一 :『鐘の音』
「その鐘は誰のために鳴るのか」
――ジョン・ダン『瞑想録第17番』
夢の浅瀬に浮かぶ小舟。そのオールを漕ぐ手をとめて、僕はゆっくり目を覚ました。
どうやら突っ伏したまま寝ていたらしい。赤く痕のついた腕が少し痛んだ。
痺れた脚を擦りつつ、面を上げて、狭い店内をざっと見回す。正面入り口から見て右奥、壁に接したレジカウンターが僕の現在地だ。もとい定位置でもある。
ここからの眺めのおおよそは、横一列均等に並んだ本棚と、そこに不均等きわまりなく詰め込まれた本たちで占められていた。はたして売り物はどちらなのだろうか。
そんなくだらない質問に答えてくれる人も、本を買い求めてやってくる客はここにはいない。
蒸し暑さと時計の音だけが漂う、いつも通りの昼下がりだった。
ふと、肘の下敷きにしていたモノを取り上げる。薄くてざらざらとした触りのそれは、一枚の新聞紙だった。日付は――八月三日、つまり一昨日。夕刊。
その一面には、こんな見出しが書かれている。
「都内病院で惨殺死体、犯人いまだ逃走中……」
誰に向けるでもなく、小さな声で読み上げた。見出しとはかくあるべしというような、簡潔で吸引力のある短文。小気味よいリズムが口に馴染んだ。その内容を除けば、だが。
見出しを囲う長方形にびっしり詰まった本文がぶら下がっていて、実った葡萄のようだ。
ともかく、睡魔に負けるまえまで、僕が読んでいたのはこの記事だった。
「某」なんてぼかした表現が、病院への配慮によるものかは判断しかねる。ただ、少なくとも本文にその心遣いは見られなかった。
――――異筒記念病院。
そう、はっきり記されている。徒歩圏内とは言えずとも、ここからそう遠くない場所にある病院だ。電車で二、三駅だろうか。僕も名前くらいは聞き覚えがあった。
大きく載せられた病棟の写真は、モノトーンながら威厳を帯びている。
記事いわく、事件のあらましはこうだった。
八月未明、都内に位置する異筒記念病院の敷地内にて、他殺と見られる死体が発見された。犯行は同院の旧北棟(現在は使用されていない)で行われ、のち犯人の手で運ばれたものとみられる。実際に発見されたのは、病棟から数十メートル離れた緑地。現場に残された指紋や足跡、監視カメラの映像、および関係者の証言などから警察が導き出した犯人は目下消息不明、現在も捜索が続けられている……とのこと。
そして二日がたった今日、犯人はまだ確保されていないはずだ。
僕の知るかぎりはそうだし、こんな事件の幕引きを逃すということもあるまい。
さらに視線を滑らせると、三人の名前が目に留まった。
そのどれもが、「異筒」の二文字を冠している。
異筒 漆――この病院の院長を担う男。
異筒 客人――殺され、死体となって見つかった男。この病院に勤めていた外科医。
異筒 庵――犯人と目されている、逃亡中の男。この病院の精神科に通っていた患者の一人。
言うまでもなく、三人は血の繋がった家族だそうだ。父親と、二人の息子。
それは同時に、客人と庵という二人の男の兄弟関係を意味していた。
「…………」
殺人に貴賤など存在しない。誰を殺そうと、そこにあるのは等しく贖いがたい罪過だけだ。
そんな言葉を、以前ある人から聞いた。全くその通りだと思う。
ただ……頭ではそう理解していても、やはり思うところがあった。
兄弟の殺人というのはもちろん……加えて、ともすればそれ以上に、異筒院長に同情してしま う。同情というのが傲慢だとしても、それでも彼の心境は察するに余りある。
彼にとってこの事件は、「息子の死」と「息子の殺人」を表裏に背負った、一枚のコインのようなものだろうから。
それに――
「……いや、いい」
皺の寄った新聞を手に取り、レジ横のラックに戻す。目を向けるのはそれきりだった。
ところで、インターネットの普及したこの時代に、わざわざ新聞で事件について読んでいたことに特別深い理由はなかった。しいて言うなら、この空間の空気に呑まれたのかもしれないが。
……あらためて、静かな場所だ。モノいわぬ本たちの巣窟は、ここが都内と言っても信じてくれる人は少ないだろう。それらしく言えば静謐、実のところは閑散だ。
ほんの気休めに、僕はレジ横の小窓を開くことにした。
人間の身体に葉緑体はなくとも、日光が憂さを晴らしてくれるとはよく聞く話だ。
本――とりわけ古書に太陽光は毒かもしれないが、少しの間なので我慢してもらおう。
厚手のカーテンをさっ、と横に引けば、仄暗い店内に光が差し込み、大気中に浮かんだ埃を照らし出す。その眩しさに、思わず手の甲で眼を庇った。吸血鬼にでもなった気分だ。
窓から覗いた外の景色は、朝から変わらず、雲一つない快晴だった。青く、澄み渡った空だ。
しかし裏腹に、僕の視線は地面に残った水溜りに吸い込まれていた。アスファルトの凹凸に沿うように身を隠しながら、太陽の光を一心に輝いている。
昨日は雨で、土砂降りだった。例えるならば、梅雨の亡霊だろうか。
満杯のバケツを一気にひっくり返したようにというべきかもしれない。変わり映えもなく店番をしていた僕の耳には、雨粒がしとど窓を打つ音がまだ残っている。快くはなかった。
それにしても、今、僕の頭上に広がった青空が、あの濁流の地続き(空続き?)にあるとは……なんというか、不気味さに似たものを感じてしまう。
と、そこで。
ちりん、とドアベルが鳴いた。
反射的にカーテンを閉め、椅子の向きを正す。正面入り口、本棚の間隙に立つ木製ドアが開かれ、そしてゆっくり閉まってゆく。閉じきる瞬間、思いだしたようにベルの音を一つ残して。
僕が右へわずかに身体を乗り出すと、そこにいる誰かと視線がぶつかった。
そこにいるのは――少女。ひとりの少女だった。その姿は、きっと誰が見ても目を惹くだろう。
まず何より、眼に刺さらんばかりに純白の和服――それも襦袢に赤い帯を結んだ姿は、絵の中から飛び出してきたように思える。それから黒髪に、がらんどうの双眸。小さく開いた口。その装いに負けず劣らず、空白のごとく白い肌。
綺麗だが、造りもののようだった。蠟人形でポーズをとっているような、そんな雰囲気だ。
あるいは、時代錯誤の感と言ってもいいかもしれない。
「いらっしゃいませ……どんな本をお探しですか?」
平坦な、しかしどこか探るような声で言う。その響きは静けさの中で木霊したのち、やがて本たちに食べられて消えていった。少女は答えず、沈黙が流れる。
「それとも……」なんて言葉が僕の喉元を飛びだす寸前で、彼女は口を開いた。
訥々と、言葉を紡ぐ。
「いいえ……わたしが探しているのは、マツリドコロシキ、です」
マツリドコロシキ――祀処 敷。
慣れた響きだった。それが人名だということも、すぐにわかった。
当然だろう。
「……どうして彼を探しているんですか?」
だって。
「彼に会って、それで、やらなければいけないことがあるから」
それは。
「わたしは、彼を――マツリドコロシキを、殺さなくてはならないんです」
他の誰でもない、僕に与えられた名前なのだから。
読んでいただきありがとうございます。
以下はあとがきとなります。
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・冒頭の引用について…
「誰がために鐘は鳴る」という訳が有名でしょうか。ヘミングウェイの著作のタイトルや、他にも様々な場所で引用・オマージュされている一節です。
あまり知られていませんが、出典は16~7世紀に活躍したイングランドの詩人「ジョン・ダン」の詩作にあります。この「鐘」は教会が死者を弔って鳴らすものですが……作者いわく、それだけに留まらないのだと言います。そしてその答えは、同作内にはっきりと記されています。
あとがきを読んでくださった方には、ぜひ『祝福』作中での「鐘」(ドアベル)の描写に注目していただくと面白いかもしれません。




