表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/41

花の香りと女神の愛し子

  ◇◇クレイアス◇◇



 王宮での話し合いを終えたクレイアスは、アルセルドとともに神殿へと戻り、その奥にある私室へと通された。 


 ここは、神殿内でも限られた者しか足を踏み入れることの許されない特別な空間。


 大神官の私室――かつて若き日のクレイアスが、教えを受けていた懐かしい場所でもある。


  「大叔父上、婚姻の件、ありがとうございました。

  まさか、王都で問題を起こしていた女性を送り込まれそうになっていたとは……。

  私は知りませんでした。」


 「なに、先ほども言った通りじゃ。

 本当に王族の伴侶にふさわしいと思うのなら自身の息子と婚姻させればよい。

 あの浅慮な倅も、あの女に夢中だったわけだしな。

 継承権をはく奪し、女の家に婿養子にでも出してやれば済む話よ。

 ……そなたのもとへ送りつけようとしたのは、大方、王妃当たりの入れ知恵であろう。」


 そういいながらアルセルドはソファへと腰を下ろす。


  「……懐かしいですね。 机の位置も、あの時のままですね」


  「うむ。 わしも年を取ってな。 あまり余計な物を動かすと、置き場所を忘れるんじゃよ」



 アルセルドは机の奥から一つの箱を取り出す。金と銀の細工が施された精巧な箱――そして、そっと蓋を開いた。


  「……これは……あの時の布……」 



 あの日、命を救ってくれた、神秘の布(レースのカーテン)が入っていた。


  「通信魔導具で、ある程度の事情は聞いておる。 しかし……改めて、汝の口から直接語ってくれ」 


 クレイアスは、静かに頷く。


 「 ……王都から領地への帰路、数名の賊に襲われました。 盗賊にしてはしっかりとした武装もしておりましたが、練度が低いという不自然さがありました。 その賊を制圧し息のある者の拘束を終えました……」 


 そこでクレイアスの声が少し低くなる。


 「戦闘が終わり安堵を覚えていました。そして気が緩んだ一瞬を突くようにして、姿を隠した刺客が迫ってきていました。

何も感じられなかった。気配も、音もです。


 ……ですがそのとき、天からほのかに花の香りを含んだ水と、白い布が、まるで導かれるように降ってきたのです」


 「ふむ……」


 「布は、刺客の頭上に落ち……その存在を暴きました。 また、命を救われたのです」


 「……やはり、女神の加護であろうな」


 アルセルドが小さく呟く。


 クレイアスはその言葉に、改めて深く頷いた。


 「はい。 偶然で片づけるには、あまりにも出来すぎています。 ……この布も……自身の守りとして持ち歩いています……」 


 そして――クレイアスは懐から、赤い布を取り出す。 


   深紅の布


 下着ぱんつとは言わない。

 持ち歩くようになっても、どこか恥ずかしさが残ってしまっている。


 この国にも他国にも、戦闘を生業とする者ーー騎士や兵士ーーには、伴侶や婚約者、恋人の身に着けている物を自身の守りとして携帯する風習がある。


 その中には下着も含まれている。

しかしクレイアスにはそういった相手はいなかった。 ゆえに持ち歩いたこともこれまで無かった。


 ……ちなみにブラの方は綺麗な装飾が施された箱に丁重に収められて自領の屋敷の宝物庫に厳重に保管されている……


 (……これがもし、ただの“布”ならば、こんなに躊躇うこともないのに)


 しかし、それが女神の加護の現れなら――己の恥じらいこそが、不遜なのではないか。


 まだまだ己は修行が足りぬ。 そう思った、まさにその時だった。


  ーーガタッーー


 突然、部屋に不可解な音が響いた。 部屋のどこかで何かが倒れたのではない。 音は、空間そのものから聞こえたような、不思議な感覚だった。


 「……今のは……?」 


 クレイアスが訝しむより早く、室内の空気が一変する。


 キラキラと輝く光の粒子が、部屋の空間の一点に集まり始めたのだ。 まるで星屑が集まるような、神聖で、それでいてどこか懐かしい光景──。


 「この光……!」 


 アルセルドの顔色が変わる。


 光の粒子はさらに強く集まり、やがてまばゆい閃光を放ったーー!

 その中から、ふわりと甘い花の香りが漂う。


 「※△、×◆◇〇▲っっ!!」


 叫ぶような声とともにーー簡素な衣服(パジャマ)をまとった女性が、眩い光の中から ”落ちてきた” 


 クレイアスは反射的に動く間もなかった。

彼の斜め上に現れたその女性は、そのまま彼の上へと落下しーー


 「うわっ……!」


 とっさに支えようとした彼の手と、女性の手が同じ布を掴んだ。


  ーー赤い布。 


 クレイアスが守りとして持っていた、あの布。


 二人の手が、それを挟んで重なっている。


 潤んだ瞳で、何かを訴える様にこちらを見る女性。 


 その香りは……あの芳香の水と、布に宿っていた香りと同じだった。


 クレイアスは目を見開いた。 確信が胸を貫く。

 (この人が……“加護”そのものなのか……?)


 「君は、一体……」


 一方、アルセルドは驚愕の中で、小さく呟いた。

 「……女神の愛し子……」


 (……まさか、再びこの地に……)


 光の中から落ちてきた女性は、くたっと力が抜け、気を失ってしまった。


 「誰かおらぬか!」


 アルセルドの声に側近たちが部屋に駆け込んできた。


 「この方を貴賓室へ。丁重にな。決して粗略に扱うでないぞ」


 女性を神殿内で最も身分の高い人間が滞在する部屋へ運び、女性神官数人で様子を見守ることになった。


 クレイアスは、まだ胸の高鳴りを抑えきれずにいた。

 ーーほのかに香る甘やかな花の香り。

 その香りは、彼の命を救った “白い布” と、まったく同じものだった。


 さらにその女性は、自分が握る “赤い布” へと手を伸ばし、その手はクレイアスの手の上に重なっていた。


 (……まさか。あの女性が……)

 受け止めた小柄な体は、柔らかく、暖かった。


 戸惑いと期待が胸の内を満たし、クレイアスは思考の渦に飲まれそうになる。


 しかし上手く言葉にはできなかった。


 ただ、そっと自分の手に残る温もりを見つめていた。



 その一方で、部屋の隅ではアルセルドが、女性の手に握られていた一つの “木彫りの花飾り” を拾い上げていた。


 指先でその彫刻を丁寧になぞりながら、目を細める。

 やがて沈黙を破るように、静かに口を開いた。


 「……クレイアスよ。あの女性は、女神の愛し子だ」


 「……!」


 その言葉に、クレイアスは顔を上げた。 


  ーー女神の愛し子ーー


 女神がその心を寄せ、人として地上に送り出す存在。過去にいたこの国の愛し子は王家の姫であった。


 その人物はクレイアスの大叔母にあたる、清廉で、美しく、慈悲深いと謳われた姫。


 「この地に以前にいた愛し子は “聖姫エリエゼル” と呼ばれた方……ですね」


 クレイアスの問いに、アルセルドはゆっくりとうなずいた。


 「うむ。 ただし…… “聖姫” という名が与えられたのは、彼女がこの国を去ったあとだ。

それまでは、王家の血を引いていることすら否定され……存在そのものが、王宮の中で無かったことにされていた」


 アルセルドは深く息を吐き、やや重たい声で続けた。


 「クレイアスよ。今から話すのは……この国の王家の… “恥部” であり、 ”罪” の過去だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ