途切れぬ絆と揺れる思い
クレイアスはあの後、自領に帰り山積みになった書類に目を走らせ、深く息を吐いた。
予定よりも長くなった王都滞在。
防衛の確認も政務の調整も遅れている。
ミハル降臨の後に一度戻ってきて、急ぎの案件は済ませたが……
つい、彼女の部屋を整える方に時間を割いてしまった。
そして、あの第二王子の愚行。
美春が消えてしまったあの夜のことを思い出すと、拳が自然と固く握られる。
「 だが絆は、途切れていない…… 」
心に浮かぶのは女神の導きの空間で告げられた言葉。
”互いを守る守り手”
”己のなすべきことをせよ”
それを思い出すたび、彼は己の立場と役割を胸に刻む。
彼の手には”導きの布”がある。
そして神託を得たクレイアスは祝福の布も領に持ちかえっていた。
祝福の布は自室の装飾された箱に大切に保管している。
「 主様、今よろしいでしょうか 」
乳兄弟で従者でもあるノアリスが部屋に入ってきた。
ノアリスは外や重要な要件があるときは ” 閣下 ” その他の場所では ”主様” か名前呼びと呼び方を使い分けている。
自領の執務室にいる今は ” 主様 ” よびだ。
しばらく王都にいた間 は ” 閣下 ” 呼びに慣れてしまっていたため、帰ってきてからの主様呼びに微かな違和感がある。
「 なんだ? 」
「 ” お嬢様 ” の部屋の仕上げについて、侍女長が話があると 」
お嬢様……
ミハルをこの領に迎え入れるつもりであったため、部屋の用意をさせていたのだ。
「 ……わかった 」
廊下に控えていた侍女長、クレイアスの乳母でもあるオーリーが入ってきた。
「 旦那様、お嬢様がお越しになるまで少々お時間ができたと伺っています。
でしたら、いっそ貴賓室ではなく、女主人の部屋の方も整えておいた方が宜しいのではないかと。
カーテンと壁のお色を決めたいので、お嬢様のお好きなお色や柄など、分かるようでしたらお伺いしたいのですが 」
ーー カシャン ーー
ペンを落とした
” 女主人の部屋 ”……それはつまり、クレイアスの妻の部屋ということになる。
「 いや……貴賓室でいい……いや、いずれはそちらも整える必要があるか……いやでも…… 」
「 旦那様、何を今さら動揺してるんですか。 前に女性をお招きする、と皆にお伝えになったでしょうが。
その時から館の者は皆、奥方様をお迎えするのだと受け止めてますよ 」
オーリーが当然とばかりに言う。
「 いや……そ、そうなのか……? 」
「 そうですよ。 使用人の間ではもう、『 どんな方だろう 』とか『 どんなご趣味をお持ちかしら 』と噂になってますよ? 」
そこへノアリスが口をはさむ
「 え~……、まさか主様、本当にミハル様と何の進展もなかったとか?
あれだけ毎日会ってて、普通に手まで握ってて? 全くですか? 」
「 し、しかし、言葉が通じんのだ。 無理強いはできぬ 」
「 でも、ミハル様はずいぶんと主様に心を許してましたよ? もっと強気に出てもよかったと思いますけどねぇ 」
「 ……そうだろうか 」
「 なんでそんなに自信がないんですかね?!
常にベッタリだったじゃないですか 」
「 貴様……言いたい放題だな 」
乳兄弟ゆえ、こうして軽口を叩ける間でもあった。
しかし、心の奥ではまた会えることを確信している。
” ミハルとの絆は決して絶たれない ”
ならばまた会えるはずだ。
「 ……カルネラの花が好きかもしれない…… 」
あの赤い上下の布の刺繍はカルネラに似た花の刺繍だった……。
……結局、貴賓室と女主人の部屋、その両方を整えることになったのだった。
オーリーが下がると、ノアリスの声が低くなった。
「 ” 閣下 ” 取り調べの中間報告が来ています 」
「 ……話せ 」
「 口を割ったものによれば、正規の近衛がかかわっていました。 また、制服を着せ元王妃と親しい貴族の手のものを忍び込ませたと 」
「 近衛の制服だと? 数は管理されているはずだ 」
「 はい。 保管されている服の数は合っておりました。 つまり、協力していた近衛自身が渡していたと言う事ですね 」
「 正規兵が関わっていたとはな…… 」
「 それから、ドリアーナ元妃は…… 『 悪意はなかった 』 『 わが子を知って頂きたい一心でお招きしただけ 』 と 」
「 何を馬鹿な……! 」
クレイアスは低くうなった。
「 香については、 『 手違いだった 』 『 香りのよいものと聞いていた 』 と。
しかし、王子にその香の効果を打ち消す薬を事前に服用させていた事実を突きつけると 『 知らない 』『 陛下に話す 』 『 陛下を呼んでくれ 』 と言い張っています。
ですが、攫った件については関与を認めております。
また、クローシェリア様の毒殺に関しては、一貫して否定をしているとの事です 」
「 まだ言い逃れができると思っているのだろう。 茶の事がばれていないと思っているのかもしれん 」
「 薬の出どころに関しても調査を進めているとのことです。 わかり次第こちらにも連絡が来ることになっています 」
ノアリスが話を続ける。
「 また神殿は……前王妃クローシェリア様のご遺骨の調査を命じられたそうです。 あの薬物と同じものが検出されれば、ドリアーナ元妃の罪の証拠になるかと 」
「 そうか… 」
大叔父上も王都で、己のなすべきことに取り組んでいる。
” 今はただ、なすべきことをなさい ”
自分も己のなすべきことに全力で取り組む必要があるのだ。
◇◇ 美春 ◇◇
「 ……もう元に戻ってる 」
鏡の前で、自分の頬を触りながら美春はつぶやいた。
「 帰ってきたばかりの時は、お風呂上りに化粧水付けても、ツルッツルだったのに…… 」
向こうでは毎晩のように侍女がクリームやオイルをふんだんに使って丁重にマッサージしてくれていた。
言葉は通じないままだったけど、香りのよいオイルを選ばせてくれたり、身振り手振りで優しくいろいろ教えてくれた。
その時の笑顔を思い出すと、胸がきゅっと締め付けられる。
「 みんな、元気にしてるかなぁ…… 」
毎日、神殿の中庭を散歩した。
クレイアスが花と一緒にお菓子を持ってきてくれて、一緒に食べたりもした。
「 人生で一番贅沢な時間だったかも…… 」
彼の笑顔を思い出すたびに、頬が熱くなる。 あの白い空間で女神さまが言った言葉。
『 己のなすべきことをせよ 』
『 互いに守り手 』
「 守り手って、つまり守る人って事よね……?
互いがって事は……彼に守られて、私も彼を守ってるって事……? 」
けれど現実に自分が向こうでやっていた事と言えば……
「 美味しいご飯を食べて、お散歩して、おやつを食べて…… 後はお茶飲んで…… 」
苦笑いが出た
「 完全に優雅なニート生活じゃん…… 」
言葉も通じないまま、ただ、一緒に時間をすごしていただけだった。
夜、静かに部屋で過ごしていると、自然とあちらでの日々がよみがえってくる。
親切に接してくれた侍女二人。
にこにこ笑ってくれた、アルセルドおじいちゃん。
そして……クレイアス。
枕元には、おばあちゃんのお守りと彼のボタンが置かれている。
「 あの人、今何してるのかな…? 」
彼の大きくて暖かい手。
優しい微笑。
名前を読んだ時、嬉しそうに笑ってくれた顔。
「 いつもお菓子を持ってきてくれてたけど、甘党なのかな?それとも……私の為……? 」
思い出すと思わず頬が赤くなる。
だけど現実は冷たかった。
一日に何度も洗濯機を覗いてるけど、一度もステンレス層が光る事も、あちらに繋がっている気配もどこにも無かった。
お守りをもっておまじないの言葉を言っても何の反応もなかった。
「 わたしの”なすべきこと”って何なんだろう 」
( それさえ分かれば、また彼に会えるのかな…… )
いくら考えても答えが出ないままだった。




