第23話 多才の芽
朝日が差し込み始め、薄い橙の光が部屋の隅を照らし出す頃。
リビングの方から カタ、カタ……ガチャン と金属のこすれる音が響いてきた。
美桜は、エナと母と並んで寝ていた自室の布団の中で、
その音をぼんやりと聞きながらまぶたをうっすら開ける。
隣を見ると、エナはまだ小さな寝息を立てて眠っている。
ただ、母の布団だけが静かに形を崩していた。
(……あれ? お母さんは?)
寝ぼけた頭をこすりながら部屋を出ると、
リビングでは朝の光を浴びながら、数人が動いていた。
カイが装備のベルトを締め、テルマは矢筒の点検をし、
グロスは大きなリュックを背負って肩の位置を調整している。
母はそのそばで、出発前に必要な確認を手伝っていた。
一方、ソファの端では──
湊が布団にくるまったまま 完全に爆睡 していた。
「──あ、美桜ちゃん。おはよう」
カイが明るい笑顔を向ける。
朝の光が彼の胸当てを反射し、金色の縁が一瞬輝いた。
「おはよう、美桜。さ、歯磨いてきなさい。その後すぐ出発の準備よ」
母の声は、どこか懐かしかった。
昔、家族旅行へ行く朝に聞いたのと同じ調子。
(……ああ、こんなふうに言われてたな……)
「はーい」
気の抜けた返事をしつつ、美桜は少し笑った。
歯磨きを済ませて部屋へ戻ろうとしたとき、
部屋の扉がゆっくり開き、髪がぽさぽさのエナが出てきた。
「おはようございます……」
眠気を引きずりながら深く頭を下げる。
「おはようございます」
美桜も同じように挨拶を返した。
エナはまだふらふらした足取りのままリビングへと消えていく。
美桜はエナと入れ替わるようにして自分の部屋に入り、
カバンを広げて荷物を詰め始めた。
(何持っていこう……着替えと……)
手が止まる。
「あ、これ……」
引き出しの奥から出てきたのは、一冊のアルバムだった。
ぱら、と開くと──
つい昨日まで続いていた日常が、写真の中に閉じ込められていた。
文化祭でのクラス写真。
部活で汗だくになりながら笑う自分。
友達とふざけて撮ったプリクラ。
ページをめくるごとに胸の奥がじんと締め付けられる。
(……戻れないのかな。この頃には)
アルバムの真ん中から、一枚の写真が自然と目に留まった。
家族四人で旅行へ行ったときの写真。
父が大きくピースをして、母が笑い、
幼い美桜と湊が両側で顔をくしゃっとして映っている。
太陽の光で少し色あせたその写真を見つめながら、
美桜は息を吸い──そっと呟いた。
「……お父さん」
胸の奥に、熱いものがこみ上げる。
少し俯き、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえた。
手を震わせながらアルバムを閉じ、
家族写真だけをそっと抜き取り、カバンにしまう。
滲んだ涙を指で拭い、
美桜は胸の内で静かに誓った。
(……私、強くなる。
お母さんを守る。湊を守る。
今度は私が、家族を守る番なんだ)
朝の光が、決意した少女の横顔を優しく照らしていた。
朝の空気はすでに柔らかく、家の中には旅支度の金具が触れ合う軽やかな音が続いていた。
荷物を抱えた美桜がリビングへ戻ると、最初に母が気づいて声をかける。
「美桜、準備できたの?」
「うん、できたよ。……湊、まだ寝てんの?」
母は小さく笑いながら肩をすくめた。
「そうなのよ。いつもは真っ先に起きるのにね」
装備を整えていたカイが顔を上げ、明るく言う。
「多分、昨夜いちばん遅くまで起きてたんじゃないですかね」
「遠足前の小学生じゃないんだから……」
美桜が呆れ気味に呟くと、母は楽しげに「きっと、この子にとっては遠足なんじゃない?」と返した。
ふいに懐かしい匂いが胸に広がる。
昔、家族旅行に行く日の朝も、母は同じように笑っていた。
美桜は思わず「ふふっ」と釣られて笑った。
その瞬間――
「おはよう!」
布団が勢いよく跳ね上がり、湊が飛び起きた。
そして何事もなかったかのように洗面所へ走り去っていく。
全員の手が止まり、その突発的な“起床劇”を目で追った。
カイは吹き出しそうになりながら「元気ですねぇ……」と呟いた。
――そしてその後から湊は、
部屋とリビングをひっきりなしに往復し始めた。
美桜は眉間にシワを寄せる。
「……あいつ、またなんか作ってない?」
「かもしれないわね。あの子、そういうの好きだもの」
母はどこか誇らしげに笑っていた。
美桜が目覚めてから、すでに二時間が経っていた。
「……あの子、まだかしらね」
母が時計を見上げ、ため息混じりに言ったその時、美桜は立ち上がる。
「呼んでくる」
ちょうどリビングの扉に手をかけた瞬間――
ガチャリ、と向こう側から開いた。
そこに現れた湊は、リュックをパンパンに膨らませ、肩紐が悲鳴を上げている状態だった。
美桜は即座に頭を抱える。
「あんた、荷物多すぎ!」
「これでも減らしたんだぜ?」
強気に言い返す湊の横から、母がスッと手を伸ばしリュックを奪う。
「ちょっと見せなさい」
次の瞬間、母の“仕分けの儀式”が始まった。
「あ、これいらない。これも。……なんでボンド?これは外。あとこれはダメ」
次々とテーブルに並べられ、リュックの中身はあっという間に軽くなっていく。
そして返ってきたリュックは、先ほどの1/3ほどの厚みに変貌していた。
湊は肩を落として抗議する。
「減りすぎだって……」
「必要なものだけにしなさい」
母はぴしゃりと言いつつも、どこか優しい。
その一連のやり取りに、カイたちは苦笑しながら準備を一旦止めた。
カイが母に向かって声をかける。
「それじゃあ……そろそろ始めても大丈夫ですか?」
母は恐縮した様子で「いつもごめんなさいね」と頭を下げ、湊に言う。
「ほら、座りなさい。迷惑かけてばかりなんだから」
「はいはい……」
湊はしぶしぶ椅子に座り、空気がようやく整った。
「大丈夫ですよ。じゃあ――始めましょうか」
カイは、軽く息を整えると口を開いた。
「それじゃあ、はじめようか。その前に──君たち二人のステータスを確認したいんだ」
その言葉に、湊が椅子を蹴る勢いで身を乗り出した。
「ステータス!? 俺にもあるの!?」
カイは苦笑しつつ頷く。
「あぁ、たぶんあるはずだよ。
君たちも魔物と真正面から対峙したんだ。条件としては十分だ」
そこで、横にいたグロスが太い腕を組みながら低く補足した。
「俺たちの常識で言えば──魔物と戦えば力が芽を出す。
お前たちもあれだけ危険な状況にいたんだ。ステータスの一つや二つ、宿ってても不思議じゃねぇ」
湊は緊張と期待が混じった声で尋ねる。
「どうしたらいいんですか? やっぱり……ステータスオープン?」
言った瞬間──
「……うわっ!?」
湊が空中の一点を凝視したまま固まった。
その反応に、美桜が眉をひそめる。
「もぉ、うるさいっての。なによ急に」
「姉ちゃんもやってみろって! ほら、ステータスオープンって!」
「あぁもう……はいはい。……ステータスオープン」
次の瞬間、美桜の瞳が驚きに揺れた。
「……え。なにこれ……すご」
カイは静かに微笑む。
「見えた? なら君たちにも力が宿ってるって証拠だ。
職業とスキルの項目があると思うんだけど……何て書いてる?」
美桜は躊躇しながらも読み上げた。
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篠崎 美桜
職業:初級旅人
スキル:多才の芽〈マルチアプトブロッサム〉
正眼
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「えっと……職業が“初級旅人”、スキルが“マルチアプトブロッサム”と“正眼”。そんな感じで合ってるんですかね?」
グロスが目を見開き、感嘆の息を漏らした。
「ほぉ……マルチアプト・ブロッサムか。こいつは珍しいな」
カイが首をかしげる。
「マルチアプト? それって何なんだ?」
「マルチアプトブロッサム──可能性の塊みたいなもんだ」
グロスは大槌の柄を軽く叩きながら説明を続けた。
「自分の行動次第で強くも弱くもなる。諸刃だが……
これを使いこなした奴は、大抵“それなり”じゃ済まねぇ成果を出す。
まぁ、腐らせたまま終わるやつもいるがな」
美桜は胸の奥がふっと熱くなるのを感じていた。
(可能性があるなら、絶対に強くならなくちゃ。)
湊が嬉しそうに姉へ顔を向ける。
「へぇー! よかったじゃん、姉ちゃん!」
「……ありがと」
その和やかな空気を裂くように、湊が声を張った。
「俺は!?」
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職業:技師見習い
スキル:器用手
集中
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「“技師見習い”に、“器用手”と“集中”ってスキル!」
グロスは今度は少し驚いたように目を細めた。
「技術特化型か……こいつもあまり見ねぇ。研究者に多い職業だな」
そして肩をすくめる。
「戦闘には不向きな傾向にあるが――まぁ、悪くねぇ」
湊はその言葉を聞いた途端、満面の笑みを浮かべた。
「やった! 色々作れるってことだよな!?
なに作ろうかな……うわ、めっちゃ楽しみになってきた!」
美桜は堪えきれず吹き出した。
「戦闘不向きでいいのか、あんたは……」
湊は気にせず胸を張る。
「いいんだよ! 俺、物作りの天才かもしれないし!」
そのやりとりに、カイもグロスも思わず笑みをこぼしていた。
フォーエッジの輪の中に──
二人の“新しい力”が、確かに加わった瞬間だった。
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