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祝福  作者: 銀の鍵
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二 :『死神』

「わたしは、彼を――マツリドコロシキを、殺さなくてはならないんです」


 少女の言葉は、まるで死神の宣告のように、埃を被った静寂(しじま)の中で反響した。

 時が止まったようだった。カチカチと刻む秒針だけが、その錯覚を否定している。


「殺す――?」


 たしかにそう聞いた。そう、言われたのだ。目の前の少女から―――名前も知らぬ少女から。

 まったく想定外の展開に対し、僕は意外なほど冷静だった。

 いや、だからこそなのかもしれない……たぶん、取り乱すことすらできなかったのだ。

 直面したモノが予想の範疇(はんちゅう)を遥かに(いっ)していたとき、人間は上手く反応できない。


 (ボウ)とした視線はあてどもなく彷徨って、やがて少女のもとに流れ着く。

 僕はもはや傍観者でなく、舞台に登らざるを得ないのだということだけが確かだった。


「あの」


 少女が不意に零した。雨垂れのような音であっても、静寂の中ではよく響く。

 僕は額に(しずく)を落とされたかのように、ぴくりと眉を(ひそ)めた。


「あなたは、マツリドコロシキについて何か知っていますか? ここにいると聞いたのですが」


 ……まさか、自分がまさにその人であるなどとは言いだせまい。

 とはいえ、ここで懊悩(おうのう)する姿を見せるのも好ましくないだろう。それどころか「何か言い(よど)むようなことを知っている」なんて捉えられるかもしれない。


 さて、どうするべきか……


 なまじそんな危惧に駆られたせいか、咄嗟(とっさ)に口を突いたのは、あまりに粗末な嘘だった。


「その……僕は、祀処敷の知人なんです。あなたが誰から聞いたのかはともかく、たしかに彼は古書店(ここ)に身をおいている」


 少女の瞳がわずかに揺れる。一方の僕は、唇の端があきらかに引き()っていた。

 当たり前だ――こんなもの、墓穴を掘っているに等しいだろう。そう早くも後悔しつつ、さりとて引き返すには遅すぎる。続けるほかに選択肢はなかった。


「ただ、厳密には()()()()()()()と言いますか……その、生憎(あいにく)、先日から姿が見えないんです。連絡もつかなくて……」


 こんな白々しい虚言が通るわけもなく……と、言いたかったのだが。


「それは……」


 見れば、少女は神妙な表情を浮かべていた。どうやらそれは、呆れでも怪訝(けげん)さの表れでもないらしい。わずかながら、人形の顔に初めて(きざ)した変化だった。


「そうなると、シキはわたしが来るのを察知したのでしょうか?」

「さあ、そんなワケないと思いますけれど……」


 僕の気の抜けた返事とは対照的に、少女の声は真剣そのものだった。


 「純粋さ」――なのだろうか。こうも他人を疑わないというのは。わからない。驚きや、まして嘲笑など湧かないほどに、僕には単純にわからなかった。

 その感情は、もしやすると恐怖に似ていたかもしれない。


 もう一度、少女の瞳をおそるおそるに見る。真っ暗な部屋を覗き込むような感覚だった。


「では……わたしは、これからどうすればいいのでしょうか?」


 少女の言葉に肩が跳ねる。それでも、その声音は(あし)の揺らめきのようだった。


「どうすれば、と言われても……」


 そんなこと、僕に聞かれても困る。少女の言っていることは無茶苦茶だった。そもそも、出会い頭に赤の他人へ殺人の(むね)を明かすことからして異常だろう。殺人という行為自体がこのうえなく異常なのだから、輪をかけてということになる。


 「どうすればいいのでしょう」――か。なんというか、通行人に道でも尋ねるかのようだ。

 いざ殺すとなれば、「どうやって殺せばいいですか?」なんて聞きそうな具合でさえある。

 それも、()()()()()()()()()


 ともすれば、本当のところ「人を殺す」ということの意味を理解していないのかもしれない――そんな馬鹿げた考えが浮かんだかと思えば、僕はいつの間にか口を開いていた。


「あの、理由について聞いても? 敷を殺そうという、その理由を」


 井戸の底のような沈黙をくぐってから、彼女はおもむろに答える。


「必要だから、です」


 それだけ。それだけだった。

 「必要」というのが彼女にとってなのか、それとも僕にとってなのか。

 それすらも判然としなかった。


――――――――


 さて、ここからどうするべきか。目を閉じて考える。他人(ひと)に聞くわけにもいかないので、自分の頭でだ。


 ひとまず、今からいきなり襲われるという心配の必要はなさそうだ。初めから一貫して、彼女は僕の正体に気付いていない。その誤認を補強するのに、僕のでまかせがどれほど役立ったかは定かではないが……そんなことはどうでもいい。

 二人の会話が平行線で、(らち)が明かないことが問題だった。


 少なくとも言えるのは、少女を無理やり追い返すという選択はもっての他だということだろう。暴力的でなく、巧みに言いくるめたとしてもそれは変わらない。彼女の目的が僕である限り何も解決せず、かえって(こじ)れるばかりだ。


 それならば、しかるべき機関――警察にでも駆け込むべきか。

 いや……と、すぐに否定したのはまたもや自分だった。


 漠然とだが、警察に頼っても意味がないという気がするのだ。たしかに、彼女の身柄を拘束することで僕の安全を確保したり、彼女とその周辺について調べることはできるだろう。場合によっては、相応のペナルティを課すかもしれない。

 しかし、それでは解決しないように思える……いっそ、ここで彼女を脅したてて追い払うのと変わらないとさえ。


 どうしてなのだろう。と、もう一度、少女を見た。

 不思議そうに、不安そうに、本棚に区切られた店内をきょろきょろ見回している。


 やっぱり、人形だ。


 それでいて、純白の和服は死装束(しにしょうぞく)を想起させ、逆説的な生気をはらんでいる。そしてその黒い眼は、沈黙ばかりの口よりよほど雄弁に感じられた。

 それでも、答えは得られない。


 何というか――「向こう岸」からやってきたようだ。上手く言葉にできないが、それが一番相応しく思えた。此岸(こちら)からみた、彼岸(あちら)


 それならば、彼女に引き合わせるべきは、やはり警察などではなくて。

 同じ「向こう岸」から来たような存在であるべきなのかもしれない。

 そう、まさに――


「……!」


 瞬間、細やかな振動が身体を走る。ズボンのポケットに入れていた携帯のバイブレーションらしかった。なんとなく、少女の視線がこちらに向いていないことを気にしつつ、カウンターの下で確認する。受信したのはメッセージだった。

 液晶に表示された差出人は、「座名(ザナ) 巴弦(ハツル)」。吹き出しに短く言葉が並んでいる。


『今は例によって警察署。ちょうど手が空いたところだよ』


「はは……」


 小さく息を吐く。苦笑にも似ていた。

 つまり、こういうことなのだ。「向こう岸」というのは。

 携帯を元通りに突っ込んで、すぐに立ち上がる。突然の動きに少女は振り向いて、きょとんとした視線を投げかけてきた。


「申し訳ないですが、急用で離れることになったので……店は閉めさせてもらいます」

「……? どこへ、行くのですか?」

「さあ、それはついてくればわかると思いますよ」


 壁に吊られたキーラックから鍵を抜き、立ち尽くす少女の身体を避けて、正面入り口の扉へと直行する。ドアノブに手を触れると、わずかにベルが揺れて、優しい音を立てた。

 そんな音に (なら)うように、僕は 勿体(もったい)つけることもなく言う。


()()()()()()()()を、探しにいくんですよ」

読んでいただきありがとうございます。

以下はあとがきになります。


――――――――


・サブタイトルについて…

 「死神」と聞いてどんな姿が浮かぶでしょう。大鎌を手にした骸骨?

 あるいはもっと具体的に、タロットカードの一枚を思い浮かべる人もいるかもしれません。


 二十二枚の大アルカナのうち十三番目に位置する「死神」のカードは、その名の不吉さから「名前のない」カードとされることも。しかしそんな恐ろしい印象とは裏腹に、肯定的な意味も持つとされています。

 端的に言えば、死と再生。次のステップに進むために必要な、儀式としての死。


 では、それは『祝福』においてどんな形で現れるのか。誰がもたらす、誰の「死」なのか。

 頭の片隅においておくと、よりお楽しみいただけるかもしれません。

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