慈愛の女神と繋がる絆
美春は、気が付いたら白い空間に立っていた。
どこまでも白い光に満ちた世界。
ふと後ろを向くと少し離れたガゼボの様な東屋があり、そこに一人の女性が腰かけている。
まるで絵画の中から出てきたように美しい彼女だった。
彼女はこちらを見て、慈愛に満ちた微笑みを向けている。
「 あの…… ここは……? 」
恐る恐る声をかけると、女性は静かに微笑みながらゆっくりと美春の後ろを指さした。
「 え……? 」
ーー振り返ったその先に、クレイアスが立っていたーー
「 クレイアス……? 」
彼の目が大きく見開かれる。
「 ミハル……! 本当に君なのか……! 」
互いの名を呼び合う声が白い世界に響いた。
「ミハル!無事だったのか!」
駆け寄ってきたクレイアスの声がはっきりと耳に届く。
ーーあれ、分かる!言葉が分かる!?なんで!?
「 え、あの……クレイアス? 私の言葉、分かりますか? 」
驚いた顔でこちらを見るクレイアスが、しっかりと頷いた。
「 ああ…… 分かる。 ミハル、君の言葉が聞き取れるよ 」
そのとき、頭に直接響く声。
《 こちらへ 》
思わず振り返ると、ガゼボに座る美しい女性が穏やかに手招きしていた。
クレイアスは、そこで初めて彼女の存在に気づいたように息を呑み、すぐに片膝をついた。
「 ……慈悲深き慈愛の女神に、謹んでご挨拶申し上げます 」
( え…? 女神様!? )
再び、声が響く。
《 わたくしの可愛い子たちよ。 こちらへ 》
クレイアスは立ち上がり、美春の手をそっと取った。
「 ミハル、行こう 」
ーーいや、手を取るのが自然すぎるんですけど!?
イケメンには必須スキルなんですか?!
とは思いつつも、振りほどく気にはなれなかった。
二人は女神に促され、椅子へと腰を掛ける。
見えそうで見えない、薄布を身に纏った女神は静かに微笑んだまま、二人を見つめていた。
( 今なら、聞けるかも…… )
洗濯機から異世界へ転移するなんて、普通あり得ない。
この人が本当に女神なら、あの出来事に関わっているのは間違いないはずだ。
美春は決心して口を開こうとしたその時。
《 ミハル。 わたくしの愛し子 》
声が、直接心に届いた。
《 そなたを運命のもと、 ” 片割れの守り手 ” のもとへ送ったのは、わたくしです 》
「……!」
美春は言葉を失った。
「 ……片割れの守り手? 」
クレイアスもまた、聞き慣れぬ言葉に戸惑いを見せる。
《 そう、クレイアス、そして美春。 そなたたちは互いを守る守り手 》
女神のまなざしが、二人を優しく包み込む。
《 運命の導きにより、そなたたちは必ず出会う定めにありました。 今は一時的に道が閉ざされていようとも、その絆は決して絶たれませぬ。
今はただ、なすべきことをなさい 》
女神の声は一瞬の静寂を挟み、再び響く。
《 しばしの時を与えましょう。 この砂が落ちきるまで 》
そう言うと、女神の姿は光に溶けるように消え、その場にはいつの間にか砂時計が一つ置かれていた。
「 ……砂が落ちるまでは、ここにいられるってことなのかな? 」
ミハルがつぶやくと、クレイアスは頷いた。
「 そうだろう。女神さまはミハルと話す時間を与えてくださった。 時間を無駄にはしたくない。 ……ミハル、無事でよかった 」
そう言って、美春の手を握り、柔らかく微笑む。
イケメンの満面の笑み。攻撃力が高すぎる……!
「 えっと……あの後、どうなったんでしょうか? 」
視線を逸らしながら尋ねると、クレイアスは真剣な顔で答えた。
「 あの後、君を害そうとした者たちは捕らえられた。 君を攫ったのは第二王子と王妃だ。 王妃は君を第二王子に娶わせ、王位に就けようと企んでいたと思われる。
二人は裁かれる 」
「 それって…… 王様の隣にいた綺麗な女性? 」
「 そうだ 」
ほっと胸をなでおろす。
「 あの人たち…… 口調は穏やかなのに、すごく怖かったの…… 」
「 そうか。 ミハルには我欲を持つ者が見えていたんだな。
……守れずに、怖い思いをさせてすまなかった 」
後悔のにじむ声で、クレイアスは頭を下げる。
「 ……ミハルの国は遠いのか? 遠くても、迎えに行けるのなら行こう 」
( いやいや、絶対無理。 だって異世界だし! )
「 ……無理だと思う。 普通の “ 遠さ ” じゃないの 」
「 そうか……。 女神様も “ 道が閉ざされている ” と仰っていた。
……ミハルがこちらに来たとき、どういう状況だったのか、何か分かるか? 」
「 ……それが、私にもよく分からなくて…… 」
思わず視線を落とす。
( 「 あなたからパンツを取り戻そうとして落ちたのよ 」 なんて言えない! )
「 そうか…… 」
彼は静かに息をついた。
美春は目を伏せたとき、腕にはまった聖女セットの腕輪に気が付いた。
「 あ、そういえば…… 帰ってくるとき、服と一緒に腕輪も持ってきちゃって。 今、ここにあるの。 ……神殿に返したほうがいいかな?
「 それは君の物だ 」
クレイアスは首を振った。
「 ……どうしても返すというなら、そうだな。 これと交換しよう 」
そう言って、彼は袖口のカフスボタンのようなものを外し、ミハルに差し出す。
言われるままに腕輪を渡し、ボタンを受け取った時、ふと砂時計に目をやる。
砂はもうほとんど落ちていた。
残りわずか ――数秒かもしれない。それに気づいたクレイアスが、強く手を握った。
「 ……! ミハル、私は……君と、もっと一緒にいたい。 私は――君のことが―― 」
視界が暗転した。
……眩しい。
「 ……朝? 」
カーテンを閉め忘れて寝てしまったらしい。 ――あれは夢? やけに生々しかったけど……。
彼と普通に話す夢を見るなんて、私はちゃんと彼と話をしたかったっていう、心残りが夢に出てきたのかな。
あっちじゃ、言葉も通じなかったし…… 聞きたいとことかも聞けなかった。
考えてみれば、彼の年齢すら知らない。
いつも優しく笑っていた、おじいちゃん神官のアルセルドさん。
身の回りの世話をしてくれたミューラとセミル。
そして、時間が許す限り側にいて、優しく微笑みかけてくれたクレイアス……
あちらでの事を思い出すと、自分があの世界の事を好きになっていたんだって気持ちに、今さら気づいてしまう。
「 ……未練だなぁ 」
しかし…… 夢の最後にいきなり告白みたいなこと言ってきたよ、あのイケメン。
( ……もうっ! 私ってば私ってばどんな願望をもってたのよ! )
布団でゴロゴロ転がりながら、ふと手元に目をやった。
そこにはクレイアスのボタンが握られていた。
( 夢じゃなかった……?! )
◇◇ クレイアス ◇◇
ーーはっとして目を開けると神殿の女神像の前だった。
( 今のは…… )
「 どうしたクレイアスよ 」
大叔父が膝をついたままのクレイアスの様子に気が付いて声をかけてきた。
「 女神様に、お会いしました…… 」
その一言に、大神官は息を呑み、目を見開いた。
「 ……! 神託か 」
「 分かりません。 私とミハルは必ず出会う定めであった、と 」
大神官は、ただ黙って耳を傾けている。
「 今は一時的に道が閉ざされたが、絆は決して絶たれぬと、そういわれました。 今なすべき事をするように、とのお言葉を賜りました 」
導きの布を握っていた方のクレイアスの手には、布とともにミハルの腕飾りが握られていた。
「 間違いなく会いました。 運命はつながっている……! 」
「 ……その手に握られているのは? 」
「 あの日ミハルが身に着けていた物です。 白い空間にて、私のボタンと交換しました 」
クレイアスの片方の袖のボタンがなくなっている。
大神官は、深く、重くうなずく。
「 ならば疑う余地はない。 女神自らが導かれたのだ…… 」
「 大叔父上…… 」
「 女神さまが、 ” なすべき事をなせ ” と告げられたのだろう。 ならば何らかの使命を賜ったと考えて間違いはない 」
静かな声で、しかし確信を込めて告げる。
「 絆が途切れぬのなら、また必ず会えるだろう。
クレイアスよ、その時まで己の道を進め 」
私は強く、頷いた。
( 必ずまた会える! )
絆は絶たれぬと、女神自身がそう告げたのだから。




