【新年祝賀会と四大貴族の会談】
美春が日本に帰って三か月が過ぎていた。
カシェリオス王国では毎年の新年の祝賀行事が王都にて行われた。
新年の祝賀は王都にて執り行われる。
今年は王妃と第二王子が療養中ということもあり、例年よりは抑えめであったが、ほぼ全ての貴族家が集う場であるため、その華やかさは他の行事には比べようもなかった。
さらに昨年は 「 愛し子 」 の降臨があったことから、領地が遠く顔見せに参加できなかった者たちは、
「 今回こそ愛し子を見ることが出来るのではないか 」 と密かに期待していた。 そのため王宮と周辺は大いに賑わいを見せていたのである。
しかし神殿からの正式発表はこうであった。
《 愛し子様は民草の健康と世界の平和のため、女神像の前で祈りを捧げており、王宮での祝賀には参加されない 》
これにより一部の者は落胆したものの、代わりに愛し子の大きな肖像画が飾られ、人々はその前に群がった。
肖像画は二種類。
ひとつは椅子に座り微笑む姿。
もうひとつは杖を手に、祈りを捧げるように天を仰ぐ姿。
どちらも気品にあふれ、その微笑は慈愛をたたえ、堂々としたたたずまいをした、まさに多くが想像する 「 女神の愛し子 」 の姿であった。
以前、美春がこの絵を見て、加工アプリいらずの改変っぷりに 「 そっくりさんの絵だ 」 と断定したアレである。
美春には全くない ”気品” と言う要素がふんだんに盛り込まれている。
実際に愛し子を見たことのある者は絵を見ながら口々に言った。
「 実物はもっと可憐であった 」
「 もっと神々しかった 」
「 もっと幼く見えた 」
「 いや、もっと大人びていた 」
中には 「 神聖な光を放っていた 」 「 天上の音楽が鳴り響いていた 」 などという荒唐無稽な証言まであった。
だが人は見たいように見るもの、信じたいものを信じるものである。
その中には、医者では治せぬ “不治の病” 愛し子フィルターにかかった者もいた。
「 やはり絵では、あの可憐さは表現できぬか…… 」
クレイアスはつぶやくように言った。
( あの愛らしさ、あの可憐さ。 まさしく女神の寵愛を一身に受ける存在…… )
( 高名な画家を招いたと聞くが、どのような画家であろうとも彼女を描ききることなど出来ぬのだろう…… )
「 クレイアス兄上、お久しぶりです! 」
第三王子ダリオンが笑顔で挨拶をしてきた。
「 ああ、久しぶりだな。 元気にしているか? 」
「 はい! 愛し子様が降臨されましたので、現在は神殿の祭司を城に招き入れ、女神さまのお心に触れるための勉強をしております 」
「 そうか。それは良い心がけだな 」
ダリオンが言うとクレイアスが笑顔で頷いた。
「 ありがとうございます、兄上。
それにしても、肖像画ですが、なんて言うかちょっと実際の愛し子様とは違っているような…… 」
( 実物はもっと純朴な感じの方だった…… )
とダリオンは思った。
「 やはりダリオン殿下もそう思うか! 本当にな!
あの可憐さが全く表現できていない。 やはり、愛し子の、あの愛らしさは絵では表現できないのだろう」
「 ……そうですね。 兄上 」
ダリオンとは違う意見がクレイアス兄上にはあるらしい、そう思ったがクレイアスの言葉を否定はしない。
彼は空気が読めるのだ。
* * *
王宮と同じく、神殿でも肖像画のお披露目が行われ、大混雑となった。
寄進と引き換えに渡されるお守りは、いつもの年より20倍の数を用意したが品切れとなり、整理のためいつもの年より多く人員を割かねばならぬほどであった。
ここでも、かつて顔見せで実際に姿を見た者が、自慢げに語る声があちこちで響いていた。
曰く――
「 キラキラと光っていた 」
( 確かに杖も衣装も光沢のある装飾だった )
「 浮いていたように見えた 」
( 実際は高いバルコニーに立ち、風に衣装をなびかせていただけだった )
そしてここでもある種のフィルター、 ”おじいちゃんフィルター” がかかった者が一人いた。
「 やはり絵では、あの可愛らしさは表現しきれぬようだの…… 」
アルセルドはつぶやいていた。
( 王都でも腕がよく、王族や高位神官の肖像画を手掛ける者にミハル様の絵を書かせたが…… )
いや、画家の腕のせいではなかろう。人の手であのエリエゼルと似た、清楚な神聖さを、あの可愛らしい様子を描くのは至難の業であるのだろう。
こうして、ミハルの知らぬところで、 「 愛し子 」 の噂は膨れ上がり、神秘性を帯びて人々の間に広まっていったのである。
◇◇ 四大貴族 ◇◇
数日にわたる新年の祝賀行事の合間を縫って、東西南北の領主が密かに集っていた。
東のフェルガント公爵家、カーディス
西のスターヴォルン公爵家、オルリクス
南のクラウヴェル辺境伯家、エルディオン
北のヴァンドル辺境伯家、クレイアス
四人が揃う機会はめったになく、祝賀行事での顔合わせを利用し、4人は会談の場を設ける事となったのだ。
杯も交わされぬまま、重苦しい話題が口火を切った。カーディスは深く息を吐き、蒼白な顔で告げる。
「 我が領での行方不明者は、すでに七千を超えた。 開拓地では村人全員が消え、神官すら跡形も残していない。
最初は新月の夜ばかりと思われたが、今ではその前後二日、新月を含んで五日の間に消えている事が分かった。
ただの失踪ではない 」
眉をひそめたオルリクスが、腕を組んで問い返す。
「 七千……。それほどの数が消えてなお、原因がつかめぬのか。 調査はどう進んでいる? 」
「 当初は自ら失踪、あるいは組織だった人さらいの可能性を疑った。 だが街道を通った形跡もなく、忽然と消えている。
ある者は家族と共に屋敷で過ごし、翌朝、家から出た形跡もなく消えていたのだ 」
カーディスは首を振り、声をおとした。
「神殿へ依頼し、聖騎士と専門官を派遣していただいている。 だが私は…… これは亡国ケルメナの再現だと考えている 」
その名が出た瞬間、場に冷たい沈黙が落ちた。
クレイアスが静かに眉を上げる。
「 ケルメナ……魔獣の進行で滅んだという、あの島国か 」
( 聖姫エリエゼルの母の故郷…… )
エルディオンが頷き、低くつぶやいた。
「 巫女の国だったな。 ケルメナの神殿は呪物の封印と浄化を担っていた。 強い浄化の巫女が生まれるまで呪物を封印し、巫女が生まれ力を発現したら浄化すると言われていた……
まさか、その神殿に保管されていた忌まわしい遺物が関わっていると? 」
カーディスは机に一枚の資料を広げ、指先で示す。
「 我が領はケルメナが存在した時代、交易を結んでいた。 その記録と人の消え方が酷似しているのだ。 当時の商人の手記にも”何の前触れもなく村人がすべて消えた”とあり、私がケルメナと結びつけた理由の一つだ。
そして神殿が再調査した結果だ。当時ケルメナの神殿に封じられていたはずの呪物のうち、三つが行方不明となっている 」
“ 呪転輪 ”
ーー人の命を糧に転移する腕輪。
“ 冥契の指輪 ”
ーー身につけた者を理性なき魔獣へ変える指輪。
“ 死綴の環 ”
ーー命を吸い黒珠を満たし、やがて穢獣を吐き出す首環
重い沈黙を破り、オルリクスが口を開いた。
「 だがそれらの実在は確認されてはいないのだろう? ただの古文書の記載にすぎぬ可能性もある 」
「 確かに真偽は定かではない 」
カーディスは唇をかみしめる。
「 だが消えた者に共通して“木製の首飾りを持っていた”という証言がある。 木の首飾りなど珍しくはない。だが、偶然にしてはあまりに一致しすぎている 」
エルディオンは椅子の背にもたれ、目を細める。
「 ケルメナを滅ぼしたという魔獣……符合するのは、その “ 死綴の環 ” か 」
「 ……その通りだ 」
カーディスは声を震わせた。
「 だが現物の所在が分からぬ以上、浄化もできん。夜に人が消えるなら、捜査隊も日が沈む前に退かせねばならず、調査は進まない 」
クレイアスは机に手を置き、思案するように言う。
「 首環が自ら動かぬなら、誰かが持ち歩いている…… そう考えるべきだろう 」
「 実際、その痕跡がある 」
カーディスは頷いた。
「 最初に拾った者が翌日には消えていた。 残されたものを次の者が持ち出し、そしてその者も消える。繰り返されているのだ 」
「 最後に人がいなくなった村ではどうだ? 」
オルリクスが探るように問いかける。
「 第一発見者は行商人だった。 その行商人は知人が忽然と消えてしまったと憲兵に訴えたが、後に憲兵が行商人の泊っている宿へ向かうと、その者は荷物だけを残して消えていた。その残された荷物にはそれらしき首輪は無かった。
しかし、双方ともに、同じような木の首飾りを手にしていたという目撃証言がある 」
エルディオンが低く唸る。
「 ……新月の前後に集中しているのだったか。 犠牲がその五日間に集中しているのなら、それ以外の日は やはり “ 人の手 ”で 移動しているのだろう。最後の商人を見に行った憲兵は何も発見していないのか? 」
カーディスが短く答える。
「 何もみていない、と証言している 」
クレイアスが視線を上げ、ぽつりと告げた。
「 次の新月は…… 五日後だ 」
場の空気はさらに重く沈み込んだ。
何かが分かり次第、すぐに連絡するという事になり、4人はそれぞれ自領への帰還準備の為解散となった。
~~~~~~~~~~~~~~
《神殿資料》
秘典監:グラーディン司祭報告
資料の調査を進め、当時、ケルメナの神殿にあり、現在その所在が分かっていない呪物の資料を、ご報告いたします。
【呪転輪】
『これは、空間を隔てし他へ人を移動する腕輪なり。
しかしその力は、血と呪により成り立つ禁忌の術に依る。
一度の転移を行うには、必ず人の命を糧とせねばならず、珠玉の指輪は死の代償により動く。その目覚めには代償の血を必要とする。
他者の命を用いて使用するは日に二度。
それ以上の転移には、他者の命、そして使用者の命の一部を使用するもの成り。
多用すれば、使用者も命を落とす。
人の命を吸い取って発動する禍の呪物
よって神殿はこの指輪を禁忌と定め、封印を施すもの成り』
【死綴の環】
『これは、人の命を糧とし、環を黒き石へと変えてゆく、忌まわしき首環なり。
闇を纏う夜にその穢れたる力は目覚める。その見た目素朴ながら見る者の欲を刺激し、所有の欲を芽生えさせる。
その珠は木より成るが、一命を吸い取るごとに色を変じ、やがて黒曜のごとく、濡れた黒に至る。
八の珠黒く染まりし時、その珠より黒き穢れの手が伸び、時を選ばす数多の命を食らう。
十の珠、全てが黒く染まりし時、環は胎のごとく裂け、無数の穢獣を吐きだす。
穢獣は人の怨念と悪意により形を得、その狂暴は人の手にて制する事叶わず、昼夜を問わず人を食らう。
闇夜を迎えし時、穢獣はその動きをとめ闇に溶ける。
穢獣を吐きだした後、首環は木の首飾りに戻り、眠りにつく。
よって神殿はこの首環を禁忌と定め、封印を施すもの成り』
【冥契の指輪】
『古の魔術師が欲望の果てに編み上げし呪具。
人の血をもって練り上げし穢れの結晶。
身に着ければ外すこと叶わず。力を得るその代償としてやがて魔物と化し人を喰らう魔へと堕ちる。
喰った命の分、その魔は力を増す。
堕ちた者は、日が落ちるとともに魔物の姿をとり、日が昇ると元の姿へと戻るが、やがての姿には戻れなくなる。
その魔の爪と牙に傷つけられし者、死の呪いを受け命を落とす。
よって神殿はこの指輪を禁忌と定め、封印を施すもの成り』
『上に記した3つの呪物について、所在は依然不明であり、実際したものかという事も不明であります。
ケルメナの神殿では、浄化の巫女が浄化した呪物はそのむね記録され、本殿への報告記録がありますが、上の3つにおいてはその記録なし』




