71話「孤児院8」
「君の方はどうだったんだい? 魔法に関する本を読んでいるようだけど……そんなものまでここにはあるのか」
研究所が併設されている施設であるため、一冊ぐらいは魔法に関係する本があったとしても不思議ではない。とはいえ、彼女が持っている本は魔法についての想像上の話をまとめただけのものだ。なんの根拠もない、おとぎ話のようなものに過ぎない。
しかし、わざわざその本を選んだということは魔法に関して肯定的な想いを持っていると考えられる。嫌いなものが描かれている本をこれほどの蔵書の中から選ぶ理由がないからだ。
「この文字が読める……の?」
きょとんとした表情で、机の上に積み立てられた本の塔を指差す。
思っていた反応と違ったものだったため、ロイスは面食らった表情で思考を巡らせている。
「俺はもちろん読めるよ。君は、文字が読めないけど本を読んでいるっていうこと?」
「も、文字は読めないから絵を見てるの」
「挿絵を見て楽しんでいるんだね」
文字が読めないが数ページごとに挟まれている挿絵を見て楽しむという読書の方法をとっているらしい。
彼女の持っていた本の種類が疎らだったのは、単純に表題が読めないから適当に手にとっているだけだった。ということは、彼女が魔法に関心があるというのも、肯定的な想いを持っていることも単なる杞憂に終わってしまった。
「君は、言葉はわかるんだよね?」
純粋な疑問を彼女に投げかける。
「う、うん。会話はできるよ。だ、だけど、頭は良くない、かも」
両手の人差し指をくるくると回しながら、うなだれた様子で答えた。
「会話ができているだけでも君は頭がいいよ。文字を覚えられたら便利だけど、一番は会話が上手じゃなきゃな!」
ロイスは彼女の才能を本心から褒め称える。
事実、文字を読めることよりも会話が成立するほうがよっぽど難しい事をしている。それを彼女は自覚していない様子だ。
「あ、ありがとう……えっと……名前、教えて?」
「俺の名前はロ……じゃなくて、ナベルだ。君は?」
「アリス……」
「アリスか、可愛らしい名前じゃないか」
「ありがとう……」
褒められ慣れていない様子で、消え入りそうな声とは裏腹に奇妙な踊りのように彼女の体が嬉しさを表現している。