表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三つの魔法と螺旋の星屑  作者: 長尾 驢
第2章「エリスの魔法」
61/74

60話「救出に向けて1」

 二階の寝室はいつにも増して静まり返っていた。

 昼間だというのに窓がないため部屋の中は暗い。床の上に置かれたオイルランプが二つの影を部屋の天井まで伸ばし、顔に影を刺している。

 作戦会議は難航していた。

 主に、戦力的な問題とエリスの状態がわからず、どういう救出法が適しているのか判断できないことだ。

 研究所の場所をゴッドゥが探し出してくれたとしても、内部の状態や人員、この不利な状況を打開できるような何かを提示してくれるとは考えられない。

 根本的に、全てにおいてこちらは不利だ。

 戦力で言えば子供と大人、真っ向勝負では明らかに負ける。知能戦に持ち込んだとしても、研究員となっただけあってそれなりに頭は回ることが予想できる。つまり頭脳戦だとしても勝機は薄い。

 エリスの状態も気がかりだ。

 ラズの話通りならば、十中八九実験体として捕まっている。機材が繋がれていた場合は取り外す必要があるが、知識がなければ正しく外すこと門叶わないのではないか。

 懸念点を上げればきりがない。そう感じたロイスは首を横に振って今までの考えをリセットさせる。

「ここは、やはり同じように捕まって内部に入る潜入作戦のようなものが効果的じゃないか?」

「中に入るだけであれば、ロイス様の顔は見られてませんので可能かと。ですが脱出はどうやって?」

「力ずくで逃げ切るか、外に内部の研究員を誘導してから逃げるか」

「どちらにしても外と中という役割分けが必要そうですね」

 無茶をしても助けられるかどうかわからない。

「俺が魔法を使えれば、何か別の方法があったかもしれない……」

 悔しそうに呟くロイスはギュッと目をつむり、今まで行ってきた魔法の発現実験の様子を一巡させる。

 どれも失敗に終わり、エリスのような明らかな環境の変化を与えるほどの魔法をを発現させることが出来なかった。ロウソクに火を付けられる程度でも飛んで喜ぶというのに。

「ごほん。いつもの二人がいないとどうにも調子が出ないな、ははっ」

 苦しく笑ったその顔に、ラズは何も言えなかった。

 三人の結束の強さはオークスやエリスの様子を見ただけでもわかる。特にオークスの想いは三人の中でも飛び抜けていたと感じている。

 エリスが連れ去られようとしている場面での彼の表情は鬼気迫るものがあった。それだけ信頼していた友人である証拠だろう。

「ロイス様は……どうして魔法を使えるようになりたいのですか?」

 オイルランプの暖色の炎に照らされた青い瞳が、ロイスに向けられる。

「エリス様が言っていたのですが、私は誰かの助けになるために魔法を使いたいと。それを切に願っていたため、あの場で自ら連れ去られることを選んでいるようでした……」

 誰かのため、他人のため、大きな力となる魔法を使用する対象はいつも自分以外の困っている人。それがエリスが魔法を学ぶ目的であり、目標だった。

 この家が火事になっていた時も、真っ先に心配したのはロイスのことだっただろう。

「俺は、魔法の扉を開く者(ルトプポルス)になって、今の魔法研究システムを変えたい。魔法の研究は続けるけど、魔法をもっと身近なものにしたいって思ってるよ」

 ロイスの場合は、魔法の研究員になるという夢に近い。ただし、現在行われているような研究方法は明らかに非人道的なものだと確信しているため、全ての研究方法を覆すために魔法研究の第一人者となるべく扉を開く者(ルトプポルス)の称号を得る目標がある。

 そのためには知識ももちろんだが技術も磨く必要があるだろう。

 魔法についての理解を深めてもらう、安全性を証明することは容易ではないが、出来ないことではないはずだ。

「今は魔法が特別なもので、危険なものと認識されている。魔法の起源とか何故これが使えるようになったのかとかいろいろな謎もあるし、魔法特有の病だってある。こういうことは学校に行ってから学べたことだが、普通は知らない。ラズさんだって、魔法については詳しくないだろ?」

「存在だけは知っていました。王族であるため、様々な基礎は叩き込まれましたから。ですが、エリス様の魔法を見て、初めて魔法というものを実感いたしました」

「存在だけ知っている状態が俺は一番危険だと思っている。どれだけ魔法が安全だと広めたところで、魔法による怪我を体験すれば考えは一変して危険なものになる。もし、魔法に慣れることができれば、制御を誤ったとして失敗したと感じるだけで済むはずだ」

「確かに第一印象が『危ないもの』と感じられてしまえば、その考えを覆すことはかなり難しくなりますね。その体験の後に安全だと説いても、実体験からくる知見を変えるほどの力はないですね」

 百聞は一見にしかずということわざは人間の認知機能の真理だ。何度聞いたところで一度体験したことには敵わない。

 魔法について良くない噂と実際に販売されている商品の良さに気づいた人は、必ずしも等しく半数いるわけではない。実際は大きく悪評の方に傾いている。

 この格差をなくし、魔法という存在はどういうものなのかをはっきりと伝えるのが、ロイスの目標としているものだった。

「ゴッドゥ様も興奮されていましたけど、それだけ魔法の領域は広く深いんですね」

 鼻息を荒くして顔を接近させたゴッドゥの様子を思い出し、深く頷く。

 魔法のことは知識の初歩、そういう力があるということだけしか学んでいなかったラズにとって、ロイスがこれほど立派な志を持っている事を称賛する。

「ラズさんは、エリスの魔法を見てどう感じた?」

「初めはもちろん危険なものだと思っていましたし、オークス様が家の中に飛び込んでロイス様を助けようとしていたのを止めました。ですが、見た目は完全に炎でしたが、エリス様の体を纏っていた炎を触ると温かく、何故か心がやすらず様な感覚で不思議、だと感じました」

 エリスの魔法は普通の炎魔法とは違った効果があると推測できる。

 ラズの話では、エリスの体を炎が包んでいたという。しかし、エリスの体が燃えるどころか服すらも燃えていないらしい。なにより家も炎に包まれたらしいが、その痕跡が見渡してみても一つもない。普通なら、家に入ることなど投擲できるはずもないが、特に問題となるような箇所はない。

 そう考えると研究員が挙ってエリスをさらおうとしてきた理由にも頷ける。まだ見つかっていない魔法の類だからだ。

「ラズさんのように危険意識が少しでも薄まるのなら、エリスの魔法もしっかり他人の役に立っている証拠だ」

「なら、助け出したらエリス様にお礼を言わなくてはね」

「あぁ、きっと嬉しそうに笑うだろうな」



 〜3日後〜



「これが、研究所の位置だよ。どこだと思う?」

 そう言われてテーブルの上に広げられた地図には丸で囲われた場所があった。

「周辺に建物らしきものが多くありますね……」

「この地形……すごく見覚えがあります……」

 三人は再びゴッドゥの隠れ家に集合し、研究所の位置について報告を受けていた。

 丸の書かれた建物には大きな庭がついており、その外周は柵で囲まれている。ラズとロイスは地図を覗き込み、丸の周辺にある道や建物に注目し、場所を特定しようとしている。

「孤児院さ、それも、この街にある、ね」

 二人の真剣な表情を横目に、ゴッドゥはゆっくりとソファーへ腰を下ろし足を組んで、回答を待たずして答えを言った。

「孤児院……それにこの街にあるものだったら一つしかない」

「そうそう、二人には縁のないところだけどネ。ここには子供が多く集まる。彼らにとっては最高の――――いや、ごめん」

 ゴッドゥは何かを言いかけたところで口を閉じ、言葉を飲み込んだ。

 ダイネの街の孤児院は、全大陸の中で一番大きなものである。

 ロイスやラズのような4番目の子供(ヴォートレン)とは違う境遇で捨てられた子どもたちが集まる場所。加えてこの街の孤児院は、すべての大陸から逃げてきた移民や売られた奴隷を保護している場所でもある。そのため、とてつもなく大きな敷地と建物を有しており、この街の中で最も大きな建物であるといっても過言ではない。

 人数はおよそ1万人とされているが、詳しくはわからない。卒業していく人や街に遊びに出る人、施設の中で勉強や読書をして過ごす人、新たに入ってくる人など出入りが激しいことから正確な人数は公表されていない。

 そんな孤児院が、研究所だとゴッドゥは言っている。

 到底信じられないが、この結論に至った理由がしっかりあるだろうと思い、ゴッドゥに尋ねる。

「この孤児院は世界的に見てもかなりの知名度を誇っています。どうして研究所だと断言できるのですか?」

「理由は三つ。まずひとーつ、世界的に支援を受けている施設であること。ふたーつ、中立国として存在しているダイネの街にあるということ、みーっつ、子供を扱っているということ。ロイスくん、これを聞いて納得できるかな?」

 右手で指を三本立て、腕ごとヒラヒラとロイスの前に挑発的な動きで近づけられる。

「1.世界的に支援を受けているということは、そのいくらかが研究費に使われていたとしてもわからない。一つの場所からの出資であっても、出納を改ざんすることは出来ますが、この施設の場合、何十何百といった出資元があるため細かな金銭の動きを追うことは不可能ということでしょう」

「ねぇ、ラーちゃん、彼って本当に子供?」

 あまりにも完璧な回答にゴッドゥも舌を巻く。ロイスの隣りに座っているラズに視線を移して、困惑した表情を浮かべている。

「2.中立国ということは、どの国にも属していないということ。つまり、一つの国から干渉があり贔屓した場合、その他三国から狙われる可能性があるということ」

「正解♪」

「3.――――魔法の研究の主な実験体が、子供だということ」

「やっぱり頭の回転の早い人との会話はスムーズでボクチンも楽だね。ロイスくんの推測通りだよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ