イケメンと赤面と神殿暮らし
神殿から清浄な光があふれた降臨の日。その日から光に引き付けられるように神殿には、人が多く集まっていた。
今の神殿は毎日人の出入りが絶えず、それを見越して神殿に至る道々には屋台や店が並び、まるで祭りのような賑わいを見せている。
だが、その喧騒とは無縁の静かな場所、神殿の奥の限られた高位神官と世話役しか入れない一室に、美春はいた。
美春はここに来る前の事を思い出して呟く。
「 なんで言葉が分からないんだろう…… 」
洗濯機越しに彼を見ていたときには、ちゃんと言葉がわかっていたのに。
「 閣下 」とか「 追うな 」とか、ちゃんとはっきり聞き取れたのに……。
実際に本人と会うと、なぜか全く通じない。
あの洗濯機、リユース品だったけど結構高性能だった。 もしかして自動翻訳機能付きだった……?
いや、んなわけない。 本当に意味がわからない。
最初の日、おじいちゃん神官が泣きながらお守りを手渡してくれたあの日に美春は自己紹介を試みた。
自分を指さして、ゆっくりと区切るように
「 み・は・る 」
するとイケメンも同じように、自分を指さして「 く・れ・い・あ・す 」と返してきた。
その横でおじいちゃんがやはり自分を指さして「 あ・る・せ・る・ど 」と教えてくれた。
イケメンの名前はクレイアス。
心の中ではずっと「 イケメン 」呼びだったけど、やっと本名がわかった。
クレイアスさんは、ほぼ毎日顔を出す。
というか…… ここに住んでるんじゃないかって思うくらい。
朝から一緒にいて、毎日朝食に誘ってくれるし、昼も一緒に食べる。
昨日は食後に二人で中庭を散歩した。 綺麗な花が咲いていて、ちょっとしたデートみたいだった。
そして今日は二人で向かい合ってお茶を飲んでいる。 周囲の人たちは、まるで 「 ここからは若いお二人でごゆっくり 」 とでも言うように遠巻きにしている。
……ただ、会話は弾まない。
お互い言葉が分からないのだから当然だ。
とりあえず呼びかけてみる。
「 ……クレイアスさん? 」
すると彼は、輝くような笑顔で即座に「 ミハル! 」と返してきた。
やばい。 名前を呼んでいるだけなのに、もうイケメン力が高すぎる。 イケメン、やばい。
そしてイケボだ。 イケメンは声もイケメンとかなにそれずるい。
思わず目を逸らし、お茶を一口
( いや、だめだ…… お茶じゃ誤魔化せない! )
そしてふと思い出してしまう。
( そうだ、この人…… 多分、私の下着を持ってる。 ……しかも、今も持ち歩いてる可能性がある…… )
こっちに来てからわかったのだが、この世界では、いわゆる「 かぼちゃパンツ 」みたいな形が女性用の主流らしい。
それならもしかして、あの赤い布を下着だと思ってない可能性がある?
ちょっと変わった布ハンカチくらいに思っているのかもしれない。
そう思えば、恥ずかしさも半減する…… はず。
( きっとそう! そうに違いない! )
そう思い込みたい気持ちが、今の私にはあった。
……未使用ならまだよかったのに……
あれは以前着用している物だ。
洗ったとはいえ、それを男性が持っているというのは正直言って辛い……
羞恥心で土に埋まりたくなる。
でも言葉の通じない今の状況で、どうやって返してもらえばよいのか分からない。
お茶を飲むふりをしながら、耳まで熱くなっているのを必死に隠した。
◇◇クレイアス◇◇
彼女の名は「 ミハル 」というらしい。
ミハルは、こちらをちらりと見ては茶に口をつけ、そしてまた視線を向けてくる、そんな動作を何度も繰り返していた。
頬がうっすらと赤く染まり、伏し目がちに揺れるまつ毛がやけに愛らしい。
( ……かわいい )
思わず、心の中でそう呟いてしまう。
彼女が降臨し、この国の言葉が分からないと判明したとき、語学に通じた者たちに調べさせた。 だが、違う言語を使う周辺諸国、いずれの言語にも一致せず、まったく未知の言葉であった。
会話すらできず、見知らぬ土地で、さぞ心細く不安を抱えていることだろう。そんなことを考えていると……
「 ……クレイアス◆○? 」
問いかけるような声で、ミハルが自分の名を呼んだ。
その可憐な声に胸を突かれ、思わず自分でも驚くほど喜びを含んだ声が出ていた。
「ミハル!」
大神殿の執務室では、アルセルドと国の重鎮たちとの攻防が続いている。
だが神殿の奥深くでは、ただ静かな時間だけが流れていた。
◇◇
美春がこの世界に降臨してから、およそ一か月が経った。
大神殿の私室で、アルセルドがクレイアスを呼び出していた。
「 クレイアス、そろそろお前も領土に戻らねばならん時期ではないか? 」
クレイアスは無言でうつむく。
本来、領主は長期間領地を離れるべきではない。 それは理解している。 だが……
「 それは分かっておりますが…… 」
「 クレイアス、一旦帰るのじゃ。 そしてあちらにミハル様をお迎えする用意をしてこい。
ミハル様をこのまま王都に置いておけば、煩いハエ共が群がってくるぞ。
それにな、お前と共に私の手の者もそちらの領地へ向かわせる。 あちらの神殿の準備も進めねばな 」
アルセルドはふっと遠い目をした。
十五年前、クレイアスの両親が事故で共に亡くなった時、まだ若かった彼を育て、導くために領地に滞在していた日のことを思い出す。
クレイアスの領地には、王都の大神殿に匹敵する設備を整えており、神殿としての機能は遜色ない。 アルセルドはニヤリと口元を歪めた。
「 準備ができ次第、私も義娘と共にヴァンドル領の神殿へ引っ越すとしようかのぉ 」
ミハルがこの世界に降臨したその日のうちに、養子縁組の手続きは終えていた。
出生や養子縁組に関する手続きは、この大陸では神殿が行う。
出生時は下位神職の者が一名、あるいは立ち会った産婆。養子縁組は祭司以上が 二名の承認で成立する。
ミハルの養子縁組は即日承認され、正式に「大神官の義娘」となっていた。
その上で、王宮にはこう通達した。
『 愛し子様が落ち着き次第、お披露目を行う 』
あえて「 愛し子が義娘になった 」とは公表しない。 気づいたとしてもすでに手遅れだ。
「 そろそろ愛し子様の顔見せが必要だ。 そのままにしていれば、騒ぎが大きくなる一方だからな。
そなたが領地にいる間に神殿での顔見せを済ませておこう。
その後の王宮での顔見せには其方も同行せよ。
王宮での顔見せは二か月後に行う。 」
クレイアスはこの話し合いの翌日、王都を出発し自領へと向かうのだった。




