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第16話 再会の帰路

森のざわめきが遠く揺れ、アスファルトにはまだ狼の血と焦げの匂いが残っていた。


その中央に、美桜と湊、そしてカイたち四人が向かい合うように立っていた。


「じゃあ……まずは僕たちの紹介をするね」


カイが穏やかに言い、手を軽く挙げた。


灰色の煙がまだ漂う中、その声だけが妙に澄んで聞こえた。


「さっきも言ったけど、僕は桜井 海。よろしくね」


柔らかい笑みを浮かべると、隣の巨体へ顎を向ける。


「で、こっちがグロス。アタッカーとタンク兼任だ」


美桜は思わず手を挙げた。


「す、すみません……アタッカーは分かるんですけど……タンクって?」


グロスは大きな胸板を軽く叩き、低いが安心感のある声で答えた。


「前に立って、後ろの仲間に攻撃を通さない役目だ。盾みたいなもんだ」


「あ……なるほど。そういう……」


美桜は胸を撫で下ろすように頷いた。


カイは次に、木々の陰のように静かに佇む弓使いへ視線を向けた。


「次がテルマ。弓の使い手。中〜遠距離と索敵が専門だ。君も見たよね? あの“追い続ける矢”」


テルマは気恥ずかしそうに眉を動かす。


「弓は……まあ、得意だ。任せてくれ」


「テルマはこういう感じだけど優しいよ」とカイが笑う。


そして、最後の一人へ目を向けた。


「それで……こっちがエナ。僕らの生命線、ヒーラーだ」


「ひ、ヒーラーって……回復してくれる人ですよね?」


「あはは、うん。その理解で正しいよ」


エナは美桜と湊をみて、そっと問いかける。


「本当に……傷、大丈夫でしたか? あの時急ぎすぎちゃって……」


美桜は思わず深々と頭を下げた。


「本当に……本当にありがとうございました。あれがなかったら……私……」


湊も続くように頭を下げた。


カイは少し焦ったように手を振った。


「いや、むしろ僕たちが謝らないといけないんだ。あの狼……フレアウルフの群れを討伐中でね。リーダー個体だったやつに逃げられてしまって……それが君たちを襲った。……本当に、ごめん」


美桜は慌てて首を振る。


「いえ……そんな。仕方のないことです。助けてもらったのは事実ですし……」


それから、美桜はふっと微笑んだ。


「それに……皆さんに出会えて、少し……希望が持てたんです。


自分でも……戦えるのかなって。


だから、あの……フレアウルフって言うんですよね? あの子には……ちょっとだけ感謝しなきゃいけないかもしれません」


その言葉に、カイは驚いた顔で美桜を見た。


次に、美桜は自分たちの番だと言わんばかりに姿勢を正した。


「遅くなりました。私は篠崎 美桜、17歳です。そして……こっちが弟の湊です」


視線を向けると、湊はどこか遠くを見るような目をしていた。


「湊! 自己紹介!」


「あ、えっと……湊です。14歳です」


そこで、湊の表情がふっと真剣に切り替わる。


「皆さんに……一つ聞きたいことがあるんですけど」


カイはまっすぐに答えた。


「うん、なんでも聞いて」


湊は深く息を吸い――


「皆さん……必殺技ってあるんですか?」


静寂。


次の瞬間、カイは吹き出した。


「ぶっ……っく、くっ……!」


肩を震わせ、必死で笑いをこらえて後ろを向く。


対して、グロスとテルマとエナは“真剣に考える”顔だった。


美桜は完全に固まる。


(な、なに聞いてんのよこの子はぁぁぁぁ……!!)


そこへ、グロスが静かに答える。


「なるほど。敵を倒す時によく使う技……そういう意味だろう? ならあるさ。


俺は衝撃波〈インパクト〉。汎用性が高い」


テルマも続く。


「俺は……チェイスアロー」


エナは優しく微笑む。


「私は回復専門なので……“ヒール”ですね」


湊は真剣そのものだ。


「なるほど……得意技から考えればいいのか……」


また一人で世界に入り込んでいる湊に、美桜は頭を抱えたくなる。


そんな中、カイは涙を拭い、咳払いをして真剣な顔に戻った。


「それで――君たちはこれからどうする? 滞在してる場所があるなら、送っていくよ」


美桜は答えた。


「お母さんが家で待ってます。……帰りたいです」


「OK。じゃあ僕たちが送るよ。みんなもいいよね?」


三人は頷く。


「じゃあ……行こうか、美桜ちゃん、湊くん」


美桜と湊は深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


その声は、震えていたけれど――


確かに前へ進もうとする強さが宿っていた。


美桜たちは帰路につき、やがて――あの“サイのような魔物”と遭遇した場所にたどり着いた。


夕光に染まった道路。折れたガードレール。えぐれたアスファルト。


風が吹くたび、焦げた草の匂いが鼻をかすめる。


美桜も湊も、どこか落ち着かず、視線を絶えず周囲へ走らせていた。


カイが眉を上げる。


「二人とも、そんなにキョロキョロして……どうしたの?」


美桜は小さく息を飲み、カイへ向き直った。


「……狼に襲われる前に、ここで“サイみたいな魔物”に会ったんです」


「サイ?」


カイは記憶を探るように首を傾げる。


そのとき、グロスの低い声が割って入った。


「サイ……? そんな魔物、聞いたことがないぞ」


カイは説明を加える。


「サイっていうのは、僕たちの世界の動物で――四足歩行で鼻に角が一本あって……まあ、そういう生き物なんだ」


グロスは腕を組み、顎に手を添えた。


そして、ふと思い当たったように目を細める。


「鼻に角……色は黒じゃなかったか? 背中に棘は?」


「そうです!」美桜は思わず声を上げた。「その通りです!」


グロスは片眉を上げ、重く頷く。


「グラッシャーホーンだろうな。相性が悪い相手だ。俺たちだと……決定打を与えるのに少し苦労するタイプだ」


「そんなに強いのか!」


カイが息を飲む。


グロスは口角をわずかに上げ、肩をすくめた。


「強さ自体はフレアウルフと大差ない。ただ……あいつは“武器攻撃に滅法強い”。魔法か、魔力を帯びた武器じゃないと決め手に欠ける」


「なるほど……相性ってやつか」


カイが納得する。


すると湊がぽつりと言った。


「ジャンケンみたいですね」


「はは……確かに」


カイが思わず笑う。


美桜は、そこで少しだけ肩の力が抜けたような気がした。


“魔物にも習性がある”――それを知るだけで、心の中に冷静さが戻る。


やがて、一行はコンビニ近くの交差点へ戻ってきた。


夕方、影が長く伸び、風が看板を揺らしカラカラと音を鳴らす。


「この辺で出てきたんだよ、あのサイ」


湊が指さす。


「私は……あそこで休んでたら姿を見せたのよね」


その瞬間――


ズシン。


大地そのものが重く脈打つ。


電柱がかすかに震え、アスファルトに細かい砂が跳ねた。


湊が青ざめる。


「こ、こんな感じで、ズシンって……」


美桜は息を呑み、背筋が粟立つ。


「……来た」


風向きが変わり、ぬめった獣臭が流れ込んでくる。


グロスが即座に声を張った。


「全員、こっちだ!」


カイたちの動きは速い。


ほんの数秒で美桜たちは車の影に引き寄せられ、身を屈める。


「テルマ」


グロスの短い指示。


「うん」


テルマは矢筒から一本を抜き、先端に布を巻きつける。


手つきは慣れていて、無駄がない。


美桜は思わず小声でつぶやいた。


「……何をしてるの?」


湊が小声で答える。


「気をそらすんだ!」


湊はその場の空気を突き破るように声を上げた。


自分でも驚いたのか、肩がわずかに跳ねる。


グロスは牙のような白い歯を見せて、愉快そうにニッと笑う。


「半分正解だな、坊主」


その低い声は、獣の咆哮の余韻が残る森の空気に溶けた。


湿った草の匂い。


風が揺らす梢のざわめき。


どこか遠くで、魔物のものか分からない低い唸りが響く。


テルマは一歩前へ出て、軽く目を閉じた。


周囲の音を削ぎ落とすように呼吸を整え、指先だけがかすかに震える。


まるで獣の気配を拾う鷹のようだった。


「……少し待ってくれ」


静寂が落ちる。


息をのみこむような緊張が、数秒だけ場を支配した。


やがて目を開け、細く息を吐く。


「――まだ先だ。距離はある。もう少し、待てる」


その声音には妙な確信があった。


湊は小さく身を縮め、腕を抱える。


「また……あいつと会うのか。やだなぁ……」


その言葉は震えていたが、逃げ出すほど弱い声ではなかった。


カイがそっと湊の肩に手を置く。


その手は温かく、頼りがいのある重さがあった。


「大丈夫。今度は僕らが一緒にいる。絶対に守るよ」


ぽん、と軽く叩く音が心にまで響いたのか、湊は少しだけ息を呑んだ。


グロスが腕を組みながら説明を続ける。


「あいつは戦うと面倒だが……やり過ごすだけなら簡単だ」


森の奥から、風に乗って土と獣の生臭い匂いが運ばれてくる。


「動くものに反応して飛びかかる習性がある。だからな——どこかに隠れて、遠くへ物を投げれば、それで勝手にそっちへ行く。耳も大して良くねぇ。物音で気づく可能性も低い」


湊は驚いたように美桜を振り返る。


「やっぱ耳よくないんだ! 全然タイマーの音に反応してなかったもんね!」


美桜もうなずき、ふっと息をつく。


「……確かに、そうだったわね」


美桜は森を見渡しながら言葉を続ける。


「魔物にも習性がある……それを知っていれば、逃げるのも、戦うのも、冷静に判断できる。――そういうことなのね」


「……もう少し先。警戒してる。来るぞ」


その瞬間、空気が張りつめた。


風が止まり、世界が“静寂の膜”で覆われたように感じた。


美桜は喉が乾くのがわかった。


湊も拳を握りしめ、唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。


ズシン……ズシン……


規則的な振動が、体の芯を震わせる。


地面が、近づく重圧に合わせて波打つように感じる。


草むらが揺れ、電柱の影がわずかに歪む。


そして――


ズシンズシン、と音は目前に迫った。

読んでいただきありがとうございました。

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