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三つの魔法と螺旋の星屑  作者: 長尾 驢
第2章「エリスの魔法」
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66話「孤児院3」

「どうですか? 聞こえでしょう?」

 わずかだが聞こえるハーモニーに耳を傾け、その音色を吟味するロイス。歌や曲に関して評したことがないため、どういう観点ですごいと称されるのかは不明だが、聞き心地は素晴らしいと感じていた。

 歌は人々の心を癒すと聞いたことがあるが本当なのだろうか。

「きれいな歌声ですね。さすが神様への届け物と言われているだけあるかと」

 お世辞でも何でもないが、特に気持ちを込めた感想でもない言葉をクク爺に伝える。

「そういっていただけて、皆も喜ぶことでしょう」

 クク爺は屈託のない笑顔を見せた。

 自らが言い放った感想がお世辞でなければ、クク爺と一緒に温かな気持ちを抱いていたのかもしれないが、チクリと胸が痛むのを感じていた。

 出会って少しの時間しかたっていないのにも関わらず、そんな感情を抱いたことに自分でも驚く。

 オークスやエリス、ネモ、先生のことを考えれば、クク爺との経験値は圧倒的に足りていない。感情を動かされるほどの関係値でもないはずなのに。

 そんなふとした疑問に無駄な思考回路を使わせまいと、首を振り、きょうせてきにしゃっとあうとさせる。

 クク爺と並んで建物のある場所まで到着し、すぐさまロイスは治療を受けることになる。


 孤児院はいくつかの建物の集合の総称となっていた。

 ゴッドゥからこの施設の収容人数を聞いたとき、どれほど大きな建物があればそれだけの人数を収容できるのか疑問だった。

 その正体は、単純に建物の数を増やし、収容人数を増やすという原始的な方法がとられていただけ。白のように巨大な建造物があるわけではなかった。

 建物の一つ、Aと壁に大きく描かれた棟の一階にある診療所のような部屋に、クク爺に連れてこられていた。

 扉を開けて入れば一つだけあるテーブルの横に白衣を着た人物が座っている。それ以外には診察の際に使用するであろうベッドと夜でも患者の状態がはっきりと見えるように御霊灯が四つほど天上からぶら下がっていた。今は昼時のため、その石が効果を発揮してはいないが、入れられた容器の中でか細く光を放っているのが見える。

「全身打撲ですね。原因は?」

「父親から……暴力を受けていました」

「ふむ、確かにこぶしで殴ったとき特有のあざが見受けられますね」

 医者と思わしき男性に診断を受けるロイスは、静かに事が終わるのを待っていた。

 潜入捜査とはいえ、このまま治療室で過ごすのだけは勘弁してほしい。すぐさま施設内を歩ける状態だと判断されることを願っていた。

 とはいえ、協力者の男性から受けた傷はロイスが思っていたよりも重症らしく、医者の表情は初めてロイスの顔の状態を見た時から一向に晴れる様子はない。むしろ、服をたくし上げて腹部や背中を見てからはより一層表情を曇らせていた。

「暴力を受けてここに来た人は何人もいますが、これほど全身を殴られるというのは珍しいですよ」

「と言いますと?」

 クク爺が疑問に思いさらに聞き返した。

「普通、人間は防御反応として痛みから逃げようとします。例えば、腕を骨折したとすればその腕をこれ以上痛めることがないように絶対安静にしようとするのです。暴力でも一緒で、お腹を殴られればもう一度お腹が殴られないように体を丸めて背中に攻撃を誘導したり、腕でガードをしたりするのです。ですが彼は、全身が痛めつけられているのです」

「逃げようとしていなかったと?」

「そうとは言い切れません。四肢を縛り付けられて拷問されていた場合もこのような状態になります」

「相当過酷な状態だった可能性があるのですね」

 ロイスの横で医師からの診断を一緒に聞いていたクク爺が表情に影を落としていた。

 その横顔を見ていたロイスは、彼がどうしてその表情になったのかを察することはできなかった。

「とにかく、今日は全身を冷やして安静にしてもらいます。クク様、また明日になってから来てもらってもいいですか?」

「もちろんです。院長には私から報告しておきましょう。新たな仲間が一人増えたと」




 ★☆★☆★☆★☆★




 

 時は少し進んで、ロイスが孤児院に無事潜入できた日の深夜。一人の男がロイスの元を訪ねてきた。時間が遅かったことやその日に受けた傷を体が癒そうとしていたこともあり、ロイズがその男の訪問には気づくことがなかった。

 暗がりの中をうごめく影はロイスの寝ているベッドの横へ移動すると、怪しく手を伸ばして彼の額にかかった髪をゆっくりとどけると、どかした手が震え始める。

「かわいそうに……」

 ボソッとこぼれた言葉からは、極まった慈愛が感じられた。

 誰もいない部屋に溶けた言葉を二度と聞くことはできないが、影の一言には空気をも振るわせるような感情が込められていたのは確かだった。

 

 次の日の朝、さっそく訪れたクク爺が医師からの経過報告を受けていた。

「ナベル君の状態は好調です。昨日よりもずっとあざの状態は良くなっています。冷やしただけでこの回復力でしたら、今日で歩いても問題ないかと」

「それはすごいです。ナベルくんはきっと神に選ばれた特別な子供だったのでしょう」

 自分が褒められたわけでもないのに、クク爺はとてもうれしそうに笑っていた。

「大袈裟ですクク爺。子供は成長が早いんです。けがの治りだって成長と同じですから」

「確かにそうですね」

 横に座っているロイスが持論を展開すると、これまたクク爺は嬉しそうに頷いた。

 孫を愛でるような愛情を持った笑顔に、ロイスは少し不気味な感触を持っていた。

 出会ってまだ一日だというのに、ここまで他人の状態を一喜一憂することができるものなのだろうか。

 ロイスがラズと出会った時は、周りの状況が過去に何があったのかを語っているのはもちろんのこと、話の矛盾やオークスの状態を鑑みれば信用してもよい人物であると判断できたものの、どこの馬の骨かもわからない子供に無条件の愛情を注ぐことができることに違和感を感じていた。

 一万人程度の子供がいるとしても、すべての子供に愛情を注げるものなのだろうか?

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