23 アレクサンダーの決断
「はい? 僕がスペイニ国の国王になれ、とおっしゃるのですか?」
オリバー様は驚いたように目を見張り、戸惑いを隠せない声でそう答えた。今、私たちはお兄様の執務室に呼ばれ並んで座っていた。
「そうだ。スペイニ国には強力な指導者が必要だ。国民から敬意と信頼を集めているお前にしかできない仕事だろう?」
お兄様は、どこか誇らしげな表情でそう言い切った。今では、お兄様もオリバー様の実力を認めており、以前よりも口調が柔らかい。
「しかし……」
オリバー様の視線は、不安そうに揺れていた。彼が志してきたのはスペイニ国の復興であり、スペイニ国王という未来は考えてもいなかったのだろう。けれど、お兄様の揺るぎない眼差しは、彼に断る余地を与えていなかった。私は、思わずお兄様に恨み言をぶつけてしまう。
「お兄様。オリバー様が国王になったら、スペイニ国にずっと住むことになりますよね? 私たちは一生、離ればなれになるのですか? ……酷いです」
胸がきゅっと締めつけられ、思わず泣きそうになる。お兄様はふっと微笑み、私の肩に優しく手を置いた。
「いや、そんなことにはならないさ。ビクトリアもスペイニ国に行くんだよ。二人は結婚し、スペイニ国王夫妻となるのさ。ビクトリアを離れた地へやるのは、とても悩んだ。やっと会えた妹だからね」
私は驚きに息をのみ、その視線は思わずオリバー様へと向かう。オリバー様は、少し戸惑った様子で私の目を真っ直ぐに見つめ、そしてにっこりと微笑んだ。
「これで、ずっと一緒にいられますね。僕の皇女様……あなたに永遠の愛を誓います」
「オリバー様……私も、永遠の愛を誓いますわ」
そう答えた私は、そのままオリバー様に抱きついた。お兄様には涙ながらに感謝の言葉を口する。
「……お兄様、ありがとうございます。私、王妃として頑張りますわ」
お兄様は満足げにうなずいたものの、その表情には、ほんの少しだけ寂しさが滲んでいた。
「うん、やはり『お兄様の側を離れません』とは言わないのだな……やれやれ。本来なら、結婚相手はローマムア帝国の貴族で、皇宮の近くに住まわせようと思っていたのだが……」
わざとらしくため息をつくお兄様が、少しだけ可哀想に思えてしまう。
「ビクトリアは、私や母上と離れても大丈夫かい?」
悲しそうに尋ねるお兄様の視線に、私の胸にも小さな寂しさが広がった。それでも私はオリバー様の側にいたいし、スペイニ国民の力にもなりたい。
「もちろん、寂しいですわ。でも、オリバー様がいますもの。それに、私たちにはスペイニ国民を幸せにする使命があります」
私は自分の決意をはっきりとお兄様に告げた。
「よく言った。それでこそ、私の妹だ。……まあ、私や母上も頻繁にスペイニ国へ行くとしよう。ビクトリアの顔を見にね。ビクトリアも、私や母上に会いにローマムア帝国へ来るんだぞ。そうだ! 夫婦喧嘩をしたら、すぐに飛んでおいで。私がオリバーを叱ってやろう。なんなら離婚しても……」
その瞬間、お母様が部屋の扉を開け、優雅な足取りでお兄様に近づいた。
「アレクサンダー! 余計なことを言わないの!」
「母上。ビクトリアの結婚生活が心配で、口を挟まずにはいられませんでした。母上だって、同じ気持ちでしょう? これは苦渋の決断でしたよ」
お兄様は肩をすくめる。お母様は困った息子だと言わんばかりに首を振り、ため息をついた。
「まったく……あなたも早く結婚するべきですよ。妹のことばかり心配して。これからは、自分の心配をなさい。私はアレクサンダーのほうが心配ですよ」
そう言って、お母様は微笑みを浮かべ、私に温かな視線を向けてきた。私は「お母様……」とつぶやきながら、今度はお母様に抱きついたのだった。
やっと会えたお母様。一緒に暮らしてまだそれほど経っていない。離れていた時間の方が圧倒的に長くて……でもその愛の深さはいつも感じていた。




