72話「孤児院9」
二人は傍にある木の椅子に座ると、互いに持っていた本について話が弾む。
ロイスはアリスが持っていた数々の本の中でも最も関心のある魔法に関する本を手に取り、少々熱の入った解説を披露した。
アリスの方はロイスが読んでいた本が置かれている棚がどういうものなのかを軽く説明してくれた。結果としてだが、この孤児院に関する蔵書は置かれていないようだった。資料棚と書かれてはいるが、殆どの本がどのジャンルにも属しておらず、子どもたちからの人気もない本が置かれているようだ。
そこで、この孤児院についての本はあるのかを尋ねてみるものの、文字を読めないアリスにとってどの本が関係しているものなのかがわからないらしい。それもそのはず、ここにある本すべてを読み聞かせてもらっているわけではないため、内容まで把握している本は少ない。
ロイスが魔法の話をするとアリスの目は子供らしい輝きを放った。純粋無垢で汚れを知らない瞳がロイスを覗き込んでくる。
根も葉もない噂も綴られており本の信憑性が揺らいでしまったが、核心をついているものもいくつかあることを散見し、噂もあながち間違っていないものも風聴されているようだ。
「ところで、アリスはどれくらいここに住んでいるんだ?」
ロイスが極厚眼鏡を重そうに押し上げ、屈折の関係で大きくなった双眸をアリスへと向けた。
「ご、ごめんなさい。お、覚えていないんです」
「小さい頃からずっとここに?」
アリスは静かに頷いた。
「気づいた時にはここで遊んでいたんです。どこで生まれてどうやってここに来たのかはわかりません」
この孤児院にいる子どもたちの殆どは家庭内に問題があったか、ロイスのような特殊な子どもたちであることが多い。だが、幼児期の内にに預けられる子供は珍しい。大抵は育てていく内にストレスや不運が重なることによって預けることを検討するからだ。
「お、親の顔がわからないから、とくべつこの場所から離れたいと思ったこともないですし、街に行きたいとも思わなくて……貰い手が現れにくいんです」
貰い手とは、この孤児院にいる子供を養子として受け入れる家族のこと。生前の子供と似ているから、子供が生まれなかったから、子供が好きだから、理由は様々あるが子供に対して特別な感情を持っている人が訪れるらしい。
「アリスは、ここの外の世界を知りたいとは思わないの?」
「それはもちろん思います! でも、知るだけでいいんです。この場所にいながら知るだけで……」
未知なるものへの好奇心はあれど、未知ゆえに踏み込むのに躊躇する。誰もがロイスのように好奇心によって突き動かされているわけではない。
アリスにとって外の世界を知ることができるのがこの図書館というわけだが、文字を読むことができればもっと視野を広げられるだろうにとロイスは思う。
「魔法……には、前から興味がありました……ナ、ナベルさんに教わって、もっと知りたいと思いました!」
「アリスなら魔法をいい方向に導いてくれそうだ。でもそのためには文字が読めなきゃダメだね」
「うぅ……頑張ります……」
弱いところを突かれた様子で恥ずかしそうに顔を下げる。
魔法を学ぶためにも文字が読めることは必須条件。ロイスにはまだ出来ないが、魔法を制御する方法にも文字を使用する場合や文字から魔法を発現させる方法だってあるかもしれない。
わからないことが多い魔法の分野は、わからないことだらけだからこそどんなことだって新鮮で最高の発見となる。アリスが今、文字を読めないからといっても遅れを取っているわけでは決して無い。充分に追いつける情報量であり、発展度合いだ。
「ごめんね。引き止めてしまった。俺はこの本を片付けてクク爺のところへ行くよ」
ロイスが外に目をやると、いつの間にか赤く染まっている空が見える。日の入りが近い。約束の時間が迫っていた。
元々アリスも本の挿絵を見ようと思ってこれらの本を抱えて移動していたところと、ロイスとぶつかったことによって引き止めてしまった。
席を立ったロイスは持ってきた本を腕に抱え、アリスに別れの挨拶を簡単に済ませると資料棚の方へと歩いて行った。
本を片付けて振り返ると、すでにアリスは全ての本を持って奥の机へと移動して本を広げていた。




