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第31話 母の魔力

光が収まると、


そこには一瞬、音の抜け落ちたような静けさが残った。


水晶は何事もなかったかのように沈黙し、


先ほどまで漂っていた微かな熱気も、ゆっくりと消えていく。


リーネはその沈黙を破るように、


母へと金属のプレートを差し出した。


「シズカ・シノザキ様。


こちらが、G級冒険者証になります」


手渡される流れは、美桜たちと同じ。


声色も、所作も、変わらない。


「あ……どうも」


母は受け取りながら、少しだけ視線を水晶へ戻した。


「あの……さっきの光は?」


誰も口にしなかった疑問を、


母が代わりに言葉にする。


リーネは一瞬だけ首を傾げ、


すぐに思い出したように頷いた。


「先ほどの光、ですか?」


受付台の奥で手を組み、穏やかに説明する。


「あれは、魔力が強い方が登録される際に、


反応が大きくなるためです」


「……ってことは」


湊が目を丸くして声を上げた。


「お母さん、チートってこと?」


リーネはその言葉を咀嚼するように一拍置き、


小さく首を振った。


「“チート”という概念がどういうものかは分かりませんが……


魔力が多いのは、確かですね」


言葉を選びながら、続ける。


「ただし、これはあくまで登録時点での魔力量です。


それだけで皆さんより“強い”と断定できるものではありません」


一度、全員の顔を見渡す。


「現段階では、皆さんより高い数値と定義してもよいかもしれませんが……


強さには、様々な形がありますから」


そう言って、湊へ柔らかな笑顔を向けた。


「へー!


じゃあ、これでお母さんも戦えるな!」


湊は無邪気に言う。


「戦わないわよ」


母は即座に首を横に振った。


「怖いわ。


あんなのが襲ってきたら……」


その言葉に、場の空気がわずかに緩む。


その中で――


美桜だけが、黙ったままだった。


「美桜?


どうしたの、浮かない顔して」


母が気づいて声をかける。


「……ううん」


美桜は一瞬だけ間を置き、


無理に明るい声を作った。


「なんでもないよ!


よかったじゃん、お母さん!


魔法、使えるんだよ!」


「あ……うん、そうね」


母は少し戸惑いながらも笑い、


「魔法、家事に役立てないとね」


と、冗談めかして答えた。


リーネは軽く咳払いをし、話題を切り替える。


「皆さんは、今後どうされますか?


パーティーは、組まれますか?」


その問いに、グロスが即座に答えた。


「暫定でいい。


俺たちのパーティーに所属させてくれ」


リーネは頷き、改めて全員を見る。


「皆さん、それでよろしいですか?」


視線が交わる。


「……とりあえず、そうしましょうか」


母が代表して言い、


「うん」


美桜が短く答えた。


リーネは全員分の冒険者証を受け取り、


もう一つの魔道具へと差し込む。


魔力が流れる低い音。


処理は、あっという間だった。


「はい。


これで皆さんは、《フォーエッジ》の一員になりました」


冒険者証が、一枚ずつ返却される。


グロスはそれを受け取りながら尋ねた。


「で、何かクエストはあるか?」


リーネは申し訳なさそうに首を振る。


「今はこの状況ですので……


正式なクエストは、ひとつもありません」


「……やっぱりな」


グロスが低く呟く。


その直後、


リーネは少し姿勢を正し、


美桜たち一人ひとりの顔を見た。


「ただ――


ひとつ、皆さんにお願いしたいことがあります」


その声は、


先ほどまでよりも、ほんの少しだけ重かった。


リーネは一度、呼吸を整えるように胸に手を当ててから、静かに口を開いた。


「シズカさん、ミオさん、ミナトさん、カイさん。


皆さんは――異界人の方々、ですよね?」


その問いに、カイが短く答える。


「“日本人”を異界人と呼ぶなら、そうなるな」


言葉は穏やかだが、含まれた棘は隠せていない。


リーネは頷き、少しだけ視線を伏せた。


「実は……この街には、他にも異界人の方々がいらっしゃいます」


一拍。


「ただし、現在――


一時的に“監禁”という措置を取らせていただいています」


その言葉が落ちた瞬間、


空気が一段、硬くなった。


「……どういうことですか」


カイが一歩前に出る。


声は低く、抑えられている。


リーネは逃げずに説明を続けた。


「異変が起こった直後、


異界人の方々はすでにこの街に滞在していました」


「我々は何が起きているのか分からず……


不審者として、衛兵と冒険者で取り押さえ、保護――


いえ、監禁という形を取りました」


「なんで……!」


美桜が思わず声を上げる。


「美桜」


母が静かに手を上げ、制する。


「……すみません」


リーネは深く頭を下げた。


「状況が落ち着き始めたので、話し合いを試みたのですが……


皆さん、非常に興奮されていて。


対話が成立しない状態が続いています」


その言葉に、沈黙が落ちる。


「……つまり」


カイがゆっくり言葉を選ぶ。


「俺たちに、その橋渡しをしろと?」


「はい」


リーネは迷いなく答えた。


「お願いできますか」


短く、しかし確かな依頼だった。


「……分かりました」


カイは一度だけ頷く。


「案内してください」


「少々お待ちください。


ギルドマスターをお呼びします」


リーネはそう言うと、カウンターを回り、奥へと小走りに消えた。


しばらくして――


「ほら、ハンスさん。


皆さん、お待ちですよ」


リーネの声と共に、奥から一人の男が姿を現した。


帳簿を抱えたその男――ハンスは、


四十前後に見える年齢より、どこか疲れ切った顔をしている。


無造作な黒髪には白髪が混じり、


眠たげな垂れ目の下には、はっきりとした隈。


襟元を緩めた白いリネンシャツに、使い込まれた革のベスト。


袖をまくった腕には黒いアームカバー。


利き手の指先には、消えきらないインクの染み。


帳簿を抱えたままカウンターに来ると、


一度肩を回し、溜息混じりに顔を上げた。


「……初めまして。


ハンスです」


差し出された手に、皆が順に応じる。


握手を終えると、ハンスはすぐに本題に入った。


「リーネから、あらかた聞きました。


あなた方も――異界人、とのことですね」


「異界人というか、日本人です」


カイは少し強めに言う。


「おっと、失礼」


ハンスは苦笑しながら言い直した。


「ニホン人の方々、だね」


そして、真剣な表情になる。


「君たちには……


隔離しているニホン人の方々の“要望”を聞いてきてもらいたい」


「要望、ですか?」


カイは首を傾げる。


「皆、家に帰りたいだけなんじゃないですか」


「……だよなぁ」


ハンスは頭を掻いた。


「私も、帰ってもらいたいのは山々なんだ」


だが、と続ける。


「君たちも見た通り、この街は今――


建物同士が繋がり、境界が崩れている」


「その上、領主が言うんだよ」


声が少し重くなる。


「“この街は私の土地だ。


領民でない者に、住む権利はない”ってな」


「おかしいじゃん!」


湊が思わず声を上げる。


「その通りです!」


カイも同意するように続けた。


「俺たちも土地を持っています!


住む権利は、こちらにもあるはずだ!」


ハンスは両手を上げるようにして首を振る。


「うん、分かってる。


私もそう思ってる」


「でも……どうすればいい?」


声に疲労が滲む。


「どちらの主張も、筋が通っているんだ」


「領主の言い分も、


ニホン人の言い分も!」


そう言って、髪を掻きむしる。


「……リーネさん」


美桜が静かに口を開いた。


「私たちは、どうして拘束されていないんですか?」


「それは」


リーネは即答した。


「グロスさんたちが保証人になっていること、


そして、皆さんが冒険者登録をされたからです」


「冒険者になると……身元が保証されるんですか?」


「はい」


リーネは頷く。


「基本的に冒険者は、所属国や街を問わず、


ギルドの信用のもと、各都市への出入りが許可されます」


美桜の目が、僅かに見開かれる。


「……じゃあ」


一拍。


「みんな、冒険者にすればいいんじゃないですか?」


その言葉が落ちた瞬間――


静寂。


「……そうか」


ハンスは一度、深く息を吐いた。


帳簿を抱えた腕に、力が入り直す。


「君たち、なら……」


言葉を選ぶように、視線を落とし、軽く咳払いをした。


「実はな。


その“冒険者になる”という提案は――


もう既に、試している」


ギルド内に、わずかな沈黙が落ちる。


「だが、結果は散々だったよ」


ハンスは苦笑しながら肩をすくめた。


「監禁している側の口から


“登録すれば解放する”なんて言われても」


「信用できるはずがない、


訳の分からない物に登録するつもりはない――


そう言われて終わりだ」


声に、責める色はない。


ただ、現実を淡々と受け入れた疲労だけがあった。


「……当然だ」


自分に言い聞かせるように、そう付け加える。


「追い詰められた状態で、


こちらの都合だけを突きつけられても、


納得できるはずがない」


そこで、ハンスは顔を上げた。


視線は、カイたちへ。


「――しかし」


語気が、僅かに変わる。


「今回は、君たちがいる」


一人ひとりの顔を確かめるように、ゆっくりと見る。


「異界人……いや」


一瞬言い淀み、言い直した。


「ニホン人が、間に入ってくれるなら」


「少なくとも、


“同じ立場の人間が話を聞きに来た”


そう思ってもらえるだろう」


ハンスは小さく頷いた。


「それだけで、


耳を塞がれる可能性は、ぐっと下がる」


「住む場所の問題については……」


そこで言葉を切り、正直に告げる。


「正直、まだ何とも言えない」


「だが――」


帳簿を胸に引き寄せる。


「冒険者登録だけでも済ませてもらえれば、


我々ギルドが“公式に”面倒を見ることができる」


「少なくとも、


“正体不明のよそ者”として扱われることはなくなる」


「それが、今できる最大限だ」


ハンスは、頭を下げるほどではないが、


確かに“頼んでいる”姿勢で言った。


「どうだろう。


……力を貸してくれないか」

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