74話「孤児院11」
その沈黙を破ったのは1拍手鳴らしたクク爺だった。
「ここは子供たちが楽しく、立派に育って、再び社会という大きな場所に巣立つための場所。私の沈んだ話はやめにしましょう」
何度も同じようなことを経験しているからか、気持ちの切り替えも早い。
何度落ち込んだとしても、過ぎた事をどうにかできるわけもない。その度に立ち上がり、目線を前へと向けてきたのだ。
それだけ見てもクク爺がどれだけ孫思いで、心を折らずに生活しているという強さと優しさが垣間見える。
「俺も、探している人がいるんです」
クク爺の心意気に動かされたか、ロイス口が開いた。
「1年前に数日しか一緒にいなかったけれど、命を救ってもらった人なんです。気づいた時には消えてしまっていて……お礼もできてなかったと思います」
「それは、随分と気に病んだことでしょうね。軽い気持ちではなく、本心からの助言をひとつ――――」
クク爺はモノクルの奥から力の籠った眼差しをロイスに向けた。
そして、「また、必ず会えますよ」と優しく言った。
クク爺の助言にロイスはなにか言うわけでもなく、静かに頷き拳を握った。
「さぁ、夜も更けてきますよ。部屋に戻りましょう」
部屋に戻ったロイスは物憂げだった。
苦労せず潜入できたとはいえ研究所に関する手がかりがほぼ見つかっていない。さすがは魔法を研究する機関だと賞賛すらしてしまいそうな程に、徹底的な隠蔽がなされている。
そんな場所をゴッドゥは見つけたのだから彼の情報網の広さには感服する。と同時に、その情報が間違っているのではないかと疑ってしまう。
ゴッドゥの情報網で特定された現地にいながらその痕跡が一切ない。これにはいくつかの理由が考えられる。
ひとつは孤児院の中とはいえその敷地は広い。つまりはロイスが案内された建物にはないという可能性。もしくは案内されていない場所という可能性が考えられる。
どちらにせよまだ可能性は残っているが、時間的に余裕は無い。
「夜中に抜け出して建物以外を探してみるか……」
幸いなことにこの孤児院では巡回という仕事をしている人はいない。理由はわかっていないが、クク爺がそう言っていたのでそうなのだろう。ならば、夜中に抜け出して散策することは可能だということ。
目的地はこの建物以外の場所。アバウトだが目星が付けれない現状、虱潰しで探すしかない。どうにかラズが囮になるという作戦実行前に解決したい。
ゴッドゥの情報が正しく、この場所に研究所があると考えて行動しているが、もし間違っていた場合に大変なことになってしまう。
渓谷で綱渡りをしているような状況を打開するには、今夜見つけるしかない。
そう決心したロイスは、早速支度を始めた。とはいえ準備するものはランタンとハサミのみ。ランタンは外での明かりとして、ハサミはこの部屋にあった唯一武器になりそうな道具だった。他に持ち込んだものがなければ今から必要だと思う道具も特に思いつかなかった。
必要なものをポケットと手に携え、部屋を抜け出す。
いつもは子どもたちの笑い声や駆ける足音で賑わいのある廊下や広場は寂しさを漂わせている。その中に濁った月明かりが差し込めば、途端に不気味な雰囲気へと変貌する。
ロイスのいた棟はCと書かれた場所であり、A棟と広場を挟んで対面にある。
今からロイスが向かうのはB棟の裏手にある草原のような場所。広大な敷地を有するこの孤児院の大半を占めているのが、この大きな庭だ。
ロイスは早速その場所に足を踏み入れランプに明かりをつけて散策を開始する。
「さて、とりあえず向こう側の壁まで歩いて、それに沿って探してみよう」
そう言って遠目に見える白い壁を見据え、一歩踏み出そうとした瞬間、背後から気配がした。




