62話「救出に向けて3」
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先生宅に一人で残してきたオークスのことが心残りとしてあることが、ロイスの足取りを重くしている。
自分一人施設の中で探りを這わせたところで、目新しい情報がそれこそ海賊のお宝のように突然出てくるとは思えない。ただ、自分には仲間がいる。ほぼ命をかけてこの作戦に望んでいる、ある意味命知らずな仲間が。
一人は見ず知らずの子供の提案を知識を代価に受け取って遂行している。一人は王家出身の同遇少女。どちらも世界の研究員を敵に回す行為をお願いされた。
嫌々ながらも同じ軌道に沿って顔を出す太陽とは違い、面は真剣そのもの。別の言い方をすれば、緊張している。もう一つ別の言い方をすれば、笑うことなどこの状況でできるわけがない。
孤児院はこの街で最も広い土地を所有している有数の建造物だ。所有者はおらず、建物と土地はすべてその施設にいる者に分配されている。
権利分配といえば体の良い言葉だが、それを所望したのは孤児院の院長だという話。院長は、老翁の物腰柔らかな人であるとゴッドゥから聞いた。
多くの子供達、多くの職員を抱えながらも院を維持し、成長させてきた功労者。多数の支援をもらっているということは、それだけ商売の才も兼ね備えた超人だと考えられる。
貴族を相手にしているのだから、よほど美味しい餌でなければ慈善活動をするような連中とは思えない。実体験を含めたロイスの意見だった。
商人の激戦区である大通りを抜け、小道をひたすら北門の方へと進むと徐々にその建物は見え始める。
漆喰で塗られた豪勢な屋敷には、様々な色の線や誰かを模して描かれた壁画が一階部分に強烈な彩りを与えている。その屋敷を囲むように芝生が広がり、敷地には数本の木と花壇に植えられた花、池や畑までもが存在し、敷地の広さと子どもたちの多種多様なニーズに答えられるように無いものを探すほうが苦労するのではないだろうか。
遠くに見える屋敷を捉えると、ロイスはさっそく準備に取り掛かる。
院に入る前にするべきことは、服を凄惨な現場から逃げてきたように細工し、できるだけ大粒の涙を流しながら、用意していた手紙を持って門を叩くこと。
そのために、まずは服をナイフでズタズタにするところから始まる。下手して皮膚を切りつければ、なお臨場感が生まれて欺きやすくなるだろう。
ただの果物ナイフを先生宅から拝借し、適当に服を傷つけ終わると次の準備をする。
芝生の植えを転がり服に汚れを付けていく。できるだけみすぼらしくなるように。何日も服を洗っていないかのように見せるために。
その他小さな準備を終えると、後方の脇道に合図を送り、一人の男性を呼び出した。
「あなたが、ゴッドゥさんの言ってた協力者の方?」
「そうだが……思っていたより子供で俺はびっくりしている」
全身をじっくりと品定めでもするかのように隅々まで見て、どこか落胆している様子を見せた。
「それで、久しぶりの仕事だと思ってきてみたはいいが、君に暴力をふるえばいいのか?」
「えぇ。思いっきり殴ってください。そしてあの孤児院まで追いかけてきてください」
「ふーん……」
なにか言いたげな様子で遠くに見える孤児院に目をやる。
ロイスもロイスで軽快な口調で恐ろしいことをお願いしていることに、違和感を感じていた。
スラスラと口から出てくる言葉だというのに、本能的には拒否しているような矛盾が鳥肌となって現れた。
彼は直前になってゴッドゥから知らされたもう一人の協力者。とは言っても、協力するのはロイスが孤児院に潜入するまでの作戦にのみ参加する。
協力内容はいたってシンプルで、ロイスに暴力を振るう親の役だ。
もともとの作戦では、ズタボロの服で孤児院の門をたたき助けを乞うだけだったが、ゴッドゥが「それでは少しリアルさにかけるねぇ?」と言って脚本を変更し、親の暴力から逃げるために門を叩くという物語になった。その方がより緊迫感と子供の必死さが伝わると考えたのだろう。
「それでは、数発お願いします」
準備万端だとぎゅっと目をつむり、少し下半身に体重を乗せて受け身を取る体勢。であるとともにできるだけ力を受け流さんとするために、上半身を少しだけ前のめりにする。
トラウマというほどのものはなかったが、ただただ暴力だけは無気力に受け入れていた時期がある。殴られた経験は、先生に拾われるまでの数年間のみ。それからしばらくは平和に生きていたこともあり、どれほどの痛みだったのか少し記憶から薄れている部分が心配なところではある。




