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【小国群】カシェリオス王都

 セルヴィア小国連合は、実に八十年ぶりにカシェリオス王国へ新年祝賀の親善大使を派遣していた。

 そのため、小国群五か国から外交官が王都に集結している。


 その一団の中には、クルヴァレス王国の若き王ーーレンジェロの姿もあった。

 しかし彼は王としてではなく、身分を偽り、外交官に随行する従者 「 レン 」 として人混みに紛れていたのである。


「 ……すごい人だかりだな 」

「 人が多い、あまり離れぬように 」


 隣を歩く護衛兼側近のアミキスもまた従者に扮していたが、普段の口調を隠し、従者らしい言葉で注意を促す。


 初めて訪れるカシェリオスの王都は、愛し子の降臨を受け、まるで祭りのような賑わいに包まれていた。さらに新年祝賀も重なり、街は一層華やかに彩られている。


 例年ならば家の代表者かその伴侶のみが参列する小貴族の家々も、今年は愛し子の降臨に沸き、家族総出で王都へと押し寄せていた。


 結果、宿はどこも満室で、市井の者からは縁遠い高級宿ばかりが残る有様である。


 集まる者の目当てはただ一つ、愛し子の姿を見ること。


 セルヴィア小国連合は正式に愛し子との面会を申し込んでいるが、全く取り合ってもらえていない。


 加護を持つ者は神殿との相性が良いとされるため、今回の親善大使団五十名は全員加護持ちの者で構成された。


 少しでも愛し子への謁見の機会を得たい……。

 そんな期待からの人選で有った。

 しかし、その努力もむなしく、結果は他の国と同じ。


 愛し子との謁見を申し込んでいるのはセルヴィア小国連合だけではない。

 だが他国も同じ対応をされている。

 お披露目がなければ、本当に降臨があったのかと疑うほどであった。


 だが、たしかに降臨から一ヶ月後には大神殿でお披露目が行われている。


「 降臨が事実なのは間違いなかろうが…… 」

 それでも、新年祝賀の場に愛し子が姿を見せなかったことは、各国にとって大きな誤算であった。


 従者レンとして随行していたレンジェロは、この日、大神殿の前を歩いていた。

 神殿の周囲は連日祭りのようで、屋台や大道芸人が並び、押し寄せる人々であふれていた。


「 おや、お兄さん、目が黒いんだね 」

 屋台の売り子が声をかけてきた。


「 縁起がいいよ。 愛し子様も黒い目だったんだ! 」


「 へぇ、お姉さん、愛し子様を見たのかい? 」

 レンジェローーいや、レンは軽く応じた。


「 見たさ。 遠目だったけどね、私は目がいいんだ。 黒髪黒目の若いお嬢様だったよ 」

 そこから売り子の自慢話が続いたが、レンは適当に相槌を打ちながら聞き流す。


「 そういえば、愛し子様は新年のお顔見せはされないのかな? 」

 と聞くと、売り子は残念そうに答えた。


「 私もまた拝見できるかと思ったんだけどね。神殿の奥で平和の祈りを捧げておられるんだってさ。 でも、売上は上々さ。 愛し子様々だよ! 」

 笑う声を背に、レンジェロは歩き出した。


「 ……やはり降臨は事実か。 だが、なぜ顔を見せぬ? 神殿に囚われているのか、それとも本当に祈りを続けているのか…… 」


 情報がまだ足りない。大陸にいる配下と接触しなければならない。

 限られた十日の滞在で、できる限りの情報を持ち帰る必要があった。


 * * *


 レンジェロは敬虔な女神の信徒であった。 同時に、かつてカシェリオスが愛し子に対して犯した罪ーー神敵行為への怒りも胸に抱いている。


 だが、彼は若さゆえの柔軟さを持っていた。罪を犯した時代の王はすでに世を去り、今のカシェリオスを治めるのはその孫の世代である。


 二代も時が流れれば、人の考えも世の風潮も変わる。必ずしも今のカシェリオスが神の意思に背く愚かな国とは限らない。

 むしろ、あの時代こそが異常だったのかもしれない。


 ふと、寄進と引き換えに受け取った小さなお守りに目を落とす。

 これは孤児たちの手作りだと聞いていた。

 小国群に残る記録には、神罰が起きた動乱の時代、神殿さえ腐敗し、孤児が見捨てられ、人身売買に手を染める神官までいたとある。


 その腐敗を正したのが、現大神官アルセルド師であった。


 神罰と時を同じくして断行された神殿の『大掃除』


 ーー腐敗した神官たちが徹底的に粛清されたのだ。

 若き日のアルセルド自身がそれを指揮したのである。


「 神の家たる神殿に身を置きながら、女神の御意思を守らぬのはなぜだ。 女神に背く者は神敵、その命は不要であろう 」


 彼はそう言い放ち、冷酷に 〝 掃除 〟 を行ったという。

 また、孤児が生きることすら難しかった時代に、孤児を保護し、自立できる仕組みを整えたのも彼であった。


 当時の王の子でありながら、国に忖度することなく神敵を容赦なく裁き、同時に弱き者を献身的に救うーー。


 その姿は苛烈さゆえに恐れられながらも、女神の慈悲を体現する者として人々の敬意を集めた。


 カシェリオス王国を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌うオルベラ王国の老王キーケットですら、アルセルド師には心からの敬意を払っている。


 その動乱の時代に比べれば、今の神殿は清廉を取り戻し、人々の希望の拠り所となっていた。


 そして現カシェリオス王は、その大神官アルセルドの甥である。


 過去がどれほど悪辣であっても、今のカシェリオスまで同じとは限らない。


「 ……友好を結ばずとも、一定の関係は築いてよいかもしれないな 」


 レンジェロはそう思い至り、静かに息をついた。



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