【閑話・前編】愛し子の侍女
ミューラとセミルは初めて愛し子様を見た時、小柄で幼げな顔をされたとても可愛らしい方だと思った。
二人は同世代で中の良い同僚だった。
休憩の合間には、よく身の上話をする。
「家にいたって、ろくな嫁ぎ先なんてないのよ。」
そういって肩をすくめたのはセミルだ。
弱小男爵家の次女で、下に弟妹が三人いるという。
「持参金も用意できないし。
だったら神殿の侍女になって働いた方が良いもの。
高位貴族家の侍女も考えたんだけど、主人の心ひとつで解雇なんていう話も聞くしね。伝手を頼ってここに来られて助かったわ。」
そういってセミルはからりと笑った。
「うちはね、貧乏大家族だし、私は長女だし。弟と妹が六人いるから、私が働かないと弟や妹が食べていけないの。」
そう語るミューラは平民出身だが、女神の加護を持っていた。
女神の加護を持つ者は神殿で採用の際、優遇される。
本来、下働き程度にしかなれない者が多い中で、字が読めて人付き合いが上手く努力家、その上加護を持つミューラは、上位神官エリアの侍女と言う異例の出世を遂げていた。
「でも私の加護って地味なのよ。『傷の治りがちょっと早くなる』ってだけ。
擦り傷程度なら数時間で治るけど…。それでも私は助かってるんだけどね。」
そういってミューラもほほ笑んだ。
* * *
あの日、セミルとミューラも休憩中に同僚たちと何気ない話をしている時、突如として柔らかな光と暖かで清浄な空気に包まれた。
「……え?なに今の・・・?」
「なんだか空気が違う…?」
周りの同僚たちが騒ぎ出す。二人も突然の空気の変わりように動揺していた。
「……ねえっ!外から見たんだけど、神殿光ってるわよ!」
外回りをしていた別の同僚が走りながら侍女たちの休憩室に入ってきた。
「光ってる…?!」
「え……?それって……」
伝承では聞いたことがある。
子ども達に教える神殿での物語には必ず出てくる愛し子様のお話。
愛し子様が女神様の所に導かれる時も、降臨される時も、清浄な光に包まれると。
子ども達は寝物語として、必ず
「女神さまと愛し子」を聞いて育つのだ。おとぎ話の慈悲深いお姫様のお話を。
その日の夜、侍女たちの中から数名が指名で呼ばれた。
その中にミューラとセミルもいた。
部屋に入ると、中には大神官様と上位神官様、辺境伯閣下等がお揃いになっていた。
「私の自室にて、ヴァンドル辺境伯閣下の元に愛し子様が降臨された。
数か月前から閣下の元に前兆があり、それは閣下の加護と関係がある形であった。」
大神官様がそう話し、
愛し子様の身の回りの世話をする侍女候補が6人選ばれた。
自分たち二人もその候補であった。
その中から2人が常におそばに侍る侍女として選ばれ、残りの4人が2人ずつその補佐にあたる。
お世話を言いつかる際に、大神官様直々に身のまわりの世話をする6名に降臨時の話があった。
「愛し子様は異国より来られたようだ。目覚められた際には大いなる不安を抱かれるだろう。
お前たちは心を砕き、慈しみをもってお仕えせよ」
愛し子様がお目を覚まさぬうちに、聖騎士の中から警護をするものも選ばれ、近くでお世話をするものと共に情報共有を行う事となった。
愛し子様がお目を覚まされるまで、侍女6人で交代で様子をうかがってると、翌朝ーー。
お部屋の中から、かわいらしい女性の声が聞こえてきた。
ベッドの上で、きょろきょろと周りを不安げに見回しておられる。
年のころは10代後半から20代前半というところだろうか。
21歳のミューラと22歳のセミルより年下に見える。
「目を覚まされた……」
「落ち着いて……優しく声をかけましょう……」
笑顔で愛し子様に近づき、優しく声をかけてみる
「おはようございます。お目覚めでございますか?」
「お嬢様、お着替えをおもちいたしました。」
『……◆?』
「お嬢様、この国の言葉はわかりますか?」
愛し子様は動揺されているように、きょろきょろと周りを見回している。
「これは、まったくこちらの言葉お分かりではないご様子ですね……」
ゆっくりと話しても意味が話ならないご様子。
異国から来られたと大神官様も言っておられた。
『……◆〇▽…×△?』
なんとか不安を取り除いて差し上げたいが、どうしたらよいのか……
―――ぐぅ~~~~っ
愛し子様が何かを訴えておられるうちに、愛し子様のおなかが鳴った。
空腹で有られた事に、気を遣わなかった自分たちの不甲斐の無さが申し訳なく、すぐに朝食のご用意をさせていただいた。
こちらを不安げに見上げた愛し子様に口元にもっていくように身振り手振りでお伝えする。
お食事はお気に召していただけた様子だったが、何かを必死に訴える愛し子様のお言葉はやはり誰にも理解できなかった。
神殿の中でも、他国の言語に堪能な者が言葉をうかがったのだが、その者が知るどの言葉とも違う系統の言葉であるという結論が出た。
「……言語の学者をすぐに呼べ」
大神官様が学者を呼び寄せたがやはり言葉は分からなかった。
ほぼひと月の間、ヴァンドル辺境伯閣下は常に愛し子様のそばにおり、微に入り細にわたる気配りを見せていた。
「どんな美女にも心を動かさない鉄の心の持ち主って言われてなかったっけ……?」
「愛し子様にはいつも満面の笑みよね……。噂ってあてにならないわ」
侍女たちはその様子をほほえましく見守っていた。
言葉がわからないということは
心を伝える術が限られるという事だ。
愛し子様は不安そうな様子を見せることも多かった。
弟妹のいるセミルとミューラは身振り手振りで物を教えることに慣れてもいた。
大きな手ぶりで場所をお教えし、絵をかいて説明する
そんな二人に愛し子様は心を開いてくださった。




