7 アグネスは皇女様
※モーガン男爵夫人視点
アグネスの17、8年後の姿は、あの皇太后のような女性になるかもしれない――そんな考えが頭をよぎった瞬間、私は突然、後ろに控えていた騎士に罵倒された。
「皇太后陛下のご尊顔を、お前のような者が無礼にもジロジロと見るとは、万死に値することだぞ。この下賤が!」
「ひぃーー! 申し訳ありません、申し訳ありません! ただ、娘のアグネスにとてもよく似ていたものですから……」
私は必死に床に頭を擦りつけ、許しを乞うた。
「アグネス? その娘は今どこにいるのですか?」
皇太后陛下が冷ややかに問いかける。
「……今はもうおりません。あの子は私たちを裏切り、貴族の娘としての責務を放棄し、勝手に命を絶ったのです。そのせいで、私たちは不当な悪評を立てられ、理不尽な制裁を受ける羽目になりました」
「ほぉ、つまりお前たちは何も悪くなく、娘の軽率な行動が原因で苦しんだ、そう言いたいのですか?」
「はい、その通りでございます!」
私は畏まって答えたが、次の瞬間、皇太后陛下は手にしていた扇を床に叩きつけた。
「黙って聞いていれば、よくもまぁそんな厚顔無恥な大嘘ばかり……もしお前たちが少しでも人の心を持ち、ビクトリア――アグネスに詫びる気持ちを見せていたなら、情状酌量も考えたものを。しかし、もはやその必要はまったくない」
「ひっ! ど、どういうことでしょうか? ビクトリアとはどなたのことですか?」
「お前たちがアグネスと名付けた娘は、私の娘です。本来の名はビクトリア・エリザベス・フォン・ローマムア。お前たちは、三人もの命を奪った殺人者です」
「えぇ――! アグネスがローマムア大帝国の皇女? そ、そんな……ですが、お待ちください。私たちは誰ひとり殺してはおりません!」
「確かに実際には殺していません。けれど、ビクトリアを託されたミラベル侯爵夫妻は、忠実で責任感の強い者たちでした。お前たちが皇女を誘拐したことで、彼らは自責の念に駆られ、二人揃って自ら命を絶った。それから皇女の行方を捜すためにどれだけの時間が費やされたか。あの船に乗っていた者全員を調査し、一つひとつの手がかりを追ったのですよ? ビクトリアを迎えに行くのが遅れたのは、お前たちのせいです」
「ですが、ミラベル侯爵夫妻の死は自殺でしょう? 私たちが直接手を下したわけではありませんよね。それに、アグネスは我が儘で手に負えない子でした。私たちはたくさんの愛情を持って育てたのです!」
私は恐る恐る皇太后陛下に反論した。ここで罪を認めてしまったら、どんな罰が待っているかわからない。
(死人に口なしよ。アグネスが我が儘で嘘つきだったと、何があっても貫き通すわ)
「愛情を持って、ですって? ビクトリア!」
皇太后陛下は鋭く声を張り上げた。
「こちらにいらっしゃい。お母様に教えてちょうだい。この者たちは本当にあなたを大事に育ててくれたのかしら? 彼らに感謝していますか?」
私たちに向けられていた敵意が、ビクトリア――アグネスには甘やかすような優しい声に変わる。薄紅色の絹地に金糸が織り込まれた豪奢なドレスをまとったアグネスが、静かに姿を現した。そのドレスは柔らかに光を反射し、彼女の動きに合わせて軽やかに揺れる。首元には輝くダイヤのネックレス。耳にはダイヤのイヤリングが揺れていた。
「……生き延びることはできました。食事と衣服はありましたので、その点には感謝しています。でも、それだけです。私はいつも、存在しない者として扱われていました。私は自分を“いらない子”だと思ってきました」
「可哀想に……もうそれ以上言わなくてもいいのよ。ビクトリアは皇女宮に戻っていなさい。こんな者たちと同じ空気を吸わせたくないわ。あっ、お待ちなさい……一つだけ聞いておきたいことがあるの。この者たちに死をもって償わせましょうか?」
「……お母様、私は生きています。だから、この者たちも生かしてください。私は……許します」
アグネスはそう言って、多くの侍女に付き従われながら、ゆっくりと部屋を出て行った。皇太后陛下は私たちに視線を戻すと、冷ややかに目を細めた。
「とても残念ですが、ビクトリアは許すと言いました。ですから、命までは奪いません。けれど、お前たちは私が信頼していたミラベル侯爵夫妻を死に追いやり、愛しい娘を絶望に追い込みました……どのような罰にしようか」
「母上。この者たちには鞭を打ち、罪人の烙印を押しましょう」
アグネスに似た男が堂々とした足取りで近づき、その声を高らかに響かせたのだった。
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刑史長:処罰や刑の執行を担当する役職で、特に烙印のような処刑前の儀式的な罰を執行する者




