけなく崩れ去るのである。


私がまさにそうであった。


ストレスによってもはや頭痛も日課となり、耳鳴りなど気にしてはいられなかった。


そんな状況の中、私は笑顔を作るしかないのだ。


これなら死んだほうがいい。そうしか思わなかった。


そんな時、タチアナはなんとかして私を励まそうとしてくれた。


それが私の中の唯一の心の支えだった。


その時、北の大地では悪魔が動き出していた...

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