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いらない子と思われていた令嬢は  作者: 青空一夏


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19 皇太后視点

「アレクサンダー。ビクトリア(アグネス)は、オリバーを愛しているのですよ。だから、あのふたりを引き離す理由はありません。互いに想い合い、すでに過去を乗り越えている。あの子自身が許したのなら、私たちが口を出す権利はないでしょう? 私たちが考えるべきは、ただひとつ――ビクトリア(アグネス)の幸せだけです」

 私はそう言い切り、息子の瞳を真正面から射抜いた。


 ここはアレクサンダーの執務室。

 私は、ビクトリア(アグネス)とオリバーの結婚を正式に認めさせるため、この場に来ていた。


 オリバーがなぜビクトリア(アグネス)を捨てたのか。その理由を調べ、彼女もまたすべてを知った。そのうえで――娘は彼を許したのだ。


 今のビクトリア(アグネス)がオリバーに向ける眼差しは、迷いのないものだった。かつてと同じ、いいえ、それ以上に深い想いを宿した瞳で、オリバーを見ていると思う。


 オリバー自身も、ローマムア帝国騎士団に完全に溶け込み、多くの騎士から慕われる存在となっていた。

 スペイニ国王を連行した功績により、彼はすでに「英雄」と呼ばれる立場にある。


「今回の功績を理由に、ビクトリア(アグネス)が嫁ぐに相応しい爵位を与えなさい。そして、結婚を許可するのです」


 私は一歩も引かず、アレクサンダーに決断を迫った。アレクサンダーは眉を寄せ、視線を逸らす。


「……そうは言っても、ビクトリアを、まだ嫁に行かせたくありません。ずっと辛い目に遭ってきて……やっと、守ることができたのですよ。それに、オリバーは……」


 それは皇帝の言葉というより、妹を手放したくない兄の本音だった。私は小さく息を吐き、息子の肩にそっと手を置いた。


「いつまでも過去に縛られていてはだめよ。これからのビクトリア(アグネス)の人生を見るべきです。妹が大切なのは、よくわかるわ。でもね、アレクサンダー。そろそろあなた自身のことも考えなさい。――皇妃候補すら決めていない皇帝が、妹の結婚にあれこれ口をだすべきじゃないわ」

 はっきりとそう言うと、アレクサンダーはしばらく黙り込み、やがて観念したように頷いた。


(良かった……きっとビクトリア(アグネス)が喜ぶわ)


 初めのころ、私もまたオリバーに否定的だった。けれど、ビクトリア(アグネス)が彼を見るたびに胸が締めつけられた。それは、疑いようもない。恋する女が、愛する男性に向ける眼差しだったからよ。


 愛娘の幸せを、何よりも優先したい。

 それが、母としての私の偽らざる想いだ。


(――結局、幸せを決めるのはビクトリア(アグネス)自身なのよ)


 あの子が笑って生きていけるのなら、それでいい。そう心に決め、私は焼きたてのお菓子を持って、ビクトリア(アグネス)の住まう皇女宮へ向かった。


 サロンに足を踏み入れると、庭師のアルバートとマドリンが植物の手入れをしていた。多種多様な花々が鉢植えで整然と並び、皇女の居場所に相応しい華やかさを放っていた。


 マドリンは、オリバーの功績により処刑を免れ、今では正式な庭師見習いとして働いている。その姉――ラクエルは礼儀作法を学び、侍女としてビクトリア(アグネス)に仕えており、今も彼女の背後に控えていた。


「お母様、いらっしゃいませ。今日はとてもご機嫌がよさそうですわ。なにか良いことがありまして?」

「ふふっ。少しね。じきにアレクサンダーから嬉しい言葉が聞けますからね。楽しみにしていなさい」

 そして場を和ませるように手を叩いた。

「さあ、皆でお茶にしましょう。ラクエルも座りなさい。マドリンもアルバートも、遠慮はいりません」


 メイドにお茶の用意を命じ、持参したお菓子を自ら小皿に分けた。

 それぞれの前に置くと、ラクエルたちが恐縮したように身を固くした。


「そんなに緊張しないで。あなたたちは、私にとっても大切な人たちです。ビクトリア(アグネス)に心から仕えてくれる者は、皇室の宝。これからも、娘を支えてあげてくださいね」

 私はにっこりと笑った。その言葉に、彼らの背筋が自然と伸びる。


 こうして、ビクトリア(アグネス)の周囲には、彼女を守り、支えようとする忠誠の輪が、確実に広がっていったのだった。

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