T-018
都市伝説は世の中にいくつもあるが、大概がその出所を特定できない。
だから実際に調べることすらできないものばかりだ。
そんな中、最近噂になっているのが「存在しないビル」だ。
正確には「存在するのに見えないビル」ということらしい。
驚くことに、その付近の住所までが特定されている。
なのに一切見つかったという報告がない。
そこまで特定されていて、見つからないなんてことがあり得るのだろうか?
電車の窓から街並みを見下ろしながら、私はそのビルを目指した。
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駅から数分歩くと、繁華街と住宅街の切れ目にたどり着いた。
帰宅途中の学生や、飲み屋に向かう社会人が行き交うような場所に、本当にあるのだろうか。
スマホで地図を見ながら、あたりを見回す。
こんな場所でキョロキョロしているのは私だけのようだ。
「一人で来るんじゃなかった……」
地図アプリを見ながら、特定されている住所の付近を何度も往復する。
だが、そこには大きなビルが二つ並んでいるだけで、不審な空き地も、それらしい建物も見当たらない。
「くそっ……ないのに在るなんて、どういうことなんだ」
私は一度探索を中断し、向かいにあるビルの階段に腰を掛けた。
買ってきたばかりの中華まんを頬張りながら、スマホを凝視する。
地図の上では、隣り合う二つのビルが壁を接して描かれている。
だが、その境界をぼんやりと眺めていて、ようやく違和感の正体に気づいた。
どちらかのビルの外壁の一部だと思っていた無機質なコンクリートの塊が、よく見ると独立した一つの構造体として、その間に割り込んでいるのだ。
地図上では、左右のビルのどちらかの敷地に飲み込まれて消えている。
風景の一部として馴染みすぎていて、意識を向けるまで一つのビルだと認識すらできていなかった。
気づいてしまうと、もうそれにしか見えない。
「……これか、地図にない理由は」
私は興奮を抑えながら、その「異物」を観察し続けた。
このあたりは市街地に近いため、高層ビルはなく、正面のビルも三階建て程度しかない。
看板も案内も何もついておらず、電気がついていることから廃ビルでもない。
繁華街に近い場所で広告も載せずに潜んでいる理由を、必死に考察する。
付近の住所を打ち込んでも、やはりピンは隣の巨大なビルに吸着してしまう。
システムがこの建物の存在を拒否しているかのようだ。
ふと顔を上げると、周囲はいつの間にか茜色に染まっていた。
ビルの隙間から眩い光が差し込んできたので、手のひらで遮る。
ついさっき一口目を食べたはずの中華まんは、いつの間にかなくなっていた。
手に残っているのは、冷え切った包み紙だけだ。
「あれ……いつの間に食べ終わっていたんだろう……」
数分、あるいは数十分。
観察に没入していた間の記憶が、連続性を失って抜け落ちている。
だが、夕闇が迫る光のおかげで、入口のディテールがはっきりと見えた。
一般的な自動ドアだが、郵便受けも表札も見当たらない。
上階の窓は遮光カーテンになっているのか、内側からの光はよくわからない。
ビルの手前にある花壇はよく手入れがされている。
両隣のビルとの隙間も狭く、入り口は正面にしかないことが窺える。
この先に何があるのかを確かめるのが今回の目的だ。
私は冷めた包み紙をポケットに押し込み、スマホを握りしめたまま、その建物の中に入った。




