愛し子の血脈
私が豪華なべッドで目を覚ますと、見知らぬ女性が部屋に入ってきて優しく語りかけてきた。
彼女たちの話す事は聞いた事もなく途方に暮れた。
私が起きてすぐに彼女たちは着替えを用意してくれ、着替えさせてくれようとする。
「あ、だ、大丈夫、自分で着替えられますから……」
(どうしよう……言葉が全く通じない……!)
それでも服を受け取って、自分で着ようとした瞬間手が止まった。
(これ、どっちが前? どうやって腕通すの?)
全く構造が分からない。
生地は白で、青と金の糸で繊細な刺繍が施されている。
清楚というより神聖さすら漂う様な服だ。……手に取るとどちらが前か後ろか良くわからない。
困り果てていると、女性たちの一人が軽く首を傾げて微笑み、袖口を指差して「どうぞ」と言わんばかりに促してくる。
「あ……はい……すみません、お願いします」
結局、着替えは全面的に手伝ってもらうことになった。
着替えが終わると、今度は私がハンドサインを交えて自己紹介を試みる。
「私、ミハル。ミ・ハ・ル。あなたは……?」
しかし、女性たちは首をかしげたり、にこにこ笑ったりするだけで、全く伝わっていない様子。
ーーそのときーー
ぐぅ~~~~。
「「「………」」」
(……私のお腹、空気読めよ……!)
おかっぱ頭の女性がすっと立ち上がり、無言で部屋を出て行った。
しばらくして、香ばしい匂いと共にその女性が戻ってくる。
両手には銀の盆。
ローテーブルの上に次々と食事が並べられていく。 ふわっと香るサンドイッチのようなもの、温かなスープ、薄く果実の香りが漂うお茶、彩り鮮やかな果物。
差し出された皿を前に、思わずごくりと唾を飲み込む。
「……食べていいの?」
サンドイッチを指差すと、女性は柔らかく頷き、私の口元を指した。
ぐぅ~~~。
(……またか! もういいから黙ってろ!)
観念して、私はありがたく朝食をいただくことにした。口に入れた瞬間、思わず目を見開く。
(美味しい!)
スープもサンドイッチも、控えめに言って最高だった。
食べ終えると、またハンドサインで意思疎通を試みる。
「ちがう、食事のお代わりじゃないんです! お茶のお代わりでもありません!」
(だめだ……ぜんぜん通じない)
そんなやり取りをしていると、部屋のドアがこんこんとノックされた。
入ってきたのは、身の回りを世話してくれた女性の一人。
ドアを指差し、手振りで「こちらへ」と促す。
無理やりではなく、丁寧で控えめな誘導。気を遣っているのが伝わってくる。
(そんなに気を使われると、なんか申し訳ない……)
立ち上がり、彼女たちに従って部屋を出た。、磨き上げられた廊下と清浄な空気。 廊下の窓からは荘厳な雰囲気の建物が見えた。
( ほんと、ここ、どこだろう……)
見知らぬ部屋に、知らない人たち。
言葉も全く理解できない。
そのまま進んでいくと、やがて目の前に立ちはだかったのは、豪奢な装飾が施された大きな扉だった。
◇◇クレイアス◇◇
アルセルドの私室には、アルセルドとクレイアス、そして控える二人の侍従とクレイアスの側近、ノアリスだけがいた。
「昨夜のうちに、信頼のおける者たちには愛し子のことは伝えておる」
アルセルドは静かに言い、侍従二人とノアリスに視線を向ける。
「ここにおる者、そして彼女の世話につけた者は、いずれも口の堅い者ばかりじゃ」
先ほど世話役から「お嬢様が目を覚まされた」との報告が届いた。
さらに続けて「言葉が通じないご様子であり、空腹でおられる」との伝言もあり、まずは食事をとってもらうことになった。
アルセルドとクレイアスも軽く朝食をとり、この部屋で待機することになる。
しかしクレイアスはどうにも落ち着かなかった。
椅子に腰掛けたまま、無意識に両手を開いたり握ったりを繰り返す。
(初陣の時よりも緊張している……)
そんな大甥を見て、アルセルドは口元に笑みを浮かべた。
「落ち着け、クレイアス」
「はい……」
短く答えたが、胸の鼓動はますます速まるばかりだった。
ーーコン、コン、コン。
室内にノックの音が響き、侍従が扉を開けた。
そこには、一人の女性神官が立っていた。
「お嬢様をお連れしました」
そう言って入ってきた女性神官と侍女、その後ろに彼女がいた。
黒髪に黒い瞳。やや幼げな顔立ちをした、愛らしい女性。
神殿の最高位の女性が纏う、白地に青と金の刺繍を施した清廉な衣装をまとい、その神聖な雰囲気と相まって、思わず息を呑むほどに美しかった。 クレイアスは無意識に立ち上がる。
(……美しい……)
クレイアスは無意識に立ち上がり、彼女の入室を待つ。
目が合った瞬間、体が熱くなる。
声をかけたいのに、言葉が出てこない。
彼女の頬も、わずかに朱に染まっていた。
しばし見つめ合ったまま、時間が止まったかのように思えたが、
「……部屋に入っていただこう」
アルセルドが苦笑交じりに促す。
女性神官が彼女をそっと椅子へと誘導し、座らせた。
クレイアスとアルセルドも、その正面に腰を下ろす。
「さて、言葉が分からぬとのことだったな……」
アルセルドは紙とペンを用意し、テーブルに置く。
さらに、横に置かれた美しい装飾の箱の蓋を、静かに開いた。
中には、小さな木片に花と葉を彫り込んだ素朴なお守りが収められていた。
それを目にした彼女は、はっと息を呑み、瞳を大きく見開く。
「……! ◆〇▲◆…〇▲◆!」
意味は分からないが、その声には驚きと喜びが混じっていた。
アルセルドは柔らかい笑みを浮かべ、ゆっくりと問いかける。
「これの持ち主は……『エリエゼル』と言うのではないかね?」
そして、はっきりと区切って繰り返した。
「え・り・え・ぜ・る」
愛し子はその言葉に答えて何かを口にした。その中に『エリ』という響きがあった。
「……エリ?」
そうアルセルドが問いかけると、彼女は頷いた。
アルセルドは紙に人の形を描き、愛し子に差し出す。
愛し子はそれに人型をいくつも描き足していった。
クレイアスとアルセルドは息をつめてそれを見ていた。
人型が四つ……最初の二つは両親だろう。そしてその上には、もう二人。おそらく祖父母か。
さらにその上には……大変独創的な絵ではあるが、おそらく木彫りの花であろう物が書き添えられている。
その花と思われる絵の下の人物を丸で囲った。
「まさか……」
アルセルドがつぶやくように言った。
「彼女は、エリエゼルの孫……?」
「聖姫様の血を引く方……?」
クレイアスもまた、信じられないように声を漏らす。
「エリエゼルと同じ髪と瞳を持つ愛し子様が自ら描かれた家系図。これが何よりの証であろう……」
女神に導かれたあの後、エリエゼルは幸せになったのだろう。
子を持ち、孫を持ち……」
アルセルドは感極まったように涙を流し、言葉を継ぐ。
「ああ……私は守れなかった……。だが女神は彼女を導き、守ってくださったのだ……」
溢れた涙を拭うこともせず、目の前の愛し子を見つめるアルセルド。
(この大叔父上が……涙を……?)
クレイアスは驚きに息を呑んだ。
どのような状況でも動揺を見せず、胸中をさらけ出すことのなかった大叔父。
動乱の時代を生き抜き、神殿の頂点に立つ傑物が見せる姿に、ただ言葉を失った。
アルセルドは膝をつき、彼女の前に傅き、その手に木彫りの花をそっと乗せる。
「よく来られました……よく来てくださいました」
「ここは……あなたの家です」
「あなたの祖母が生きた場所なのです」
「女神よ……再び愛し子をお送りいただき、感謝いたします……!」
震える声で幾度も幾度も神への感謝を繰り返すアルセルド。
その姿を見ながら、クレイアスの胸の奥にも熱いものがこみ上げていた。
(私もまた、この出会いを……女神に感謝せねばならぬ)
祈るように、懐にしまってある赤い布へと、そっと手を添えるのだった。
◇◇美春◇◇
女性神官が静かに扉をノックし、豪華なドアが静かに開き開いた。
何かを話す女性神官に促されるまま部屋へ入る。
そこにいた。
あのイケメン。立ってるイケメン。動いてるイケメン!
(……ああ、やばい。脳内で「イケメン」がエンドレス再生されてるっ!)
そして目が合った瞬間、昨日の出来事が頭にフラッシュバックする。
(よりよって馬乗りになって……『私のパンツ!』とか。あ、でも言葉が通じないなら、伝わってないはず!
……セーフ? これセーフよね!?)
そう自分に言い聞かせるけど、顔が熱いのは隠せない。
ちなみにこの時点で、「いまだに彼が自分のパンツを持っている」という事実は、なぜかすっかり頭から消えていた。
彼の隣に座っていた年配の男性が、ゆっくりと何かを話し出す。
すると、世話をしてくれている女性が私をソファーへと案内してくれた。
年配の男性は、テーブルに紙とペン、そして小さな美しい箱を置く。
ーーカチリ。
蓋を開けると、中には見覚えのあるものが入っていた。
「……! これ……おばあちゃんのお守り!」
驚きで声が出た次の瞬間、その年配の男性が優しい声で何かを問いかけてきた。
「セロニエネク・ノーメク・エス・エリエゼル、ヴェル?」
「え・り・え・ぜ・る」
意味は分からない。でも、聞き覚えのある響きがあった。
(……エリ? おばあちゃんの名前は遠藤絵里。おじいちゃんはいつも『エリ』って呼んでた……)
私はお守りを指さし、
「これは絵里おばあちゃんのお守りです」
と言ってみた。
年配の男性が私を見て、ゆっくりと繰り返す。
「……エリ?」
私は大きく頷く。
すると彼は紙に人型を描き、私を指差した。
(……これ、家系図?)
なんとなくそう思い、人型の上に二人、その上にまた二人描いて、おばあちゃんの位置に〇を付ける。
その横にお守りの絵も描き足した。
年配の男性は、その図を見て目を大きく見開く。
隣のイケメンも、真剣な顔でじっと見つめていた。
そして年配の男性はゆっくりと立ち上がり、私の前に移動して膝をつく。
「フェイロ・ヴェナルド……フェイロトレニサル……」
「コルナ……エルナ・トゥハルヴェイロ」
「タラネル ノナヴァ…ヴィエレットセラールエセル」
涙を流しながら、そっと私の手にお守りを乗せ、何度も何かをつぶやき、
「エヴィア、ヴァレネク・ネリエル・サラン・ヴェラー・エセル……!」
そういって涙をながした。




