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三つの魔法と螺旋の星屑  作者: 長尾 驢
第2章「エリスの魔法」
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68話「孤児院5」

 孤児院の棟は5つあり、それぞれにA〜Eの文字が割り振られている。それぞれの棟に違いはほとんどなく、一階部分にある部屋が少し違うだけである。二階部分はほぼすべてが子供たちの部屋となっており、基本的には大人が介入することはない。そして、研究所になっているとも思えない。

 理由はいくつか思いつくが、一番妥当なものとしては魔法の研究に使う機材や被験体の搬入に苦労するためだ。どう考えたって一階に研究室があったほうが楽である。もしくは地下であれば搬入することだけを考えれば容易くできる。

 院の案内は至って単調で代わり映えのあるものではなかった。ただし、街や村のように人が集まって住むためのこの場所を子どもたちが運用し、実際に利用して生活しているという点においては、違和感があった。

 普段大人がやっているところしか見たことがないような場所にも子供がいるためにそう感じるのだろうが、しっかりとその役割が機能している部分を見れば本当に一つの国のように思える。孤児院と称されているだけの国のように。

 院内で働いている大人も幾人か見受けられた。クク爺もその一人で、みんなが同じようなウール製のシャツを身に着け、モノクルを着している少し年のいった方が多いようだった。少なくとも、一周だけした間に若い人はいなかった。それ以上に気になったのは、大人の人数が子供の人数と比べれば圧倒的に少ないという点だ。

 孤児院に囲まれた中庭のような場所に様々な商店が並んでいるが、その殆どは子供の店員が切り盛りしている。また、孤児院の中に入って主要な広間や食堂、礼拝堂、勉強部屋などの部屋を巡る間にすれ違った大人は数名。対して子どもたちの場合は常にすれ違っている。万人いればそうなることは当然なのだが、その圧倒的な差には疑問を抱かざるを得なかった。

 孤児院として機能しているのであれば、職員がいるはずだ。仮に20人の子供に対して1人の大人がついたと仮定したとして、この孤児院には500人ほどの大人がいることになる。それは明らかにおかしな数だった。どれだけ見渡してみても、院内の案内中に探してみても、それほどの人数がいるとは到底思えない。

 この施設において大人の役割が気になり、隣を歩くクク爺にロイスは尋ねる。

「子どもたちの数に対して大人の人数がかなり少ないようですが、どうしてですか?」

 その問いに対して、クク爺は小首を傾げて少し考えてからポツリと言った。

「ここが子どもたちにとって楽園だからですよ」

「楽園?」

 宗教的な回答にロイスも首を傾げて復唱した。

「単純な話、ここにいる子どもたちの殆どは大人に対して失望してやってきた子たちばっかりだ」

 建物に囲まれた中庭のような広場の一角にある木陰に腰を下ろしながらクク爺は話を続ける。

「体罰や暴力、いじめ、差別、奴隷……境遇は違えど絶望という想いだけは一緒でね、大人を極端に嫌う子も少なくはないんだよ。だけど、いつかは彼らもおとなになって、一人でも生きていけるようにならなければならない。そのための訓練場なんだよここは」

「訓練場? 先程は楽園と……」

 言葉尻を捉えたいわけではないが、少し前と言っていることが違っていたため思わず聞き返してしまった。

「これはすまない。子どもたちにとっては自由に暮らせるということが楽園なのですよ。私達大人にとっては、この孤児院は他の孤児院と何も違いのない、子どもたちを教育して社会に排出する訓練場だと捉えているんです」

 視点の違いによってこの場所を言い換えていたということ。子供視点と大人視点では、孤児院の見え方、捉え方、居心地など全てにおいて違ってしまう。

 クク爺は少し寂しそうな表情をして、無邪気に走り回る子どもたちの背中を眺めていた。

 元来、初めての孤児院が設立されてからというもの、その役割は殆ど変わらず展開されてきた。子供の拠り所となり、子供が成長できる環境であり、大人となって去る場所と伝えられてきた。特別そういった定義やルールがあるわけではないが、本質的な部分は見失わずに発展したのだろう。

 何も珍しい理念を掲げてはいない。子どもたちのことを想って、大人が勝手にそうしたいと思ってそうしているだけである。

 これを大人のエゴと捉えることもできるだろう。子供が入ってくる要因を作ったのは大人だが、卒業させるのも大人の都合だ。子供中心で考えられていないところを見ると、偽善のようにすら思える。しかし、子どもたちにとってはそれでも救われていることに変わりはないのだから均衡はとれているとも言える。

「クク爺は、どうしてここで働こうと思ったんですか?」

「子どもたちを一人でも救いたいと思ったからですな」

「だからこの場所を選んだの?」

「場所はどこでも良かったですし、やることも何でも良かった。ただ、子どもたちを助ける仕事がしたいと思っただけです」

「今はどう? 夢は叶った?」

「どうでしょう……長らく務めていますが、未だに実感は湧きません」

 どこか遠くの見えないものを見ようとしているようで、その横顔は哀愁を感じさせる淋しいものだった。

 ロイスもその表情を見ればクク爺が現状に満足していないことはすぐに気づく。だが、彼の表情をよく観察してみても、その漠然とした寂しさと虚無感を感じている理由までは突き止められない。長年ここで働いているのだったら、決定的なものが欠けているはずだが、クク爺自身もその『何か』にはたどり着けていない様子だ。

「それでも、子どもたちの多くはクク爺を慕っているようですよ」

 チラチラとこちらの様子をうかがう視線を全方向から感じ、居心地の悪さに身を捩りながら全ての視線の先にロイスの姿が写っていることに気づく。

「さっきから、ずっと俺のことを睨んでくる子どもたちが多いので、きっとクク爺といっしょに話せているのが羨ましいんでしょうね」

 ロイスはおしりについた若草を払いながら立ち上がった。

 同じようにクク爺も立ち上がろうとしたが、ロイスはそれを止めさせ、座っているようにと軽く指示を飛ばす。

「すこし、1人で回らせてください。日が暮れる前にはここに戻ってきますから」

 そう言って立ち去ろうとすると、ロイスの腕をクク爺が掴んだ。彼は何かをいいたげな表情をしながら口を開けたが、そこから言葉が紡がれることはなく、口を閉じると同時に暗く表情に影を落とした。

 するりとロイスの腕からクク爺の手が離れると、その表情にはどういう感情と想いがあったのか気にはなったが、何も聞かずにその場を立ち去った。

 ロイスがクク爺の傍を離れると、波のように押し寄せる子どもたちの姿があった。すぐに身動きが取れないほど周囲を囲まれたクク爺は、先程の表情とは打って変わって明るく弾けるような笑顔になり、子どもたちと会話を弾ませた。

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