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三つの魔法と螺旋の星屑  作者: 長尾 驢
第1章「始まり」
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7話「移動2日目~アンブルグまでの道中1~」

 ~2日目(昼)




 昨晩はヒノビ作の獣肉スープで体を温め、その後は四人で川の字になって焚火の近くで眠り、夜を明かした。その間、ヒノビはずっと焚火の番と見張りをしていたらしい。


 いくら危険が少ない場所とはいえ、いつも夜が安全であるとは限らないからだそうだ。


 ヒノビに起こされたのは、まだ太陽が昇っていない時間帯。東の空すら星がはっきりと見えてるほど夜明けには程遠い。


 焚火の処理をして、大きなリュックを背負い、まだ暗い草原を半分以上眠っている脳みそに自声を掛けつつ、トボトボと拙い足取りでヒノビの背中を追った。


 やっと太陽が顔を出し初めた頃に、うっそうとした森の入り口に到着した。そして、現在一行は、キャンプとして停留していた小高い丘を離れ、木々が生い茂る薄暗い街道を歩いていた。


 基本は街道に沿って歩けば『アンブルグ』に着くことができる。それなりに整備されている道ではあるが、サイドに広がる木々から伸びた太い蔦によって足元が不安定でバランスを崩しやすく、幼い体の子供達にとっては歩きにくさこの上ない。プラスして、彼彼女らを苦しめるのは、背負っている大きなリュックだった。


 その大きさ故に、枝に引っかかったり蔦を乗り越える際に重さに負けてこけかけたり、振り返った際に意図せず前を歩いている誰かをリュックで吹っ飛ばしてしまったりと、非常に旅路を邪魔してくるうっとうしい存在だった。だが、このリュックの中身がなければ学校に行くことができないのだから、簡単に捨てることができないのがもどかしい。


 森の中では、鳥や虫の声が痛いほどに4人の鼓膜をたたいている。静かなイメージのあった森とはかけ離れて、うるさい以外の言葉が見つからない。


 実際の森を見たのはこれが最初で、三人の印象は最悪だった。


 街の出店通りだと商人達とお店の人の様々な声が入り混じって喧しいと感じることはあったが、それ以上にこの状況は不愉快極まりなかった。


 街の外へ抱いていた幻想が現実というハンマーによって現在進行形で砕かれている。その衝撃は期待していたこともあって、かなり大きい。


 また、森の中は湿っぽく、日の光もほとんど入ってこないため風が一切ない。蔦も気時の間を伝って範囲を広げていることでより日の光を閉ざし、空気の逃げ道をなくしているように思える。


「森って、こんなに騒がしいんですの?」


「先生が言っていた森は、小鳥のさえずりや木の葉が風に揺れてカサカサと鳴るような優しい音が支配していると聞いたんですが……」


 エリスは耳を軽く押さえながら、オークスは頭を抱えながらこの状況に悪態をつく。


「確かに、結構やかましいかも……前来たときはもっと明るくて、静かだったんだけど……」


 ヒノビも自然体でいつつ、エリスやオークスと同様に煩わしさは感じていたらしい。


 耳を手で押さえると足元がぐらついたときにバランスを崩しやすく、逆に抑えなければ耳が虫の声に蝕まれる。どっちもどっちなこの状況、外の世界に慣れない子供たちはかなりのストレスになっている。


 その後もしばらく歩き、眼前に巨木が出現したあたりでエリスが切り出した。


「ヒノ先輩、そろそろ休憩いたしません? さすがに喉とお腹と足が限界ですわ」


「エリスの言うとおりだ。ヒノビさん、少し休憩にしましょう」


「そうだね。じゃあ、ちょっと狩りに行ってくるから、あそこの大きな木の陰で休んでて」


「「「はーい」」」


 朝から歩きっぱなしというのは幼体によく堪える。日中散々街中で遊んでいるとはいえ、慣れない道を歩くことの疲労は想像を絶していた。


 元々ヒノビが合流するまでのルートはこれ以上に過酷だったことを考えると、彼女が加わってくれたことでかなり助かっていると感じられる。


 ヒノビは颯爽と森の奥に消えていった。その姿を最後まで見ることなく、一目散に木陰を目指していたエリス。返事をしてはいたが、おそらくほとんど言葉は聞こえていない。


 エリスはヒノビ指定の大きな木の根元に到着すると、重邪魔かったリュックを投げ捨て、どっかりと腰を落とす。


「はーーーーー。とっても楽しいのですけど、その倍以上にキッツイですわ」


 先についたエリスは珍しく愚痴をこぼしつつ、額に汗を光らせている。


「………………」


「エリス、オークス大丈夫か?」


 エリスに続いて到着した二人、オークスの方は、あまりにも疲れすぎていたため、ロイスが肩を貸して彼女の隣にゆっくりと座らせた


 それぞれの体調を気にしつつ、ロイスは自分のリュックから大きな水筒を取り出して


「ほら、ゆっくり飲んで」


 と言って、2人に水を渡した。


 水を目の前にしたエリスは電光石火のごとくそれを受け取り、ロイスの忠告を聞くことなく、乾ききった喉から干からびそうな体へと流し込む。オークスに関しては、疲れすぎていて一言も発することなく、ロイスの忠告通りゆっくりと飲んでいた。


「ぷっはぁ! 生き返りましたわ! 水ってこんなにおいしいでしたのね。街にいたときは気づきませんでしたわ!」


「今にも死にそうな表情だったけど、今はすごく生き生きしてる」


「水のおかげですわ」


「持ってきておいて正解だったよ。もういっぱいいる?」


「もらいますわ」


 空になったコップを回収し、新たに注いで彼女に渡す。


 水によって復活し、明るい表情のエリスとは対照的に暗く絶望的な表情のロイス。彼は日頃、授業中に眠るか本を読んで過ごすことを好んでいたため、外を歩くことにあまり慣れていない。


 三人の中で一番子供らしく走り回って遊んでいるエリスがこの様子だと、彼がこうなるのも自明の理である。


「ロイス……もう一杯お願い」


 ぐったりした様子のオークスは、ゆっくりと飲み切ったコップをロイスへと渡した。


「はい、どうぞ」


 受け取ったコップに並々と水を注いで、再び彼に渡す。


 その様子を見てエリスはポツリとつぶやいた。「もし私が魔法を使えましたら、こんな時風を起こして涼ませたり、水を出して喉を潤わせてあげられますのに」


 彼女はもどかしさを顔に滲ませながら、額の汗をぬぐう。


「エリスの言う通りですね……」


 水があふれそうなコップを見つめながら、放心したままの表情と無気力な声で彼女のつぶやきに肯定の意思を表す。


「でも、僕はヒノさんのような強力な魔法は欲しくありません。今の僕たちが助かるような、こういう状況に役立つ魔法を習得したいです」


「私は、あれぐらいの魔法を使えた方がいいと思いますの。だって、いつ危険な目に合うかわからないですもの。護身用に身に着けておいて損はないはずですわ」


「俺もそう思う。たくさん魔法のことについて勉強しているけど、やっぱり魔法はどんな時でも助けになると思うんだ」


 二人は初めて魔法を間近で見たことへの胸の内を語った。エリスは魔法を自己防衛のために、ロイスは魔法で様々なことのサポートをするために、オークスは二人の進む道を支援する方向に考えていた。


「魔法にはとても興味がありますわ。それは先生から教わる前から思っていたことですの。それに、魔法の恐ろしさは最初に先生に教え込まれたものですし、覚悟はしていましたわ」


「確かにそうだね。おそらく一番恐ろしかった授業だと記憶してるよ」


 苦笑しながらきつい授業のことを思い出す。


 勉強熱心で、貪欲に質問を投げ続ける彼にとって、先生との授業は至福の時間だった。しかし、そんな彼が一度だけ恐れた「初回」の授業。それは先生と関わりを持ってからしばらくたち、一般的な内容の授業をある程度終え、『魔法』という特別なものへ移行する段階での最初の授業。ある種の最終警告的なニュアンスを持ち、これから習おうとしていることがどれだけ普通とは違うのかを教えられた。


 しかし、それを教わっていた時は今よりもずっと子供で、先生からの忠告も子供心で理解していた。


「それでも、実際にヒノビ先輩の魔法を見て、やっぱり先生の言っていたことは本当だったと思いましたし、あれを私たちが習得してどうするのかは私たちが決めなければいけないことだって思ったんですの」


 理解しているつもりになっていたと、今、本当の意味で理解できている。早目に魔法を披露してもらえたからこそ、学校で習う前にその事柄自体の持つ危険性を体感できたとっている。


 いったいどれだけの人が魔法を習いに来て、それを身に着け、どう使っていくのか。それは最重要で、目的をしっかりしていない人に教えたとしてもそれはただ凶器を持たせただけに過ぎない。扱えない道具は凶器と同様なように、魔法はそれと同等以上に危ないものだ。


「僕も、確かに魔法は恐ろしいと感じましたね。でも同時に、これは大きく時代を変えるもので、人類にとって有用になるものだとも感じました。どちらに転ぶかはやはり本人たちが魔法をどう使うのかに託されている気がします」


 魔法を習い、それを誰かに自慢する程度だったら、さほど問題は起こらないだろう。だが、人がそれだけで満足できるのなら戦争など起こりえない。長らく魔法商品としてしか、魔法と触れ合う機会がなかった中で、魔法商品の作り方を知るのではなく、魔法を習うことができるのだから。邪な心は嘘で固めればバレにくくなる。


 それを見抜くのは並み大抵の事ではない。


 仮にそれを見抜く魔法があったとすれば、先生が入学させようとしている学校にそういう魔法使いがいるのならば、今後の大きな課題となりうる『魔法の用途』を見抜くことができるかもしれない。


「それをある程度まで導くのは、その学校の先生であり、かつ生徒同士であるべきだと思います。どれだけ親や大人から言われたって、やりたくないことや自分の意思に基づいた行動を変えることはできないはずですから」


「友人や家族のため、家柄のため、自身の功績を立てるため、いろんな用途に使えてしまうのが魔法だしな。『特別』を持つってことはそれだけ先を考えておかないと、この世界が瓦解しかねない」


 魔法は今までの普通を壊す概念である。何もない場所から炎や水などを生み出すのだから。それが現代で浸透すれば、おそらくいくつかの産業商業が廃れることにもなる。


 しかし新たなものが生まれるのも確かだ。廃れたとしてもそれが完全に消えることはあり得ない。


 新たなものを生んでくれる種をまくことはとても良いことだ。それに上手に水を与えて芽を出し、立派な花を咲かせるまで世話をし、花が咲けばまた次の世代のタネをまく。その循環の第一歩目を踏み出そうとしている。


 そんな少しばかり真面目に、小難しい話をしていると、


「んぅ……ロイス、オークス、難しい話はよして。頭が痛くなりますわ」


 頭を抱えながら話を聞いていたエリスが、苦悶の表情を浮かべて二人の間に割って入る。「エリスごめんなさい。要するに僕は、この3人で魔法を学べることはとてもうれしいことですし、力の制御や修正を担い担わせてくれる大切な存在だとも思っています」


「そんな事当り前ですわ。友達なのですから」


 力強いエリスの言葉、それは当たり前の言葉のようで誰かに言われることが難しく、望んでもらえるものではない。


 だからこそ、エリスのまっすぐな言葉はとてもよく響く。


「俺もエリスと同意見。魔法の『探求』はできていてもそれを使う『方法』についてはとても疎い。だからその部分はオークスとエリスに任せたい」


「ロイスの魔法への知識欲はすごいからね……」


「任せてくださいまし!そんなのたくさん思いつきますわ」


 個が個を補い合うこの関係は、学問においても有効な手段だろう。それぞれが違う特性を持ち、考えを持ち、目標を持っている。凸凹だが、知識を補完し合えるこの関係はそれぞれを大きく成長させる。


 知識をロイスが、発展・応用をエリスが、その両方の補足をオークスが助け合う。


 この構図だとオークスの負担が大きいように思えるが、彼にとっての魔法を学ぶ目的は二人の支えになること。その目的がある限り、助けることが苦になることはない。


「でもエリスはもう少し魔法について深く知っておいた方がいいかもね」


「なんですのロイス?私がばかだとおっしゃりたいのかしら?」


「なぁオークス、俺は結構遠回しに言ったはずなのに、どうしてエリスはこういう時しっかり芯をつかめるんだろうな」


「エリスも勘がいいってことだよ」


「「あはは」」


 ロイスとオークスは二人して笑った。


 エリスはその二人の頬を引っ張りながら、鬼の形相で彼らに謝罪を要求している。だが、二人はお互いに目を合わせてくすくす笑い続けている。


 子供らしい。その一言に尽きる場面。


 もうすでに疲れを感じさせない、もしくは回復しきっているのかもしれない。


「いいですわ!私は絶対に二人をぎゃふんと言わせますからね!」


 鼻息を荒くして、頬を赤らめながら高らかに宣言した。


「俺は絶対にエリスに追いつかれることはないですー」


「ロイスに追いつけるように手伝ってあげるね」


「わ・た・く・し一人の力でお二人に勝って見せますわ!オークス!あなたにも挑戦させていただきますわよ!」


「ぼ、僕はもうエリスに負けてるよ」


「それは負けを認めたってことですわね!後はロイスですわ!」


「うーん。負ける気がしない」


 やんちゃな雰囲気が戻った。ここまでの道中は移動するのに必死であまり会話が弾まなかった。


 蔦に悪戦苦闘しつつ、騒音と何ら遜色ないほどの虫の声にいら立ちを見せながらここまでやってきた。


 ヒノビはその種族の特徴もあってか、疲れているような雰囲気はない。今だって休憩している子供たちのために昼食となる獲物を狩りに行っている。


 同じ先生に育てられたというのに、とてもサバイバルに向いている教育を受けているようだった。


 巨木は、森の中から少しだけ丘のようになった場所の頂上に生えている。その幹の太さはエリス達三人が両手を広げても測りきれないほど太い。上を見上げれば無数の枝と青々とした葉がこすれ合い、時折太陽がこちらに視線を送る。


 木陰になっている根元の部分にはそよ風が吹き、三人の体を癒していた。


 淀んだ空気の充満する森の中とは違い、澄んだきれいな空気がそこにはあった。


 三人ともその細かな違いには気づいていないが、その環境が自然と彼らの体を急速に癒す要因となっていることは間違いない。


 そんな巨木のもとでヒノビと別れてから数十分待っている。昨夜の狩猟風景を見ていた三人からすると、遅いなと感じていた。


 ウサギ以上のスピードで動け、動物を見逃さない集中力と的確に急所を突く彼女の技量をもってすればここまで時間がかかるとは思えなかったからだ。


 平原とは違って遮蔽物の多い森の中でその本領が発揮されないことは十二分に考えられることだが、大陸最強の種族の血を引いている彼女がそれぐらいにハンデで仕留めそこなうとは思えない。


 故に、これほどまでに時間がかかっているこの状況には違和感を覚えずにはいられない。そんな不信感を抱きながら待っていると、突然森から虫の声が止んだ。それと同時に鳥が一斉に森から離れていく。


 その光景を見て瞬時にロイスが叫んだ

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