神殿の告知とお手降り練習
その日、多くの人が集まる神殿の掲示板に告知がなされた。
それは金の枠で彩られた告知。
神殿において最高位に位置する告知であった。
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《 ーー告知ーー 》
二十日後の光の日、慈愛と慈悲の女神の愛し子におかれましては、聖域の広場にて御顕現あそばされる。
その尊きお姿を仰ぎ見るは、信徒に授けられし最大の恩寵なり。
よって、信心篤き者はこぞって参集し静謐をもってこれを迎うべし。
信徒一同、謹んで拝顔の栄を賜るべし。
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字を読めない民のために、下級神官が声高に読み上げると、掲示板の前は瞬く間に人であふれ返った。
「 女神の愛し子様がお出ましになるのか! 」
「 この目で拝めるなど、生涯一度あるかないか…… 」
「 かかぁにも知らせてやらにゃ 」
ざわめきは瞬く間に熱狂へと変わり、
急いで知らせに帰るもの、どこぞに連絡をするもの、祈りを捧げる者が次々と現れる。
やがて掲示板の前には人が集まり身動きができないほどになっていた。
その日の夕方には王都で
≪ 女神の愛し子様お出まし ≫
の告知を知らない者はいないほどであった。
事前に、警護を担う者たちや、美春付の侍女たちへも告知とその内容が伝えられていた。
「 二十日後のお出ましまでに、愛し子様のお支度は整えていただく。
お出ましが終わり次第、画家により愛し子様のお姿を絵にかたどらせて頂き、その後はゆっくりとお休みいただける様に滞りなく取り計らう様に。 」
二十日後の神殿広場でのお顔見せ、さらにそれからひと月後、美春が降臨して三か月を迎える時に王宮での公式な顔見せが行われる事がきまったのだ。
王宮にも直ちに通達がなされ、街道や神殿広場の警備計画が矢継ぎ早に整えられていく。 神殿全体が浮き足立ち、日に日にあわただしさを増していった。
◇◇
ここ数日、神殿内が騒がしいことに美春も気が付いていた。
普段は静かなこの場所でさえ、神官たちが小声で話し合い、侍女たちが落ち着かぬ様子で行き来している。
今日はいつもの侍女たちとは違う、顔を見たことが無い女性たちが部屋に入ってきて体のサイズを測られた。
どうやら新しい衣装を誂えているらしい。
『 縫い目はここの方がきれいではないかしら 』
『 布地が重いから裏地のここを薄布を重ねて… 』
言葉はほとんどわからないけど、彼女たちの真剣そのものの議論を横で見つめながら、美春は思っていた。
( こちらの服、全部手縫いだ…… )
どれだけの人が、どれだけの時間をかけて一着作るんだろう。
そう思うと、丁寧に扱わないと申し訳ない気持ちになってくる。
そんな事を思って過ごしていた数日後、
『 聖杖台を愛し子様のお部屋へ、慎重に運び入れなさい! 』
年配の侍女が支持を飛ばし、数人がかりで何かを抱えて入ってきた。
運ばれてきたのは、きらきらと光を放つ、大粒の宝石が先端にくっついた豪華な杖。
そしてそれを支える、煌びやかな台座。
(うわぁ、なんか超豪華なスティッククリーナースタンドみたいなやつにキラキラの杖が付いてる)
別の言い方があるのだと思うけど、美春にはその発想しかなかった。
『聖杖をお持ちになる際の角度の練習をいたしましょう』
ニコニコしながら侍女たちがその豪華な杖を差し出してきた。
「これ、持てばいいの?」
美春が受け取ると侍女たちはうんうん、と頷く。
正解だったようだ。
これ結構重い。持つときには下の方を床につけてちょっと傾けるように持たされた。
下を床につけると確かに安定して持ちやすい。
『 そう、その角度でございます 』
侍女たちが満足げに頷く。
次に侍女たちが優雅に手を振って見せる。
「 バイバイってすればいいのかな? 」
美春が元気よくブンブンと手を降ると、すぐに「 もっとゆっくり 」という様に侍女がゆっくりと手をうごかす。
お手本の動きは、まるで風にそよぐ花の様に柔らかい。
今日の午前中は棒をもって笑顔で優雅に手を振る練習だった。
( ……これ絶対、大勢の前でやらされるやつだ。 )
美春は嫌な予感を覚えながらも、ひたすらゆっくり手を振る練習をした。
( この待遇、この練習、ここでの衣装…… これって完全に元の世界で流行っていた聖女召喚モノの小説じゃん! )
しかし、美春は来た時の事を思いだした。
( ……全然違った。 私、召喚されてない…… パンツ取り返そうとして落ちただけだった…… )
美春はスンっと表情をなくし、心を無にしてひたすら手を降る練習をするのだった。
こうしてこの世界で ” 女神の愛し子 ” としてお披露目される日が近づいていくのだった。
◇◇
午前中いっぱい、笑顔で手を降る練習をしてから、昼食を終えると、おじいちゃん神官のアルセルドさん、がニコニコしながら部屋に入ってきた。
『 愛し子様、ご機嫌麗しゅう 』
笑顔で挨拶してくれる。
その笑顔はどこか楽しげでまるで孫娘の発表会を楽しみにしているおじいちゃんのようだった。
「 ナレイ、タラネク、ミハル 」
アルセルドさんがこちらへおいで、という言葉を言ってゆったりと手招きをしてきた。
”ナレイ”
というのが 「 こちらへおいで 」 という意味だ。
いくつかの簡単な挨拶と簡単な単語は覚えた。
アルセルドさんの周りには数名の警護の人が控えている。
顔を知っている人も何人かいる。
ミハルに気づいた彼らは胸に手を当てて、深く礼をしてきた。
最初の頃はお辞儀を返そうとして、すぐに侍女に止められた。
私は礼をしてはいけない立場らしい。
キラキラの聖女的服装と待遇を考えると、私の立ち位置は、そういった物なのだろうな、と思う。
静かな廊下を、アルセルドさんに付いて歩いていく。
壁にはとても偉そうな人たちの肖像画がかけられており、奥の通路に進むほど、その絵は大きくなっていった。
やがて通路の一番奥のひときわ大きな肖像画の前でアルセルドさんが立ち止まる。
額縁は金と銀で縁取られているが、洗練された清廉な印象の額縁にその絵は入っていた。
豪奢な冠をかぶった黒髪・黒目の女性の肖像画。
高貴で気品あふれる表情。
堂々とした姿。
「 これって…… 」
( 似てる……。 これ、おばあちゃんに似てる )
昔、見せてもらった曾祖父と曾祖母とおばあちゃんが写っていた白黒写真。
確かおばあちゃんが15歳か16歳の時の写真と聞いた事があった。
曾祖父と曾祖母に挟まれて、少し緊張していたように映っていた少女のころのおばあちゃん。
アルセルドさんは肖像画を指さして言った
「 イエン・エス・エリエゼル 」
「 ……エリエゼル? 」
美春が聞き返すと、笑顔で頷き「 エリエゼル 」ともう一度言った。
おばあちゃんと似た肖像画をみて、とても落ち着かない気持ちになってしまった。
黒目黒髪だけど日本人には珍しいほど堀の深い顔立ちをしていたおばあちゃんの面影が肖像画と重なる。
アルセルドさんは、おばあちゃんのお守りを見て「 エリエゼル 」とつぶやき涙を流した。
それはまるで失われた懐かしいものを見た様に……




