73話「孤児院10」
図書館を後にしたロイスは姿を隠していく太陽を目の端にとらえ、孤児院の建物に囲まれた庭の中央で逞しく育った木の下にいる白髪の老人――――クク爺の元へと足早に移動する。
もうすぐ約束の時間が迫っていることもあって適度なランニングの速度で向かう。
子供に囲まれ身動きが取れない状態のクク爺の傍を離れ、図書館で私事を済ませようと無理やりな理由を告げていたが、怪しまれていないだろうか。
まぁ、少し怪しまれたとしても研究所について調査しているとはバレていないだろうからそれほど心配することではないのかもしれない。
そんな杞憂に終わるような悩みを抱えながら木の下に到着する。
「お待たせしました。クク爺」
「おぉ、ナベル君、時間ぴったりですね」
ロイスの考えが杞憂だと決定づけるように柔和な笑顔がそこにはあった。
「調べ物をすると言って走り出していったけど、何を調べてきたんだい?」
至極真っ当な疑問を直球で投げかけてきた。
「実は、調べ物といったのは言葉のあやでして、本当は本が読みたかっただけなんです。俺は昔から本だけが家の中での楽しみだったので……」
その答えを聞いて申し訳ないことを聞いたと慌てた様子であたふたしている。
「それは、気づけなくて申し訳なかったですね。てっきり、子供たちに囲まれるのが嫌なのだと思って逃げ出したのだと思っていたけど、それもあながち間違いではなかったのかな?」
「そうですね……いつも一人で過ごしていたので、こうやって和気あいあいとした場所にいる自分が夢なんじゃないかって思うと、どうしてもいてもたってもいられなくなっちゃって……」
「苦しい状況から逃げてきたというのに再び同じような状況にさせてしまっていたというわけですね……この孤児院の職員としてやってはいけないことをしてしまいましたね……」
「責めているわけではないんです。だから気負わないでくださいクク爺」
申し訳なさそうにうなだれているクク爺が、酷くしおれているように見え、とっさにフォローの言葉を投げかける。
その言葉を聞いて幾分か気分が上向きになってくれたのは行幸。しかしそれが一時的なものに過ぎないとロイスも心中では察している。
「私の孫も本が大好きだったんです。そしてナベル君と同じように人の輪に入ることや入れられることに抵抗感があり、いつも図書館の虫として一日を過ごしていたのを思い出しました」
「そのお孫さんとはとても気が合いそうですね」
見ず知らずの人物を脳内に勝手に形成して、ないはずの記憶を創造しながらロイスは、にんまりと笑顔を浮かべる。
幸いなことに太陽は完全に姿を隠してくれていることもあり、その表情がクク爺の目に入ることはなかった。
「えぇ、会うことさえできればきっと会話に花が咲くことでしょう」
「どこか遠いところにいるのですか?」
「遠いところ……そうですね。数年前にこの場所から姿を消して以降、どこにいるのかさっぱりわからなくなりました」
「え……」
クク爺は先ほどの暗い表情とは違い、空っぽで虚しさを滲ませている。悲しさから涙を流す時期はとっくに過ぎ、信じられなくとも現実がその事実を突きつけ、目をそらしたくてもみるしかない今を無理やりに飲み込んでいる、そんな空虚で灰色な心境が伺える。
ロイスは、かける言葉はいくつも思いつくが、それを口に出す勇気がなかった。故に、この場に訪れたのは数秒足らずの沈黙。




