16 オリバー視点・アルバート視点・ビクトリア視点
♦♢オリバー視点
「よく眠っているようだな。今のうちに手足を縛り上げよう」
僕は精鋭部隊(影)に向かって、そう呟いた。
――やはり、判断は間違っていなかった。
厨房の水瓶に忍ばせた眠り薬。それを使った料理や酒を、スペイニ国王は疑いもせず口にし、使用人たちも同じ水を飲んだ。
しばらく時間を置いた今、王宮の中は不気味なほど静まり返っている。
椅子に座ったまま眠りこけているスペイニ国王。手には食べかけの骨付き肉を握り、いびきが酷い。
僕は一瞬だけ、その顔を見下ろした。こいつが、部下にローマムア帝国騎士のふりをさせ、自国民を痛めつけていた張本人。善良な国の名を借りて、暴力や強奪を正当化していた卑怯者だ。そこには情報操作も含まれる。
僕たちは無駄口を叩かず、手際よく縛り上げていく。
国王も、その部下たちも、誰一人として目を覚まさない。
去る間際にざっと城の中を見回り、ローマムア帝国の偽騎士服も見つけた。これは大事な証拠品として持っていこう。
あとは――舞台に連れて行くだけだ。
眠りこけた連中を担ぎ、僕たちは王宮を抜け、民衆の集まる広場へと向かった。その途中、ふと自分の頬に触れる。大きな火傷痕――皇女様を守ることができた勲章で、少しも後悔はしていない。
ただ、敵城に潜入するのに怪しまれないかと気になった。だが、王宮に入ってすぐに分かった。この城では、顔に痣や傷のある使用人など珍しくもない、ということが。
些細なことで怒り、気に入らなければ暴力を振るう――それが、このスペイニ国王の日常だったからだ。
……胸の奥が、ひどく冷えた。
ここは、そういう国なのだ。
(欲深く愚鈍な王よ。今度はお前の番だ)
ここは、スペイニ国の中心に位置する大広場だ。本来なら昼間に商いが行われる場所だが、今は夜だというのに大賑わいだ。愚王の圧政のせいで正規の市場が機能しなくなったこの国では、日が沈んだあと、この広場が闇市に変わる。粗末な灯りの下、食料や日用品が取引されていた。
その真ん中、即席で設えた壇上に、僕はスペイニ国王達を転がした。眠り薬から目を覚ましたばかりの王は、状況を理解できていない様子で、呆然と辺りを見回している。やがて、自分を取り囲む無数の視線に気づき、その顔に戸惑いと怒りが入り混じった。
「――皆、よく聞いてくれ!」
僕は一歩前に出て、腹の底から声を張り上げた。
ざわついていた広場が、嘘のように静まり返る。
その静寂を切り裂くように、僕は言葉を続けた。
「あなたたちが、ローマムア帝国の騎士だと信じてきた連中――その正体を、今から明らかにする」
壇上に縛り上げた男たちを指し示す。
「略奪を行い、民を殴り、女や子どもにまで暴行を加えたのは、ローマムア帝国の騎士なんかじゃない。こいつらは、スペイニ国の騎士だ。顔を見れば、思い当たる者もいるはずだ。そして忘れるな。こいつらを動かしていたのは――スペイニ国王だ」
民衆の間に、ざわりと不穏な波が走る。
一瞬の静寂。次の瞬間、驚きと怒りの声が爆発した。
「そんな……!」
「嘘だろ!?」
「国王が、俺たちに……?」
信じられないという目で壇上を見つめる民衆。
その視線を一身に浴び、国王は明らかに動揺した。
「で、でたらめだ! 余はそんな命令などしておらん! こやつの言葉に惑わされるな!」
王は喉を震わせ、必死に叫ぶ。
――ああ、予想通りだ。無様に責任逃れか……
僕は一切表情を変えず、静かに言葉を重ねた。
「こいつらの顔を、よく見てくれ。――見覚えがあるだろう?」
「……あっ!」
最初に声を上げたのは、露店の店主だった。
「間違いねぇ! こいつらだ! 金も払わずに商品を奪っていった連中だ!」
店主は目を見開き、縛られた男たちを指さす。
「今はスペイニ国の騎士服を着てるじゃねーか……そういうことだったのか!」
その叫びを皮切りに、次々と声が重なった。
「俺も覚えてる!」
「私も覚えてるよ! 若い娘に乱暴して、連れて行った人でなしだ!」
「わしらは、相手がローマムア帝国の騎士だと、すっかり信じていたのに……」
怒号と憎悪が、波のように広場を覆っていく。
多くの民が、騎士たちの顔をはっきりと記憶していた。
奪われた物。
踏みにじられた尊厳。
騙されたことへの憎しみと憎悪。
やがて、民衆の冷たい視線が一斉に――壇上の男達へと向いた。
スペイニ国王とその部下達へだ。
「ち、違う……!」
国王は顔を引きつらせ、必死に叫ぶ。
「余は命じてなどおらん! すべてはこやつらが勝手に――」
「嘘をつくな!」
縛られた騎士の一人が叫び返す。
「俺たちは王の命令通りに動いただけだ!」
「偽ローマムア帝国の騎士服を使えっ、て言ったのは、あんたじゃないか!」
「黙れ! 余を陥れる気か!」
怒鳴り合いが始まる。互いに責任をなすりつけ合ううち、言葉の端々から繋がりが露わになっていく。どちらも、墓穴を掘ったのだ。
民達は、もはや怒りのうねりに飲み込まれていた。
国王の否定の言葉は、その中に虚しく溶けて消えていく。
僕は、壇上から民衆を見渡した。
「明朝、この者たちはローマムア帝国へ連行する。それまでの間、ここに置いていく」
ざわり、と空気が揺れる。
「手足の自由は奪ったままだ。なぜ自らの民を追い詰めたのか、この愚かな王に問いただすがいい。……なにをしても構わない。ただし、殺してはいけない」
――愚かな王よ。お前は、虐げてきた民から裁かれろ!
「ま、待てぇ!」
国王は必死に叫び、声を裏返らせた。
「そんなことをすれば、余がどうなるかわかっているだろう! おい、置いていくな! 待て! 待つんだ!」
そして、ついに情けない声を振り絞る。
「金をやる! 大金だ! 城の地下室に隠し金がある! 拉致した若い女たちも……全部やるから……!」
僕は、それ以上聞かず、足早にその場を去った。ますます怒りがこみ上げると同時に、地下室に閉じ込められた者たちを助けに行くために。
そして、スペイニ国王は……
♦♢アルバート視点
僕は文句を言うこともなく、先輩たちの区画の草をひたすらむしり取っていく。そのあいだに何度も籠をひっくり返されたが、必死で耐えていた。
皇女様はそんな僕の姿を遠くから見つめていた。確かに、僕は皇女様に意地悪をした。両親やアリスに影響されていたからだが、なんの言い訳にもならない。
――だから、僕はこうして黙って働くしかないんだ……
♦♢ビクトリア視点
今、私の目の前には過激派の男たちと行動を共にしていた少女、マドリンがいる。地下牢に入れるというお兄様の決定を私が覆し、彼女を自分の管理下に置いた。けれどマドリンは心を閉ざし、ひたすらローマムア帝国とお兄様への恨みを口にするばかりだった。
両親を亡くし、姉のラクエルに育てられたと言うマドリンは、ラクエルを奪った帝国の騎士を激しく憎んでいた。私はそのマドリンを伴い、アルバートのいる庭園へと向かう。
「頑張っているわね、アルバート」
「アグネス姉様……じゃなくて……皇女様。ありがとうございます。この仕事はなんとなく僕に合っているような気がします。これから僕は皇女様に喜んでもらえるように綺麗な花を咲かせたいです」
「花を咲かせる、とても素敵な言葉ね。この少女――マドリンは私に毒液をかけようとした者たちの仲間だったのよ。この子は、私やお兄様を仇だと思いこんでいるわ。アルバートが面倒をみて、良い方向に導けないかしら? それが私への償いになるわ」
アルバートは一瞬驚きの表情を浮かべたけれど、しっかりと頷いたのだった。




