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聖姫 エリエゼル

「クレイアスよ。今から話すのはこの国の王家の

……“恥部”であり、”罪”の過去だ」


 その声には、覚悟とともに、長い沈黙の時を越えてきた重みがあった。アルセイド大神官は、静かに、けれど確かに語り始めた。


 「あの、動乱の時代のこと……」


 アルセイドは静かに語り出した。


 「わしの父が若くして王位を継いだばかりの頃、父の弟にあたる当時の第五王子グリスネイドが、一部の貴族と結託し謀反を企てたのだ。 計画は失敗に終わり、グリスネイドは罪人として処罰された。 これは歴史書にも載っておろう


 ……そのグリスネイドが謀反を起こす前の話になる」


 その目は過去を見つめているかのように遠かった。


 「聖姫エリエゼルの母はな、滅びた国ケルメナの巫女であった。 名はルメシア様。

 魔物の進行から信徒たちを守り、我が国へ逃げ延びてきた、誇り高き女性じゃ」


 その声には、どこか哀しみがにじんでいた。


 「グリスネイドはルメシア様に目を付けた。 故国から連れてきた信徒の命を盾にされ、彼女は逆らう事が出来なかった。

 そんな彼女を弄び、やがて生まれたのがエリエゼルだ。 ルメシア様はその身を削って娘を守り続けた。 だが、エリエゼルが五歳のとき、力尽きた。


 エリエゼルが産まれた時、生まれたばかりの彼女は光に包まれていたと当時の産婆が証言した。

 しかし、当時の王家はそれを否定した。

 暴虐を尽くす王子の庶子が愛し子(いとしご)では都合が悪かったのだ。

 エリエゼルが光に包まれ生まれた、というのも、ルメシア様の嘘だと断定された。

”王族をたぶらかした卑しい悪女が自分の産んだ子を愛し子(いとしご)だと偽る為の虚言だ” とな。」


アルセイドは目を伏せて、低く続けた。


 「王家はすべてを知っていたにもかかわらず、ルメシア様を助ける事もせず、残されたエリエゼルを保護する事もしなかった。

 それどころかルメシア様を ”王族をたぶらかした悪女” として、遺体すらも丁重に扱わず、弔う事すらしなかった……

 娘であるエリエゼルも、王家の血筋とは認められなかった。」


 しばしの沈黙が流れた。やがて、アルセイドはふっと息を吐いた。


 「当時、内乱の影がちらついていな。

 わしの母は、王の側室の一人であった。後ろ盾の弱いわしを守るため、父はわしを神殿に預けた。

 そしてちょうどその頃、彼女もまた神殿に ”孤児” として引き取られてきたのだ。

 引き取られてきた当初は……やせ細り、泣くことすら忘れておった。 ただ虚ろな目で、座っていた。

 ……あれが、最初の出会いであった」


「十年ほど経ったころだったか。 彼女はわしに、神託を受けたことを打ち明けた。 女神の言葉を聞いたのだと。

 だがその直後、グリスネイドは彼女を自らの野望のために、質の悪い男に嫁がせようとした。 そんなことがあってもなお、王家は動かなかった。 王族の血を引いている事を知りながら彼女を守ろうとは、しなかったのだ……」


「 エリエゼルは、自らの意思で“逃げる”と言った。 『友達が助けてくれる』 と……そう、彼女は言っていた…。

 その数日後、神殿で行われた祈りの時、女神の神託が下されたのだ。 大陸全土への神託じゃ。 わしは今でも一言一句忘れておらぬ」


 《 我が愛し子(いとしご)を、我がもとへと導かん。探すことなかれ 》


 「その神託の直後、エリエゼルは光の中に消えていった……

エリエゼルが生まれてからこの国にいた15年間は、この国では一つの災害も起きず、作物は豊作で疫病すら起きていなかった。


 ”愛し子(いとしご)”であるエリエゼルがいたからだ。


 神殿の歴史書には、女神の愛し子”がいたという記録が分散的に存在している。

 歴代の愛し子(いとしご)は皆その国に住み、崇められ、大切にされた。

 愛し子(いとしご)は存在するだけで、その地に恵みをもたらす存在だからだ


 ……エリエゼルのように、捨てられ、助けもされずにいた者など一人もいない」


 「 “探すことなかれ” この言葉は、女神からの明確な拒絶だった。

  『この国には愛し子(いとしご)を託す価値が無い』と。『お前たちには返さぬ』と……」


 「彼女が女神に導かれ姿を消したとき、神殿に残されていた彼女の小さな部屋には、何一つ、跡が残されていなかった。手巾一枚、着替えの一枚すらもだ。

 まるで、 “お前たちには愛し子(いとしご)の痕跡すら与えぬ”  そう言われたかのように……」


 クレイアスは大叔父の口から語られる“聖姫”の真実に、驚きと衝撃を隠せなかった。

 なぜなら歴史では、


 『第三王子の娘にして慈悲深き聖姫エリエゼルは、世界の平和を祈り、自らの意思で神殿へ入り、世界の危機を回避し人々を守る為、女神のもとへ導かれた』


 と記されていたからだ。


 だがアルセルドは静かに首を振る。


 「歴史上では、エリエゼルの父は当時の第三王子ノルディアスとされておる。 だが、実際に彼女の実父は、その弟であり罪人である第五王子グリスネイドだ。

 女神の愛し子(いとしご)の実父が、反逆者では──さすがに王家の体面が保てぬ。 そこで神託の後、兄ノルディアスの子ということにされたのだ。 すべては王家がでっちあげた作り話よ」


 「だが女神はそれをお許しにならなかった……。彼女が女神のもとへ導かれた事こそが罰の始まりであったのだ」


 アルセルドの声音は重く、静かだった。


 「王族と貴族が集まる儀礼の場。第三王子ノルディアスの子が愛し子であると、自国の姫が愛し子(いとしご)である、と大々的な祝賀を行っていた。

 その場に、突如としてエリエゼルがかつて着ていた、下級神官の、しかも変えすらまともに与えられなかった為、ボロボロであった……。その粗末な装束が宙に浮かび現れた。


 “ お前たちが我が愛し子(いとしご)を虐げたのだ ”


 そう語るように。 それは、女神からの明確な拒絶のしるしであった。


 その日を境に、国の空は荒れ、四年もの間、全世界的に異常気象と災害が続き作物がまともに実らぬ日々が続いのだ。」


 「神罰であった。 そうとしか思えぬ事態であった。

 4年の間に飢えと絶望が世界を襲ったのだ。

 そうしてやっと王家は過ちを悟った。 エリエゼルの母ルメシア様を改めて王族の一員とし、聖姫エリエゼルの実母であると公表した。


 ”ルメシア様は民に尽くす慈悲深き女性である”


 と言う話を流し、己らが ”悪女” に仕立て上げていた印象を拭い去ることに尽力した。

 そして見捨てられていた彼女の遺骨を探し出し、王族の墓所に祀った。 それまでに4年もの月日を必要とした。

 すると不思議と、災いは静まり、作物の実りも元に戻った」


 「だがそれでも王家は体裁の為の嘘を重ねた。


 『もともと世界の終わりの危機であったのを、エリエゼルが神の元で祈ることで ”災害程度で収めたのだ” 』

のだとな。


 祭儀の場にてエリエゼルの衣服が現れ世界は災害に見舞われた。 あれはどう解釈しても 『愛し子(エリエゼル)を虐げたために』 起こった神罰だ。 そのために彼女は神によって保護されたのだ」


 クレイアスは唇を噛み締めた


 「……それで、聖姫は帰ってこなかったのですね」


 「うむ……女神は言われた。『探すことなかれ』と。

 あれは、

 ”託すに値しない者どもには愛しいとしごを渡さぬ ”という、明確な御意思だったのだろう」


 アルセルドは静かに語りを続けた。


 「彼女が女神の御許へ導かれたその時、わしは見たのだ。

神殿の祈りの最中、彼女の上に、淡く光る粒子が静かに集い始めた。 その光がゆっくりと降り注ぎ……まるで、夜空の星がその身を包んだ。 そして彼女は神聖な輝きの中へと静かに消えていかれた」


 厳かに言葉を続ける。


 「古文書にも記されておる。 数百年前の愛し子の降臨、あるいは旅立ちの折、女神が介在された時に現れる  ”祝福の光” だとな。


 ……先ほどの光景、夜空の星が地上に降り注ぐかのように美しく、神威に満ちていた。

 あれこそが “女神の祝福” と呼ばれるものだ。」


 クレイアスは息をのんだ。


 「間違いない……愛し子(いとしご)の降臨だ」


 愛し子の降臨、アルセルドは断言した。

 そして、女性が手に握っていた “木彫りの花” をそっと見つめた。


 ーーこれはエリエゼルが彼女の母から受け継いだものーー


 エリエゼルが、肌身離さず持っていた、彼女の母の唯一の形見……

 それを、今、あの女性が握っていた。 そして何より、彼女は “神気” を纏っていた。

 その気配に、神殿の長である自分が気づかぬはずがない。


 まるで、存在そのものが祝福そのものであるかのような、あたたかな、そして畏れを抱かせる気配だった。


 アルセルドは一呼吸おき、呟くように言った。


 「……もう、二度と……間違いは許されぬ」



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