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【閑話】ヴァルディア王と密命の子

 

 ーー これは今から五年前、まだ愛し子が降臨する以前のこと ーー


 ヴァルディア王ラオニクスは将来を見据えて息子にある任務を託そうとしていた。


 * * *


 十五年前、ヴァンデル辺境伯夫妻が亡くなった時、私は驚愕と同時に絶望を感じていた。


 ヴァンドル領はカシェリオス王国の“盾”。

 あの領が落ちれば、カシェリオスは他の国から攻められた時に耐えられまい。


 そして、カシェリオスが弱れば、ヴァルディア王国が狙われる。

 我が国はカシェリオスの庇護下に有る。

 そのため小国群が手出しできぬが、庇護者が弱れば動くだろう。


 ゆえに王は、即座に動いた。


 弟に“彼女”ーーエルラント王家の王女ドリアーナに接触させ、将来王妃の座に入れるよう導かせた。

 王妃となれば、王は彼女の周囲に己の手の者を配置できる。最善だった。だがーー。


「……だが、問題はそこからだ」


 辺境伯の後継は十代の少年。

 この隙を、宿敵ダルカニアが見逃すはずがない。


 しかし、王の予想を裏切り、少年辺境伯は攻め入った軍を退けた。

 その後も大規模戦二度、小競り合い多数。

 すべて勝利している。


「戦の加護か……それとも本人の才覚か」


 前辺境伯の教育が優れていたのか。

 加護持ちだと聞くが、その内容は伝えられていない。


 おそらく、戦勝に影響する加護であろう。

 それゆえ公表されぬのだ。


  才気もあろうが、後ろ盾となる大神官アルセルド師の力も大きいだろう。

 あの“聖姫エリエゼル”の従兄。

 動乱の生き証人でもある。


 王は確信した。

 ーーこの少年が成人し、大神官が離れた瞬間を狙われる、と。案の定、九年前にも大規模軍が進んだが……それすら退けた。


 やはり戦に関わる加護を得ているのかもしれぬ。


「ならば、こちらが縁を繋ぎ辺境伯の守りをさらに強固なものとしなければならぬ」


 王は何度も縁談を打診した。

 ヴァルディア王国の良家の娘たち、自分の息のかかった家のカシェリオス貴族家、容姿も血筋も申し分のない令嬢たち。


 若き辺境伯の見目のよさ、血筋の良さに、娘たちはむしろその気になるが、辺境伯は誰にも興味を示さない。


「……男色、か?」


 ならばと若い従者を送り込もうとしたが、ことごとく弾かれた。

 従者に恋人がいるのか、それとも辺境伯自らが警戒しているのか。


 そこで王はーーひとりの少年を思い出す。三番目の息子。


 愛妾の子でありながら聡明で、幼い頃から英才教育を受けてきた。

 そして何より……


「……左右の瞳の色が違う」

 ヴァルディアに伝わる“強き定め”の証。


 ーーこの子ならば、国のために最善を選べる。


 * * *


「 父上、お呼びと聞き、参上いたしました 」


 息子が謁見室に現れると、王は静かに告げた。


「 そなたにしかできぬ仕事がある 」


 王は静かに告げると息子が小さくうなずいた。


「カシェリオスの辺境へ赴け。ヴァンデル辺境伯の信頼を得よ」

 王は続けた。


「 身分は、最下位の神職の従僕として送り込む。途中で一度、小神殿を経由し、平民としての所作を身につけろ。

  その後、宿屋を経営する我が手の者を通し、下働きとしてヴァンデル領へ送り込む 」


「……刺客ではないのですね」


「当然だ。反意と捉えられる行動は決して取るな。

 有事にはーー盾となってでも辺境伯を守れ」


 王は、最も重い一言を置いた。


「……そして、もし辺境伯から“特別な信頼”を求められた場合は、それに応じよ」


 息子は目を見開き、声を震わせた。


「父上……それは、つまり……」


「ヴァンデル辺境伯は、いかなる美女にも心を動かさぬ男だ。

 ーーそういう意味だ」


 王は淡々と答えた。

 息子は下を向き、黙ったまま動かない。


「準備は一ヶ月。

 その後、小神殿へ移動せよ。

 領内に入れば、我らの手の者がそなたを受け入れる。

  特に誘惑せよとは言わぬ。真面目に働き、信頼を得よ 」


「 その後の指示や情報は、宿を通じて定期的に伝える 」


「 ……御意 」


 息子は深く礼をし、部屋を後にした。


 その背を見届けながら、王は目を閉じる。


(これも……国を守るためだ)


 この時、すでにヴァルディア王は動き始めていた。


 愛し子が降臨する前ーー

 すべては密かに、静かに。


 若き辺境伯に“信頼”を得るための策として、

 一人の少年が、未来を背負って送り出されていたのである。

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