第11話 空になったスーパー
美桜たちは、呼吸すら抑え込むようにしてサイと向き合っていた。
空気が張りつめ、木々の隙間から射す淡い光さえ、緊張に凍りついているように見える。
湊は喉を鳴らし、小声でつぶやく。
「……襲ってこないね」
美桜も汗ばむ手で木刀を握りながら、視線を逸らさず答えた。
「ええ……なんでなんだろう……」
警戒を解くまではいかずとも、ほんのわずかに木刀を下げた――その瞬間だった。
ズッ。
土を蹴り砕く音とともに、巨体が爆発的に走り出した。
「うわっ、きた!!」
湊は本能で、握っていた“何か”を投げつけた。
「これでもくらえぇぇっ!」
だが手から離れた瞬間、軌道は全く違う方向へ。
「……あれ?」
投げた本人が固まるほど見事な見当違い。
「何やってんのよ!!」
美桜は湊がもう一つ持っていたものを奪い取り、
「これ、顔に投げればいいんでしょ!?」
と焦りながら確認する。
「う、うん!!」
すでにサイは五メートル先。
地鳴りが皮膚を震わせ、圧力が肌を刺す。
美桜は渾身の力で、湊の“秘密兵器”を投げ放った。
バシィッ!!
見事、鼻先に直撃。
その瞬間、サイの巨体がぐらりと横へ傾いた。
「グォッ……!」
悲鳴とも怒号ともつかない声が漏れる。
そして――
その質量そのままに、巨体が地面へ倒れ込み、
スライドするようにこちらへ突っ込んでくる。
「うわっ!!」
二人は反射的に左右へ飛んだ。
土が跳ね、木々が揺れ、サイの体で地面が削れた。
湊はその拍子につまずき、転倒し、
「いってー……!」
と情けない声を上げる。
倒れたサイはすぐさま立ち上がったが――
その両目はぎゅっと閉じられたままだった。
「グモォォォォォッ……!」
怒りのままに暴れ回り、
太い木の幹を片っ端からなぎ倒す。
枝が折れる音、幹が悲鳴のようにきしむ音が、森の空気を切り裂いた。
「姉ちゃん! 今のうちに行こう!!」
湊は泥だらけの服を払いつつ叫ぶ。
「うんっ!」
二人は走り出し、サイの視界外を迂回するようにして距離を取った。
走りながら美桜は息を切らしつつ言う。
「あんた……あれ、何投げたのよ……?」
「え……あれは……はぁ……ちょ、ちょっと……休憩……」
湊はへたり込み、肺を焼くように息を吸っている。
「……もう大丈夫よ、姿も見えないし」
美桜も呼吸を整えながら周囲を確認する。
湊は地面に座り込みながら、ようやく答えた。
「はぁ……あれ……胡椒。テレビでよくあるだろ……?」
「あぁ、なるほど。
……だから家出る前、調味料の棚あさってたのね」
美桜は思い返し、呆れ半分、感心半分で息を吐いた。
「ほら、行くよ」
美桜が手を差し出す。
「えー……もう行くのー……」
湊は不満げに文句を言いながらも、立ち上がる。
少し歩くと、木の隙間から建物が見えた。
“スーパー”の面影はあるが、蔦と巨大化した植物に侵食され、
まるで森に飲み込まれた様だった。
「これSNSに上げたらバズるかな」
湊が悪ノリする。
「馬鹿言ってないで、中入るよ」
入り口の自動ドアは壊れ、半端に開いたままだ。
美桜は嫌な予感がして小走りで近づく。
「嘘……まさか……」
中は真っ暗。
スマホのライトで照らすと――
棚は荒らされ、商品はほとんどない。
「……やっぱり先越されたか……」
美桜はこめかみに手を当てた。
湊もライトを振りながら言う。
「うわ……ほんと、全然ないじゃん……」
水やお茶、乾物など。
必要なものはほぼ全滅。
生鮮食品は腐敗臭を漂わせ、
缶詰や菓子類すらほとんど残されていない。
その時。
「あっ!」
湊の声が響き、光が棚の奥を照らす。
「何よ、大声出して……!」
美桜が眉をひそめると――
「見てこれ!」
湊が取り出したのは、500mlのペットボトル。
「……おっ! 水じゃん! 湊、ナイス!!」
「へへーん」
湊はどや顔で水を美桜のリュックに入れる。
さらに店内を回ると、スタッフルームの扉を見つけた。
「裏に行けば何か残ってるかも……」
だが、扉の前で二人の足は止まる。
床に――
乾いた血痕が、裏口のほうまで一直線に引きずられていた。
「……やめとこう。入るの」
美桜の声は震えていた。
「うん……」
湊も青ざめて頷く。
結局、収穫はほぼゼロのまま店舗を一周し、二人は入口へ戻った。
「……もう帰ろ。お母さんも心配してるし」
「そうだね……疲れた……」
帰り道、美桜は別ルートを選んだ。
「こっちは裏道だから、さっきのあの巨体は入って来れないよ」
そう言って歩く道は細く、植物が生い茂り、空が見えづらい。
その時――
ガサッ。
背後で、明らかに“何かが動いた音”がした。
空気が凍りついた。
美桜と湊の背筋に、静かに恐怖が這い上がった。




