ルシヴァン王子
(見た目は可もなく不可もなく……いや、地味だな)
ーー愛し子を見た第一印象はそれだった。
年齢的には同じくらいか。
私の元婚約者は真面目過ぎて、面白みのない女だった。
「 婚約しているのだから良いだろう 」
と言い夜の慰めを求めた時も
「 神の御前で婚姻の誓いを行う前に、肌を見せる事は致しません 」
と言い放つ始末。
会う時には必ず扉をあけ放ち、腹心の侍女を侍らせ、決して二人きりにならぬ徹底ぶりであった。
あの潔癖さ、実に鼻持ちならぬ女だった。
私は婚約者に愛想を尽かし、可愛く甘えてくるドレイバーン男爵令嬢・ミーシャを正妃に据えようと決めた。
だがミーシャに王族としての務めは無理だろう。
そこで私は考えた。
元婚約者を ” 瑕疵のある女 ” として正妃ではなく側室として仕えさせ、ミーシャと自分の分の仕事を背負わせればよいと。
しかし、それも失敗に終わった。
婚約は私の都合で解消となり、責任を問われ賠償金まで支払う羽目になった。
ミーシャは結局、修道院へ押し込められた。
「 なぜ、思い通りに行かないのだ……! 」
私は心の中で叫んだ。
私は正妃の子。
同じ正妃の子でも、兄上の亡き母はこの国の一貴族の娘。
だが、私の母は隣国の王女だ。
血筋も格も次期国王にふさわしいのは、他でもない私のはずだ。 宰相も周りも皆そう言っている。
それなのに、思うように物事は進まない。
だが、運命はやってきた! “ 愛し子 ”の降臨だ。
愛し子はその国にいるだけで、国を豊かにし災厄を遠ざける。
疫病は流行らず、天候は安定し魔物も少なくなる。
前の愛し子がこの国にいた15年間、この国はどの国よりも豊かな実りがあったという。
そのため、どの国も愛し子が現れれば大切に保護する。
最も確実な方法は、王家の者と縁を結ばせることだ。
私は今、婚約者がいない。
ならば愛し子を娶るのは私しかいない!そのはずだ。
しかし父は兄と弟の婚約を保留にした。
つまり、兄も弟も “ 愛し子の夫候補 ” ということだ。
ーーだが、愛し子を手に入れるのはこの私だ。
謁見の日、愛し子はクレイアスに手を引かれ、大神官と共に現れた。
聖姫エリエゼルの肖像画と同じ、黒髪と黒い瞳の小柄な女。
言葉は通じない。
クレイアスが番犬のように周囲を警戒していて、近くに寄ることすらできない。
( 言葉が分かれば、説得も誘惑もできたのだが…… )
純朴そうな女だ。 甘い言葉でもかければすぐに落ちるであろう。 しかし言葉が分からないのであればそれも出来ない。
この顔見せが終わり神殿へ帰ってしまえば、その後接触できるかどうかも分からない。
降臨から顔見せの日まで、神殿の奥深くで守られていた宝玉の様な女なのだ。
( 策を練るか…… だがどうやって接触する…? )
この城にいるうちに、何とか接触をしたい。
出来れば確実に婚姻につなげられる方法をとりたいが……。
攫おうにも近くに寄ることすらできない。
他の女たちにしてきたように、少々強引な手を使おうにも、クレイアスが常に傍にいる。
そんな時、母が小さく合図を送る。
「 申し訳ございません。 朝から少々体調を崩しておりまして……、これにて失礼させていただきますわ 」
母が席を外すふりをする。これは私について来い、という合図だ。
「母上に同行いたします。 どうぞお続けください」
私はそう告げ、席を外した。
奥の間。王族だけが行き来できる廊下に入ると、母は声を潜め、囁くように言った。。
「愛し子様は、どうやらお言葉を話せぬようですね。……ならば、何か起きても説明はできません」
「例えば…… そう、席を外した先で偶然そなたと出会い、心を通わせるようになり、やがて深き仲となった…… ということも起こり得ましょう」
「……!」
母は扇に口元を隠したまま、さらに続ける。
「 誘導はこちらで致しましょう。 足がつかぬよう、全く関係のない者を間に挟みます。
未婚の男女が密室で二人きりで過ごせば…… 何もなくても婚姻に持ち込めます。 以前の侯爵家令嬢との婚約がなくなったことも、愛し子様を娶るのならば何ら不都合には働きませぬ。 愛し子を娶れば、そなたの地位は盤石となりましょう」
「 ……しかし、どうやってあの “ 番犬 ” から引き離しましょうか 」
私が尋ねると、母は言った。
「 女性なら化粧直しもありましょう。 腹心の侍女を連れているようですが、個室の中までは付き添いませぬ。
愛し子が個室に入った時点で侍女はこちらで押さえ、別の者を案内に用意します。 決して部屋から出させてはいけません。 一晩…… いえ数時間で良い。 実際には何もなくても良いのです。若い男女が二人きりで密室に一緒にいただけ、それだけで良いのです。
女性の好みそうな ” 香 ” を焚きましょう。
そう…… よく眠れる香を……
気分よくお休み頂けることでしょう。
良いですか? けっして傷つけてはいけませんよ? 眠りにつくまで怯えさせずに優しく接しなさい。
未来のそなたの妻なのですから 」
ほほ、と母は小さく笑った。 母はそのまま王家の居住エリアの通路を奥へと進み、私は深呼吸し、愛し子が案内されてくる部屋へと足を踏み入れた。
やがて、母の使いを名乗る者が入ってきた。手にした香炉からは淡い煙が漂っている。
「殿下、お母上よりこちらを」
「……これは?」
「ただいま焚きました香の効果を無効にする薬でございます。愛し子が来られる前に眠りに落ちてしまわれませんように」
「なるほど」
私はそれを一気に飲み干した。
「これで確実に、愛し子が私の物となる」
胸の奥に膨れ上がる期待を抑えるように、ゆっくりと衣服を脱ぐと、ゆっくりと椅子に座ってその時を待った。




