【小国群①】セルヴィア小国連合
セルヴィア小国連合には大陸の南にある五つの国と、いくつかの民族が所属している。
その五つの国から順番に代表を務める仕組みで、今期の代表は小国連合の中で最も大きな国――フェルシア公国であった。
小国群は、すでに滅んだケルメナと同様に巫女の文化を受け継ぎ、巫女と神官が神殿に共存している。そして信仰の結びつきは強く、女神の意志を巡る議題はどの国にとっても軽んじられぬものであった。
その席でフェルシア公国の公主ノルコスが口を開いた。
「 カシェリオスに“愛し子”が降臨された。 ……我が国の神殿にも絵姿が送られてきている。
貴公らの国の神殿にも届いているはずだ。 黒目黒髪の女性で、小柄な方とのことだ 」
オルベラ王国の老王キーケットが、深い皺を刻んだ顔を上げて声を放つ。
「 黒目黒髪 ……ケルメナの縁者ではないのか? 」
ノルコスは首を振った。
「 分からぬ。 神殿の発表によれば、祝福の光が女神像の前に集まり、その中から降臨されたとのこと。出身国については告げられていない 」
リューネル公国の公主フレックが言葉を添える。
「 ご本人に尋ねれば一番早いのでは? 」
「 面会の申し込みをしているが通らぬ。 神殿の守りが固いのだ 」
ティセリア王国の王ルヴェラーが眉をひそめた。
「 本当に降臨したのか? 」
ノルコスは即座に答える。
「 降臨の光 ――女神の祝福を、多くの者が目撃している。 我が手の者もだ 」
そのやり取りを見守っていたクルヴァレス王国の若き王、レンジェロが口を開いた。
まだ二十四歳、会議の席でも最年少の彼は、落ち着いた声ながらもどこか瑞々しい響きを帯びていた。
「 女神の祝福があったのなら、間違いありますまい 」
黒い瞳を細め、さらに続ける。
「 御降臨があったのであれば、愛し子様はカシェリオス王城での新年祝賀に招かれるかもしれません。その折に、我らが ” 友好を望む ” として使節団を派遣しては如何でしょう 」
すぐさまキーケットが反発した。
八十を越えてなお矍鑠とした声には、若き者には持ち得ぬ重みが宿る。
「 我らとカシェリオスは国交を結んでおらぬ! 友好だと?! あの悪夢の元凶の国と! 」
老王の眼差しは遠き記憶を映していた。
「 誤魔化されるものか……! あの国はケルメナの巫女姫ルメシア様の命を奪い、その娘であり次代の巫女姫であった聖姫エリエゼル様を虐げたのだ! わしはこの目であの時代を見て、あの時代を生きたのだぞ! 」
場の空気が重く沈む。
カシェリオス王国が事実を隠したつもりでいた出来事は、実際に体験した者の口から語られ、もはや疑いようのない真実として知られているのだ。
小国群はケルメナと深い結びつきを持っていた。
魔物の襲撃のとき、多くの民は小国群へ逃れたが、巫女姫の娘を守る一団は魔物に追い立てられ、別の道を取らざるを得ず、カシェリオスへと流れついた。
そこで、ルメシアは当時のカシェリオスの王子に目を付けられてしまった。
その場に居合わせた信徒の数人は、カシェリオスの王子によって次代の巫女姫ルメシアの尊厳が踏みにじられているのを目の当たりにし、巫女姫を救うため、小国群に救出を願い出るべくカシェリオスから旅立ったのである
彼らの旅は厳しいものだった。
ルメシアを救うために十一名の信徒が小国群へ助けを求める旅に出た。
草を食らい泥水をすすりながら歩き続け、生きて辿り着けたのはわずか二名。
カシェリオスの同盟国、ヴァルディア王国、そしてエルラント王国が彼らの通行を妨げたのも、彼らの旅を厳しくした原因の一つであった。
両国を通過できなかった彼らは魔の森を抜けるしかなく、そこでほとんどの者が命を落としたのだ。
それでも何とかたどり着いた二名は、オルベラ王国に巫女姫の救出を懇願した。
王はすぐさま巫女姫を救出するためにカシェリオスに使いを出した。
だがカシェリオスは 「 そのような者はいない 」 と突っぱねた。
オルベラ王国は調査を重ね、巫女姫の娘エリエゼルが虐げられていた事実を突き止めた。 彼女を取り上げた産婆の証言――
「 生まれた時に輝いていた。 愛し子かもしれない 」――も残っていた。
エリエゼルが生まれて以降、カシェリオスには豊かな実りが続いた。 にもかかわらず、神の愛し子の可能性を持つ娘を虐げた。
しかも彼女は最後のケルメナの巫女姫の血筋であり、事実上ケルメナ王家の血を継ぐ者だった。
大国カシェリオスの王家の血、ケルメナの巫女姫の血。
その両方を引き継ぐ女神の愛し子。
誰よりも大切にされ、全ての者に傅かれるべき方であった。
その為、小国群の宗主たちは、エリエゼルが姿を消した直後に起こった四年に及ぶ大災害を “ 神罰 ” と信じている。
彼らの胸に残る禍根は深い。
それでもレンジェロは静かに言葉を重ねた。 若さゆえの軽率さではなく、むしろ若き理性の響きをまとって。
「 ですが、敵対している訳でもありません。 それに細々とではありますが交易もある。 ” 友好を結ぶ ” と言うのはあくまで名目です 」
さらに一歩踏み込む。
「…… “ 愛し子 ” が再びカシェリオスに降臨したのは紛れもない事実。
しかし面会は全く通らない。
そこには我らの知らぬ事情、あるいは真実が隠れているのかもしれません。
必要以上の友好を結ぶ必要はありません。 ただ、調べるべきです。 悲劇を繰り返さぬために。
もし愛し子が望まぬまま囚われているのならば…… 我らが助けねばなりません 」
若き王の理路整然とした声が、やがて場の緊張をほどいていく。
多数決の末、レンジェロの提案が可決された。
こうしてセルヴィア小国連合は、八十年ぶりにカシェリオスへ―― 新年祝賀への親善大使を派遣することを決めたのであった。




