20 悩むアレクサンダー
※アレクサンダー皇帝視点
――母上は、つくづく甘い。私とて、ビクトリアの望むことは、できる限り叶えてやりたいと思っている。彼女は私にとって、この世でただ一人の妹であり、守るべき存在だ。
だが、それとこれとは話が別だ。オリバーだけは、このまま許すわけにはいかない。まだ、あいつにはビクトリアの隣に立つ資格がない。
あの男は妹を毒液から救ったし、スペイニ国王も捕らえた英雄だ。しかし同時に、かつて妹をどん底に突き落とした張本人でもある。功績だけを見て、すべてを水に流すほど、私は出来た兄ではない。
だから私は、もうひとつだけ試練を用意した。この条件を、オリバーが喜んで受け、なおかつ結果を出すことができたなら――その時は、考えてやってもいい。
母から強く責められた翌日、私はオリバーを呼びつけ、ひとつの提案を告げた。
「僕に……スペイニ国を立て直せ、とおっしゃるのですか?」
予想通り、戸惑いを隠せない声だった。
「今回の活躍の褒美として、ビクトリアに毒を盛ろうとした者どもに与えるはずだった極刑は、お前の望みどおり取り消してやった。だがな」
私は言葉を切り、視線を逸らさずに続けた。
「ビクトリアの隣に立つ資格は、まだお前にはない。妹は、お前との結婚を望んでいる。だが、スペイニ国王を捕らえた程度で、私の妹をやるつもりはない」
「……つまり、これは、試験というわけですか?」
「そういうことだ。せいぜい励め。本来なら、お前のような身分の者は、私の妹に会うことすら叶わんのだぞ。ビクトリアが皇女であることを忘れるな。もっとも高貴な身分なのだから」
私は冷静を装いながらも、わざと厳しい言葉を重ねた。
「……はい。ありがたき幸せ。必ず、この命にかえても、ご期待に添えます……」
オリバーは涙ぐみ、私を真っ直ぐに見つめてきた。感謝と忠誠が、あまりにも分かりやすく宿った眼差し。あの、やけに澄んだ、キラキラとした目。その瞬間、胸の奥がざわつく。私は、ひどく居心地の悪さを覚えると同時に、反射的に言葉が出た。
「いや、お前に死なれては困るぞ。ビクトリアが悲しむし、そんな任務を与えた私を、きっと恨むに決まっている。それは避けたい。大事な妹だからな。むしろ、盛大に無様な失敗をして、妹を失望させてくれることを期待している。……だから、そんな目で私を見るな。まだ、お前を許したわけではないのだぞ」
わざと冷たく、突き放す。
「はい。それでも……僕は、このままビクトリア様のお側でお守りできれば、それだけで満足です。ですが、このような機会を与えてくださり、本当にありがとうございます」
頭を下げる姿に、苛立ちと困惑が同時に湧き上がった。
「……お前がそばにいれば、ビクトリアは嫁に行かない。しかし、お前をどこかへ追いやれば、今度は泣くだろうし、騎士団からも不満が出る。お前は、随分と人気者だからな」
「ローマムア帝国騎士団の皆は、とても良い人ばかりです。皇家の精鋭部隊の方々も、仲間だと呼んでくれますし」
「……人たらしめ」
思わず、吐き捨てるように呟いた。
「妹をどん底に突き落とした張本人だというのに、排除することもできん。それどころか、次々と味方を作りやがって……実に忌々しい」
「アレクサンダー皇帝陛下は、お優しい方です。僕に優秀な部下をつけてくれたり、活躍の機会を与えてくれる。きっと僕が憎いだろうに……」
「勘違いするな。私は公正な皇帝でいようとしているだけだ。気に入らん相手がいても、せいぜい心の中で失敗しろと祈る程度だ。有能な人材は無駄にしたくないしな」
オリバーは朗らかに笑った。
(こいつの性格が悪ければ、憎めたのに……)
私はそれ以上、言葉を交わす気をなくし、彼を下がらせた。
――大切な妹を、この世で一番幸せにしたい。
自分の目にかなう男と結婚させ、手元に置いて守ってやりたかった。
だが、ビクトリアの人生は、彼女自身のものだ。
最終的に選ぶのは、私ではない。
深いため息が漏れる。
――兄とは、つくづく辛いものだな。
結局、他の男に託すしかないのだから。
私は、静かに目を閉じたのだった。




