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商人と大神官

各国をまたにかけ商いを行う大商会、クロウィル商会の商会長バスリット・クロウィルは、敬虔な女神の信徒であり、今回の女神の祝福を誰よりも喜ぶ一人であった。


 彼は幼い頃、聖姫エリエゼルの導きの光見たことがある。その神々しさに心を奪われた経験は、いまも信仰の根幹となっていた。


 そして今回、王都にある自らの経営する店舗にて、神殿からあふれ出る光を目撃したのだ。


 「これは……祝福だ!」


 ( 間違いない! あの幼き日に見た神聖な光と同じだ )

感動で胸が震える。 バスリットは、いまや大神官となったアルセルドが、若き祭司であった頃からの旧知でもある。

ためらうことなく神殿へ赴くと、侍従がすぐに取次ぎ、彼は私室近くの応談室へと通された。


 「大神官様、お互い壮健にて再び顔を合わせることが叶いましたのも、すべては女神の御導きの賜物にございましょう。 こうして御前に立てますこと、心より感謝申し上げます」


 深々と頭を下げ挨拶をすると、アルセルドもまた穏やかに頷いた。


 「よくぞ参ってくれた。 まさしく女神の慈しみ深き御心が、この巡り合わせを整えられたのだろう」


 二人はソファに腰を下ろした。 顔の広いバスリットを、アルセルドは重用している。 訪問の機会を逃すことなく、すぐさま語らう運びとなった。


 「大神官様、女神さまの祝福をこの神殿が賜ったと、そう見受けいたしました」


 「うむ、その通りじゃ。 バスリット殿、伝えておこう。

……愛し子様が降臨された。 妙齢の女性である」


 「おお……! なんと喜ばしいことでしょうか」


  バスリットが思わず声を上げる


 「これから周囲も騒がしくなるだろう。 そのうち顔見世もせねばならん。 衣装を多めに用意して差し上げたい。 生地の見本を持ってきてもらえぬか」


 「かしこまりました。 すぐに当商会でもっとも格式高き生地を、お持ちいたします」


 アルセルドはさらに続ける。


 「それとな、女性が好むような茶と菓子を種類多く備えてほしい。 愛し子様のお好みがまだ分からんゆえな。

 ……加えて、そなたのお抱えの絵師に仕事を頼みたい。 落ち着かれた折にお姿を写し取り、神殿に飾る事になる。 各地方都市の神殿にも絵を送らねばならぬ。 ゆえに、一人ではなく複数に描かせたい」


 「なるほど。 茶と菓子は一部を本日中に、生地は地方倉庫の分を急ぎ回します。 絵師も手配いたしましょう。 祭司様や大祭司様の肖像を手掛けた者がおります。 絵師にとっても愛し子様を描かせていただくことは誉れにございましょう」


 大神官は小さく頷き、ふと声を落とした。


 「 バスリット殿、もう一つ伝えておこう。 ……愛し子様は、ヴァンドル辺境伯の元に降臨されたのだ 」


 「 それは…… 慶事と受け取ってよろしいのでしょうか 」


 バスリットの脳裏に、幼少より知るクレイアスの姿が浮かんだ。 独身のまま領を治める若き辺境伯。 その元へ、妙齢の女性の愛し子様が現れた。 女神の御導きによる縁、あるいは使命ではないか…… そんな思いが一瞬、頭をよぎる。


 「 どのような意味でヴァンドル辺境伯の元へ降りられたのかはまだ分からん。 数か月前より兆候はあったが、本日、突如としてわしの私室にいた辺境伯の元へと降りられたのだ 」


 「 ……承知いたしました。 この胸の内にのみ納めましょう 」


  話題は実務に移る。


 「 それと…… 寄進と引き換えに渡している守り袋を多く用意したい。 愛し子様の降臨を皆が知れば民が集まり品切れになるやもしれん。 端切れ布と刺繍用の糸を多めに用意してもらえぬか。 もちろん費用は払おう」


 守り袋は孤児たちの手作りであり、その中に神職の者が祈りを込めた木の護符を納めている。

 守り袋作りは孤児院にとって大切な収入源であり、同時に孤児たちの職業訓練でもあった。


 手先が器用な子は裁縫の技術を覚え、刺繍を覚えやがて職人の道へ。

 袋の数の管理や出荷を担った子は、その経験を買われて商会や店に従業員として雇われていく。

 さらに、孤児たちが独り立ちする時には、それまでの賃金が手渡され生活を支える助けともなった。


 孤児が路頭に迷わぬよう整えられた制度。

 それはアルセルド大神官による改革であった。


 以前は孤児が一定の年齢になると、浄化の素養を持つ者は強制的に神殿の下働きへ、素養の無いものは孤児院を追い出されていた。

 孤児院にいる間に里親が見つからねば、身一つで追い出されていた。

 その結果、生活できぬ元孤児が犯罪に手を染めたり、悲惨な運命をたどる事も多かった。

 その仕組みを改め、孤児院を出ても困らぬようにと制度を整えたのが、ほかならぬアルセルド大神官であった。


 その他にも孤児たちがよき里親に恵まれる様にとの制度改革や、他の職業を学ぶための制度など、アルセルドの改革は多岐にわたる。


 クロウィルはその慈愛の心に深く賛同し、商会を挙げて協力を申し出た。 クロウィル商会にも孤児院を巣立った者たちが多数働いている。

 今では家庭を持ち、次世代を育てている者たちも多い。


 「承知いたしました。 端切れ布を多めに用意し、各神殿の孤児院へお届けいたしましょう」


 バスリットは笑顔でそう答え、大神官に再び礼をすると応談室を後にした。



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