根を張る一族
短いので二話連続投稿です。
王宮での愛し子お披露目から、四か月が過ぎた。
気がつけば、今年も残すところあと一か月。国の各地では、新年の行事に向けた準備が着々と進められていた。
この時期は、各貴族家が新年祝賀のため王都へ移動する季節でもある。
それに伴い、商人たちの往来も活発になり、街道には人と荷が絶えない。
ヴァンドル辺境伯領も例外ではなく、領内の町や村では飾り付けや催しの準備が進み、普段とは違う賑わいを見せていた。
国の慣習として、一定以上の規模を持つ貴族家の当主は、王都で催される新年祝賀行事への参加が義務づけられている。
妻帯者であれば、夫人を伴うのが通例だ。
ヴァンドル辺境伯も毎年欠かさず参列しており、今年も王宮で行われる祝賀会へ向かう予定となっていた。
そのため、随行する護衛や従者たちは、出立に向けた準備に追われていた。
そんな中、護衛隊の上官から声がかかる。
「 お前たちも、一度家族のもとへ戻ってよい。 ただし、出立の三日前には必ず戻っておくこと 」
その言葉に、若い従者たちから歓声が上がった。
「 やったな! また王都に行けるぞ! 」
ガレンが、興奮を隠さず叫ぶ。
「 前回もすごかったけど、今回も盛り上がるんだろうな 」
ルーは目を輝かせて続けた。
「 自由時間ももらえるし、王都の町を回れるな。 屋台巡りもできるかも 」
フィンも嬉しそうに言う。
「 新年の王都の広場、夜は明かりで眩しいらしいぜ。 夜も露店が並ぶんだってさ 」
「 そりゃ、見逃せないな! 俺、屋台の甘い物全部制覇するぜ! 」
「 お前それ、次の日腹下して怒られるぞ 」
ガレンの言葉にルーが答え三人とも声を上げて笑っている。
ヴァンドル領も地方にあっては大きいが、それでも 「 王都 」 と言う響きは若者には特別な魅力がある。
ましてや、愛し子降臨に湧く王都は、毎日がお祭りの様な賑わいを見せている。
短いながらも自由時間が与えられることが決まっており、その華やぎを想像するだけで、若者たちの心は躍った。
ガレン、ルー、フィン。
この三人は若手の中でも腕が立ち、将来の領主一家の護衛として期待されている。
その為、今回の王都にも下働きとして王都へ随行することになっていた。
護衛任務には、常に危険が伴う。
だからこそ、長距離移動を伴う任務の前には、家族と過ごすための休暇が与えられる。
これは護衛や兵士に限らず、移動任務に就く者たちに広く根付いた慣例であった。
ヴァンドル領の護衛は、身元の確かな者から選ばれる。
代々この地に暮らし、何世代にもわたって領に仕えてきた家の者、あるいはその縁者たちだ。
……だが。
代々その地に根を張り、家族を持ち、何世代にもわたって人知れず潜み続ける 「 間者の一族 」 が、そうした家系の中に紛れ込んでいる可能性も、ないとは言い切れない
* * *
その夜。
領都の外れにある、年季の入った古びた宿に、一人の青年が足を踏み入れた。
「 ただいま戻りました 」
控えめな声に、水場で料理の仕込みをしていた女将が顔を上げる。
「 お帰り。 奥に旦那がいるからね 」
久しぶりに戻った、夫の遠縁にあたる青年へ笑顔を向けた。
宿の奥。
薄暗い部屋で、宿の主が帳簿に筆を走らせていた。
青年が一歩近づいた気配に、主は筆を止める。
「 領主の護衛の従者として、王都へ随行することになった 」
その報告に、主はわずかに目を伏せた。
「 ……そうでございますか。 順調に信頼を得ておられるご様子。 何よりでございます 」
その口調は、素朴な宿屋の親父のものとは思えぬほど、丁重で整っていた。
「 ……領主は、男色ではない可能性が高い。
女性から贈られたと思しき、赤いハンカチを大切に持っている。 ……その点においては、陛下のご期待には応えられそうない 」
青年は淡々と続ける。
「 王都へ随行する者としての信頼を得ておられるのであれば、それで十分でございましょう 」
主は静かに言った。
「 あなた様のお役目は、 “ 信頼を得ること ”。 それこそが、最も重要な任務にございます 」
外では風が鳴り、宿の軋む音が微かに響いた。
この古びた宿には。
代々この地に根を張り、人知れず潜伏し続けるーー
「 間者の血脈 」 が、潜んでいたのだった。




