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オカルティック・アンダーワールド:ベート  作者: アキラカ
裏世界怪異譚

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第1話 The BackRooms

 202X年11月1日




「・・・隊長、やはりこのまま先に進むのは危険すぎます。一度戻って他の隊員と合流しましょう」


「馬鹿な事を言うんじゃない・・。このままでは犯人を追い詰めるどころか、最悪の事態になりかねないんだぞ!・・・それに、どのみち今ここから元の場所に戻るのはもう・・・無理だ」



 警視庁警備部、緊急時初動対応部隊。通称ERT。

 小隊長の大木田(おおきだ)は隊員4人を連れ、見知らぬ室内を彷徨っていた。


 無機質な黄ばんだ古くさい白い柱と壁、何となく湿り気を感じる厚みのある心地の悪いベージュ色の絨毯、オフィスのような規則正しい間隔で備え付けられた蛍光灯だけが辺りを照らす。そんな空間延々とどこまでも続いていた。

 一見規則性があるような柱の配列が続いたかと思うと急に柱と柱の間にまた不自然な通路が続く。

 その無限に続く迷路のような空間は、さながらバグを起こしたゲームの中にでも入り込んでしまったかのようだった。




 大木田率いるERT小隊は、その日とある事件の容疑者を追って港区にある廃ビルの中へと足を踏み入れたはずだった。

 それがいつの間にか見知らぬ空間へと迷い込んでしまったのだ。


 いつ、どこからこの不気味な空間へ迷い込んでしまったのか。

 大木田は迷いながらも何度も何度も出口に向かおうと通った場所を戻っていたはずだった。しかし進めば進むほど見た事もない場所へと進み、そして気づけばその中を1時間以上迷い続けていた。



「・・・・隊長!」


 隊員の一人、鈴木が業を煮やしたように何度目かの大声を出した。


「黙れ鈴木!」


 大木田も流石に頭にきたのか鈴木へキツイ応答をする。

 しかし鈴木は更に大声を上げた。


「もう限界です!!俺は一人で戻ります!」


 そう言うと鈴木は一人だけ踵を返し、隊から逃げさすようにその場から急に走り出した。


「鈴木やめろ!一人になれば助からないぞ!」


 隊の一人、保科(ほしな)が大声で鈴木を止めようと追いかけ手を引こうと伸ばした。・・・・その瞬間。



「ぅあっ!!・・・」

「あ・・・・・」



 鈴木と保科は残りの3人の目の前で、薄汚く心地の悪い絨毯にまるで吸い込まれるようにして姿を忽然と消した。



「・・・は?・・・な?何が起きた!?」


 隊の中では大木田に続く役割の(とどろき)が、目の前で突如起きた現象に声を震わせた。

 良く見れば大木田も同じように構えるMP5が震えている。


 一連の状態をただ黙り様子を伺っていた一番の若手である有明(ありあけ)白朗(しろう)は、震える上司と先輩を見ると一人銃を構えたまま鈴木と保科が消えた床へと慎重に近づこうと二人の前へと歩み出た。


「お・・おい!やめろ有明!!お前までやられるぞ!!」


 10歳離れた先輩の轟が有明を制止する。


「大丈夫です」


 有明はそう言うと二人が消えた場所の3mほど手前でぴたりと足を止め、そこから這いつくばるように伏せた。

 そのまま匍匐前進で少しずつ前に進む。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 大木田と轟は恐怖でその場から動けず、ただ有明の様子を後方から祈るようように見守るしかできなかった。


 そして2mと少し進んだ辺りで有明の伸ばした手が急に絨毯の中へと吸い込まれるようにしてめり込んだ。


「!!」


 はっとして有明は咄嗟に手を引き抜く。


 それを見ていた大木田と轟もぎょっとして震えあがった。


「おい!有明!!大丈夫か!!」


 轟がやはりその場から動けずに有明に問いかける。

 有明は引き抜いた手を少しの間じっと観察していたが、何も変化がない事を確認すると匍匐前進の体勢のまま二人に返答した。


「はい、大丈夫です!ただ、ここに・・目の前に見えない()があります!」


「・・・穴??」


 大木田はそれを聞いて伏せる有明に少しだけ近づくと同じように体を床に伏せ、匍匐前進するようにして目の前の床を探りながら少しずつ前進し、有明の隣まで辿り着いた。


 隣に来た大木田と目を合わせると有明は頷き、再び目の前の床へゆっくりと手を差し入れた。

 大木田もその様子を息を呑んで見守ると、先ほどと同様に有明の手はくすんだ絨毯の中へと少しずつ少しずつ消えるように飲み込まれいった。


「・・・・」


 目の前で起きている怪奇現象に声を失った大木田だったが、有明はそのまま気にもせず、先ほどは指先までしか差し込まなかった手を更にぐっと中へと突っ込み右腕の肘まで差し込んだ。


「一体何がどうなってるんだ・・・・」


 大木田は目の前で起きている事に頭が追い付いていないようだ。

 どう見ても有明の手は目に見えない穴が開いた絨毯の中に差し込まれているのだ。


「!」


 有明は何かに気づくと再び腕を引き抜いた。

 そして今度は背後にいた轟に声を掛ける。


「轟さん!こっちにこれますか?横に来なくていいので、俺の脚を押さえてもらえませんか?」


「え・・、いやぁ・・・」


「大丈夫です。俺の脚の所は落ちたりしませんので」


 そう言って有明は安全ブーツのつま先で足元の床をコツコツと軽く蹴った。

 正直言って恐ろし過ぎてその場から一歩も動きたくもなかったが、轟は上司と後輩が仲間を救出しようと目の前で危険と立ち向かっているのに何もしなわけにもいかず。

 仕方なく腰を下し上体を保持したまま匍匐し近づいた。


 そしてようやく有明の脚に近づくと、


「じゃあ、俺今からこの見えない穴の中を覗き込みますので、隊長と轟さんで俺の体を支えてください」


 二人は何て無茶を言うんだこいつは、と一瞬呆れたような顔をしたが。落ちた鈴木と保科の状態を調べずにこのままにする事も当然できず、お互いに目を合わせると大木田は少しだけ下がって有明の腰を掴み、轟は有明の両足を抱えた。


「じゃあ・・いきますよ」



 有明はそう言うと、まるで水の中に潜るように息を大きく吸い込み一気に床の絨毯の中へと顔を突っ込んだ。





『・・・・・・・・・・』


 ゆっくりと慎重に目を開く。するとそこは画像が引き延ばされたような異様な四角い空間が広がりそのまま下の方へ深くつながっていた。


 そして数秒たった後に、


「・・だれかぁ・・・たす・・けて・く・れぇ・・」


 と微かにだが暗闇の中から保科のような声が聞こえてきた。


『保科さん!・・・その前に、息は?・・・できるな。声は・・・』


 有明は一つ一つ確認をしながら状況を把握し。


「保科さん!!聞こえますか!!」


 と大声で保科を呼んだ。

 すると


「・・・あり・あけ・・?たすけ・・・てくれ・・・」


「保科さん!そこはどのくらい深いか分かりますか?上からじゃ声が反響して深さがわかりません!助けに行く為にも何でもいいので答えてください!!」


「たす・・けて・・・。内臓が・・破裂している・・と思う」


「保科さん!何でもいいので情報をください!!」


「・・・・痛・ぃ・・」


『ダメだこれじゃ・・・このままでは死んでしまう!』


 そう思うと有明は一度頭を穴から部屋へと戻した。



「!!・・どうだった!?」

 頭を戻した有明に大木田は急いで質問した。


「どうやら保科さんは大怪我をしているようです。鈴木さんの様子は分かりません。それに中は暗くてどれくらいの深さかも分からず、声も反響して状況は不明。ただ空気は有り呼吸はできます。・・隊長、どうしますか」


 有明の答えに隊長の大木田は額から大粒の汗を流しながら数回大きく深呼吸した。


「・・・残念ながら俺達には降りる為の道具もない。とにかく今は二人を救出する為にも一刻も早くここから外に出る方法を探す方が先だ」


 大木田は苦渋の決断ではあったが、本当に今はそれしか方法がなかったのだ。

 有明の脚を押さえていた轟もその意見に同意するように頷いた。


 しかし有明はそれでもどうにか二人を先に救出できないものか、と本気で悩んでいた。

 実際この先に進んだとしても、本当に外に出られるのか?下手すれば先に進んだところにも目の前と同じ様な見えない穴が存在しているかもしれない。

 それならばいっそうここから動かず二人の救出を優先し、可能な限りの救護処置をした方がまだ人道的と言えるのではないだろうか・・・。


「・・・・・」


 しかしその権限を有明は持ち合わせてはいない。

 どれだけそうしてやりたくても、確かに大木田の言う通り二人を助ける為の道具もなければ、救護処置だって当然まともにできるわけがない。

 目の前の見えない空間との境界線の上にある湿った不快なベージュ色の絨毯の感触が更に有明をイラつかせた。



 大木田はその有明の表情を見ると、力強く肩を叩く。


「いいか有明。俺達は一刻も早くこの異常な空間から抜け出す。そして何としても救助を呼んでくるんだ。いいな」


 すると大木田は自分も決意し、ゆっくりと穴の淵らしき場所へと左手を伸ばした。


 差し込まれた指先は何にも触れることなく絨毯の中へと消えてゆく。

 どう見ても異様なその光景に緊張しながらも、少しだけ前へ上半身をずらすと自分も有明と同じ様にその穴の中へゆっくりと顔を近づけた。


 絨毯に顔が接触する間際、一瞬だけ目を瞑ったが次の瞬間床の中に顔を入れた大木田はゆっくりと目を開けた。


 そこは有明の言っていたとおり穴の奥は暗く、深さを知る事は出来ない。

 ベージュの絨毯がまるで壊れた液晶ディスプレイの様に不気味で鮮やかな光を真っすぐに伸ばし、糸の様な映像を見せながら深い暗闇の奥へと続いていた。


「保科!!聞こえるか!!」


 大木田がそう叫んだが、下からの返答はなかった。





「有明、俺も一応中の様子を確認しておく。頼むから俺の脚も同じように押さえていてくれないか?」


 絨毯の上で轟は有明を挟んで反対側に這いつくばって近づくとそう頼んだ。


「わかりました。気をつけてください」


 有明は大木田以上に怯える轟を心配し、少しだけ後退すると先ほどとは逆に轟の脚をしっかりと押さえる。


 轟も意を決し、勢いよく絨毯の奥へと顔を突っ込んだ。

 そして目の前の光景に息を呑んだ。



「・・・隊長」


「轟?」


「どうですか?保科からは返答は?」


「残念だが、なにも返ってこない・・・」





 有明は轟の脚を押さえながら、床に顔を吸い込まれるように突っ込む二人のその奇妙な光景を恐れながらも慎重に見守っていた。

 しかし次の瞬間、有明を急な耳鳴りが襲った。


「!!」


 頭の中全てをつんざくような高音の耳鳴りに思わず目を細め、急に冷や汗が拭きだしてきた。


『・・・何だ?何か・・・?』


 轟の脚を押さえながら、有明は部屋が小刻みに揺れ始めている事に気づいた。

 そしてこれはマズいと思いすぐに轟の脚を引っ張って穴から引き抜こうとしたその時。



 パキィィン!!



 とまるで何かが高音を立てて弾け、割れるような音がしたと途端、部屋、いや空間そのもののに大きなフィルターのような壁がサーーッと物凄いスピードで走り抜けてゆく、そんな感覚に襲われた。


「うわっ!!」


 轟の脚を思いっきり引っ張りながら、有明はそのまま後ろにひっくり返るように転がった。





 何秒経っただろうか。

 恐らく5秒くらいは硬直していただろうか。だがすぐに体勢を戻すと有明は目の前の光景に絶句した。


 目の前で絨毯の穴の中を覗いていた筈の班長の大木田と轟は、まるで何かに頭をスッパリと切り落とされたようにその場で絶命していたのだった。



「・・・・・・・・」



 言葉を発する事もできない有明はその場でただ痙攣しながら大量の血を絨毯の上に広げる二人の体をただ呆然と見つめることしか出来なかった。


 溢れ出る血は先ほどまで穴だったはずの絨毯の上に広がりながら、しかしまるで二人の血液を飲み込むようにベージュの湿った絨毯が吸収してゆく。

 そして同時にそれは、今はもう保科と鈴木が落ちたその穴がそこに存在していない事を証明していた。






 《FileNo.079》

 202X年11月1日。


 港区芝浦ふ頭にある廃ビルにおいて、警視庁警備部、緊急時初動対応部隊、大木田正人警部補率いる4人の隊員が原因不明の死亡、そして行方不明に遭うという事件が発生。


 死亡したのは、

 大木田正人 警部補(40)

 轟勝也 警部補(36)

 の2名。


 保科永輝 巡査部長(31)

 鈴木雄介 巡査長(28)

 の2名に関しては、死亡の可能性を示唆する証言はあるものの現在行方不明とされている。


 この事件において状況を知る唯一の生き残りは、有明白朗 巡査長(27)のみ。


 この資料における現場の状況や様子は、全てこの有明巡査長の証言をもとに作成されている。


 以下、我々公安第三課、特務係の事情徴収と有明巡査との聞き取りから、事件が起こった場所は、まるで刺繍の裏面のように、現実世界の情報(データ)が引き延ばされ、その裏側に存在する情報だけが可視化した亜空間。


 通称〝バックルーム〟と言われる場所だったのではないか、という推論と共に記述されている。



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