微笑みの陰に潜むもの
それぞれの挨拶が終わったあと、広間では祝賀会に続いて食事会が始まった。
エリアが分かれており、王族以外と高位の神殿関係者以外は別のエリアへ、それぞれに和やな雰囲気で会は進んでいく。
食事の後も話は続き、王家と神殿関係者が席をならべ、和やかな空気が広がっていた。
『申し訳ございません。朝から少々体調を崩しておりまして……、これにて失礼させていただきますわ』
王妃様が何かを言い、その隣に座っていた第二王子も彼女に続くように立ち上がり、軽く会釈をする。
『母上に同行いたします。 どうぞお続けください』
クレイアスが恭しく頭を下げ、アルセルドも静かに見送った。
王と第一王子、第三王子そしてもう一人の美女は残り、場は穏やかな談笑へと戻っていく。
二人が去ったあと、美春は思わずほっと息を吐いた。
理由は分からない。 でもあの二人からは ” 嫌 ” な感じがしていたのだ。
ミハルは言葉が分からないため、ただクレイアスやアルセルドの様子を見て、座に加わっているだけだった。
だが、食べて飲めば、人として避けられぬものがある。
(トイレ、行きたい……! どうしよう)
ミハルはきょろきょろと辺りを見回し、いつも世話をしてくれる神殿の侍女を探す。
すぐに、部屋の隅に控えていたミューラとセミルが気づき、足早にやってきた。
『コスミナ・レファレル、タラネク… ヴェナスタ・ケヴァス 』
そう言って、美春をそっと連れ出してくれる。ミューラが先を歩き、セミルが後に従って歩いていく。
長い廊下を歩きながら美春は思う。
(これ、絶対に迷うわ。それに切羽詰まってたら間に合わない……!)
同じような装飾、同じような調度品。
まるで迷路のような作りだと思う。 一人じゃ元の場所に行ける自信がない。
やっとトイレについて急いで個室に入る。
(……良かった。 人としての尊厳は守られた……)
美春がホッとしながら化粧室の個室から出ると、さっきまで一緒にいた二人が姿を消していた。
「セミル?ミューラ?」
呼びかけても答えは返ってこない。
しばらく待っていたが、二人は戻ってこなかった。
「 セミルー! ミューラー! 」
大声で呼びかけても返事はない。
( どうしよう。迎えが来るまでここで待ってるべき? )
途方に暮れていると、見知らぬ女性が入り口から現れた。
「あの、ここにいた二人はどこに……?」
思わず声をかけるが、女性は首をかしげる。
( あ、そうだ、通じないんだった…… )
と気づき、口をつぐむ。 仕方がなく、自分で戻ろうと廊下を歩き出した。
しかし、迷路のように入り組んだ通路はどちらに行っても同じに見える。 その上、来た通路を戻っても同じところに戻ってきたかすら分からない。
しばらくうろうろと行き来していたが、どんどん心細くなった。
( どっちだっけ? わかんない……! )
『 お嬢様 』
途方に暮れていると、先ほどの見知らぬ女性が現れ、声をかけて、やさしく手招きしてくる。
「あの、案内……してくれるの?」
言葉は通じない。それでも、女性の表情に敵意はなさそうだった。
知らない相手に警戒はあったが、このままでは戻れそうにない。 ミハルは意を決して後をついて行く。 しかし、途中で違和感を覚えた。
( あれ? さっき通った廊下と違う気がする…… 壁の色が違うよね? これ、別の方向に行ってない? )
振り返ろうとしたその時、前後の通路に、何人かの人影が立ち塞がった。
彼らの目つきには、明らかな「嫌な感じ」が漂っていた。
「……な、なに……?」
『ヴェナ・ハレル・ケヴァス?』
『声を上げても無駄だ。誰も助けには来ない(ヴェセル・エレン・ナラ… ノラン・ヴェラー・セラール・エセル)』
美春の背筋に冷たいものが走る。
(何言ってるのか分からないけど、まずい……! これ、絶対にまずい……! )
逃げたい。 だけど通路は塞がれている。
ここまで案内をしてくれた見知らぬ女性も、戸惑ったように立ちすくんでいた。
『リヴァン!』
怒号が飛び、女性は恐怖に顔を引きつらせながら後ずさる。
『……ヒッ……!』
『ヴェナ!』
鋭く怒鳴られると同時に、ミハルへと視線が突き刺さる。
言葉は分からない。 だが、脅されているのは一目で分かった。
(怖い、怖い……! 誰か、助けて……!)
逃げようとした瞬間、腕を乱暴に掴まれた。
「いやっ……!」
振りほどけない。 強引に引きずられ、薄暗い通路を連れて行かれる。
抵抗も空しく、豪奢な扉の奥へと放り込まれた。
そこには、先ほどまで飾り立てた衣装に身を包んでいた第二王子の姿があった。
今はもっとラフな格好をしている。
顔には眩しいほどの笑みを浮かべていた。
『フェイロ・セラヴェル・エセル(やっとお会いできましたね)』
彼は両手を広げ、夢見るように告げる。
『ネリエル…! サラン・ヴェラー・ティエラ、タラネク・ヴァレン・エセル。 ケヴァス・セラール・マネル、マネル・ケヴァス!
(愛し子様……! ひと目見た時から、貴方様に心を奪われました。どうか私の手を、この手を、お取りください!)』
きらきらと輝く笑顔。
けれども、美春の胸に広がるのは嫌悪と恐怖。
(やだこの人。 絶対に、まともじゃない……! 無理やり連れて来る時点で、善人なわけがない……!)
彼の笑顔は、宝石のように整っていた。
だがその奥に隠された「歪み」を、美春は確かに感じ取っていた。
(逃げなきゃ……!なんとかして、ここから……!)




