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第14話 初めての戦闘

カイの一閃は、空気ごと断ち割るような鋭さで走った。


だが狼は紙一重で身体をひねり、軌道から逃れた。


斬れたのは――ほんの毛先だけ。


切り落とされた数本の毛が、赤い火の粉を散らしながら空中でふわりと燃え尽きた。


「……チッ」


カイが悔しげに舌打ちする。


「グロス!」


叫ぶや否や、筋肉の塊のような大男・グロスが地面を抉る勢いで前へ出た。


「インパクトォ!!」


頭上に掲げた大槌が唸りを上げて振り下ろされる。


狼は反応し、ギリギリで横へ跳んだ――しかし。


ドンッ!!!


大槌が地に触れた瞬間、地面から波紋のような衝撃波が爆ぜた。


逃れたはずの狼は、足元から吹き上がる衝撃に弾かれ、


二メートルほど転がるように吹っ飛ばされた。


「グル……ッ!」


地面に爪を立て、狼は即座に立ち上がる。


しかし、胸が大きく上下し、口からは荒い息が漏れていた。


疲労とダメージが確実に効いている。


「テルマ!」


グロスが振り返りながら叫ぶ。


「わかってる!」


森の影から、細身の弓使い――テルマが姿を現した。


華奢な身体に似合わず、弓を構えた瞬間に空気が凍りつく。


テルマは矢を素早く番え、短く呟いた。


「チェイスアロー」


ヒュンッ!


放たれた二本の矢は、ただの直線ではなく、


狼の動きを“読むように”弧を描いて追尾する。


「グルルッ!」


狼は地を蹴り、矢を避けようと疾走する。


だが矢は角度を変え、執念深い蛇のように食らいつく。


追い詰められた狼は跳躍し、空中で体を反転。


喉奥に火が灯り――


ゴッ!!


火球が放たれ、追尾矢の一本を爆炎で吹き飛ばした。


しかしもう一本は吹き飛ばせなかった。


残る矢が喉元へ向かう。


狼は空中でさらに体をひねり、その矢を紙一重でかわす。


着地と同時に避けた矢が軌道を変え再び迫る。


身を翻し、それは地面へと突き刺さった。


「エナ! あの二人を頼む!」


カイが戦場から離れた場所へ声を飛ばす。


「はいっ!」


小柄な女性――エナが美桜たちのもとへ駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


美桜は呆然としたまま、かすかに頷く。


エナは美桜に手をかざし、そっと呟いた。


「ヒール」


その一言が落ちた瞬間――


空気が震えた。


次の刹那、美桜の全身を“光”が包み込む。


ただの光ではない。


温度を持ち、質量を持ち、まるで柔らかな羽毛の渦が身体に触れてくるような感触。


「――っ!?」


思わず息が詰まった。


背中を焼き焦がしていた激痛が、**じゅわっ……**と溶けるように引いていく。


熱湯のような痛みが、ぬるま湯へ、そしてただの温かさへと変わり――


次の瞬間、無になった。


「ちょ、ちょっと待って……え……なにこれ……!」


気づけば、美桜の肌が淡く金色に輝いていた。


光は彼女の傷口に吸い込まれるように流れ込み、肉を編み、皮膚を整え、


まるで“巻き戻している”かのように元の身体へと戻していく。


じんわりと胸の奥まで温かさが染み込み、肺が軽くなった。


呼吸がするすると通る。


声も戻る。


「……うそ……痛くない……ほんとに……?」


言葉が震える。


さっきまで死を覚悟していた。


皮膚が焼け、呼吸するだけで痛かったのに――


今は、まるで最初から傷などなかったように身体が軽い。


指を動かす。


背中をそっと触る。


痛みどころか、熱も、違和感すらもない。


身体にかけられていた“死の重さ”が剥がれ落ちていく。


美桜は自分の手足を確かめるように見つめる。


「あ、あの……ありがとう――」


顔を上げた時には、すでにエナは湊の方へ走っていた。


湊にも同じ光が降り注ぎ、みるみるうちに擦り傷が消えていく。


「隠れていてください!」


そう告げると、エナは再び戦場へ戻っていった。


「姉ちゃん……やば……すげぇ……!


俺も一瞬で治った……!」


湊は興奮して声を震わせている。


美桜は大きく息を吸い、戦場を見ながら呟いた。


「……ええ。ほんとに……傷も痛みも全部……」


美桜は湊の手を引き、近くの車の影へ身を潜めた。


戦場の中心では、異世界の戦士たちと狼が激しくぶつかり合っている。


「……あの人たち、何者……?


剣に弓……魔法……?


ほんとに……どうなっちゃったの……この世界……」


戸惑いが胸の奥を締めつける。


しかし横を見ると――


湊は目を輝かせ、


まるでアニメの戦闘シーンでも見ているかのように息を呑んでいた。


「……もう……本当に……信じられない……」


だが。


炎の熱、衝撃波の震動、金属のぶつかる高い音――


すべてが“現実”として、美桜の肌に、耳に、目に焼きついていた。


カイは舌打ちしながら、剣先をわずかに下げた。


「……クソ、なかなか決まらない」


その横で、大槌を握る巨躯の男――グロスが低く応じる。


「相手は“群れの頭”だ。ほかの雑魚とは違う。


知能も反応速度も段違いだ。……だが、テルマの矢は効いてる。


休ませず攻撃し続けりゃ、いずれ必ず落ちる」


カイは深く息を吐き、鋭い眼差しで前を見据えた。


「……攻めるしかないな」


地面を蹴る。


爆ぜるような踏み込みとともに、カイの脚が風を裂き獣のように加速した。


狼も応じるように口を開き、


喉奥から赤熱の弾丸を吐き出す。


ボッッ!!!


「〈脚力強化〉――!」


カイの身体が霞むほどに一気に速度が跳ね上がる。


火球が通り過ぎた瞬間、背後で轟音が弾け、熱風が肌を焼く。


着弾の衝撃を背に受けながらも、カイはひるまず狼の懐へ踏み込んだ。


鋭い一閃――


金属の音が短く響き、狼は反射的に後方へ跳ぶ。


だが、逃げきれなかった左脚に刃がかすり、


血飛沫が火花のように散った。


「逃がすかッ!」


二撃目の切り上げ。


しかし狼は低く身をひねり、風のように回避する。


左脚を庇うように片足立ちで着地したが、まだ殺意は消えない。


「テルマ、行くぞ!!」


「わかってる!」


少し離れた位置でテルマが弓を構え、


弦を軋ませるほど引き絞ってタイミングを計る。


一方、グロスは慎重に外側へ回り込み、


巨体とは思えない静かさで背後を取る。


「いくぞ、狼野郎……!」


狼がグロスに気づき、火花を散らすように身をひるがえした瞬間、


大槌が降り下ろされた。


ズガァァァン!!


狼は避けた――だが着地した場所にカイの切り上げが突き刺さる。


ズバァ!!


肉を切り裂く音。火花。狼の身体が大きくのけぞる。


「テルマ!! 今だ!!!」


グロスの怒号。


「任せろッ!!」


テルマの指が離れた。


空気を裂く鋭い音とともに、矢が狼の腹部へ吸い込まれるように奔る。


ズバッ!!


「キャインッ!!」


悲鳴をあげた狼が地面へ叩きつけられた。


砂埃が舞い、狼はよろめきながらも立ち上がろうとする。


だが脚は震え、血で毛が濡れ、呼吸は荒い。


一歩。


……また一歩。


逃げようとした前脚が力尽き、


その場に崩れ落ちた。


「……充分だな」


カイが静かに呟き、ゆっくりと狼に歩み寄る。


剣を逆手に握り直し、伏せられた瞳を見つめた。


「すまねぇ。……楽にしてやる」


刃がまっすぐ突き立てられ、炎色の毛がわずかに揺れた。


グロスがカイの隣に立ち、腕を組む。


「いつも思うが……それ、お前の国の風習かなんかか?」


カイは首を振り、苦笑した。


「いや、国ってより……俺自身の問題だろ。


生き物を殺すのに慣れてないんだ。


せめて苦しまないようにしてやりたい」


グロスは眉をひそめる。


「魔物は人間を襲う。


そこまで気を回す必要ないと思うがな」


「わかってるよ。でも……今は、こうしたかったんだ」


大男はため息をつき、


「まぁ好きにしろ」


と言ってカイの肩を軽く叩いた。


「それより……あの二人、どうする?


お前の服に近いが……俺たちの国じゃ見ない格好だ」


「あっ――!」


カイはようやく美桜と湊の存在を思い出したように顔を上げ、


慌てて駆け出した。

読んでいただきありがとうございました。

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