5話「移動1日目~森までの道中(昼)~」
~移動1日目~
『ダイネ』の街から出発した一行は、ヒノビに質問攻めをしていた。
エリスは彼女の日常についての質問。ロイスは彼女が約3年間魔法について教わっていたこともあって、魔法の基礎から応用までで疑問に思ったことを質問。オークスは人見知りながらも、懸命に初対面の人とのかかわり方についての質問。
三者三様の質問にも、変わらずのはじけた笑顔で対応している。しかし、それが道中ずっと続くほどヒノビも体力があるわけではない。
三人の護衛を任されたヒノビの任務は彼らの身辺に忍び寄る危険の排除。それが先生から命じられたものであり、今回の任務の中で最も重要なものだった。サブミッションとしては、彼らの道案内と料理等だろう。いくら炎狐族とはいえ、少し長い道のりを常に警戒しながらの移動は無茶であった。
平和に『アンブルグ』までたどり着けることに越したことはない。ヒノビの出番が少ないほうが、この任務が終わって、先生への報告の際に、できるだけ簡潔な報告ができることこそ安全に届けきったと言えるだろう。先生もきっとその報告を望んでいるはずだ。
会話が緊張感のなさを象徴している。特に今、エリスに聞かれている内容がその最たるものだろう。
「ヒノ先輩は、先生とどういう御関係なんですの?」
エリスが踏み込んだ質問をした。ほか二人もその質問にはぎょっとした表情でエリスを見つめている。
「先生は……そうだなぁ、神様みたいな人ですね」
「神様?」
想定していたいくつかの回答とは違った答えが返ってきたことで、エリスは小首を傾げる。
「ふふ、私は小さくして親元を離れて『ダイネ』の街に来たんですけど、全く知らない土地だしお金も持ってなくて、死にそうになりながら毎日生きていたんだよ。その時に手を差し伸べてくれたのが先生だったの」
その反応が愛らしく、笑みをこぼしながら先生とのなれそめを話してくれた。
ヒノビは炎狐族である。それが意味することは人よりも優れた種族でありながら、対話をすることができる人間の上位種ということ。生活様式、文化、言語、行動、すべてにおいてその種族だけの独自の物。また、大戦で勝利している民族の一人が敗戦した国に流れたとしても、手を差し伸べてもらえる動議がない。
炎狐族から飛び出して人間の街に来れば、その格差や文化の違いによって何もできないのは当たり前のことだった。
そんな時に先生が表れて、彼女を拾い、ここまで育てたという。
知らない土地で知らない人という種、知らない文化、すべてが生活していたものとかけ離れていたこともあって慣れるには相当の苦労を要しただろう。
「私は今、生活に困らないぐらいにはなってる。いろいろなことを教えてくれたのが先生。だから、神様だと思うんだよ」
尊ぶように表情を赤らめながらヒノビはもう一度、先生を神様といった。それにどれだけ深いストーリーがあるのかは本人にしかわからないが、どれだけ慕っているのかは子供ながらに伝わった。それが、教わっていないであろう感情だとは伝えずに。
「君たちはどうなの? 先生とはどういう関係?」
逆質問を受け、三人とも少し腕を組んで考える。
それは決して形容しがたい存在というわけではなく、先生は先生だとしか考えたことがなかったためだ。それ以外のものに例えて印象を変えたことはない。故に頭上に浮かび上がる先生像を如何様にも変形させ、しっくりくるものを探すが見つからないでいた。
そうしてしばらくすると三人とも考えることを諦め、結論ではなく単純な結果をもたらした。
「俺たちにとっても同じように神様ですかね。こんな身分でも普通の子供らしく接してくれましたので」
三人の諦めの結果を代表してロイスが淡々と答えた。
それに便乗して、エリスが補足説明をしようと――――
「そうそう! 私たちみんな4番mg――――」
「エリス、その言葉は口にしないって約束だろ」
「?」
エリスが何かを口にしようとしたとき、ロイスが表情を変えて口止めした。
彼の行動に動揺していたが、その意図をくみ取ったのか、エリスが表情に影を落としながら小さくうなずいた。
「ぷはっ 気にしないでください。機会がありましたらお話します……」
「ごめん。何か聞いちゃいけないことだったみたいだね」
「いえ、こちらこそ申し訳ない、です」
暗い雰囲気にするつもりはなかったエリスが、がっくりと肩を落としている。そんな彼女を横目に見ながら頭を優しくなでるロイス。
意図せず沈黙が場を支配してしまったが、それを破るべく口を開いたのはオークスだった
「ヒノさんは、魔法を使うことができますか?」
「うん。あまり使いたいものではないけどね」
彼等が期待していることは用意に想像がつくが、ヒノビはそれがあまり良いものだと感じていない様子で、オークスの質問に苦々しい顔で答えた。
「良ければ見せていただくことはできますか?」
「そうだね。みんなは、魔法を使ったり見たりしたことはある?」
「「「ありません(わ)」」」
「じゃあ特別に見せてあげよう」
子どもたちは、魔法は散々先生に倣ってきたこどだが、魔法の実演をしてくれたことは今までに一度もない。すべて言葉、もしくはジェスチャーで教わり、凄さだけが伝わっている。
幸いここは平和な草原で周囲に民家や人の姿はない。何の魔法を披露するかにもよるが、周りを気にしなくても大丈夫そうだ。
「すぅ~~~はぁーーー」
エリスたちから数歩先に進み、子どもたちに被害が及ばないように配慮をする。そして大きく深呼吸をし、手のひらを進行方向にある大きめの岩に狙いをつける。
その様子をヒノビの少し離れたところから見ている三人。少しの緊張からかエリスがロイスの手を握ると、ロイスもエリスのマネをしてオークスの手を握る。はたから見れば仲良く手をつないで景色を眺めているように見えるが、初めての魔法に目を輝かせているとは思うまい。
彼女が眼光を鋭くし、伸ばした腕の先に意識を集中すると、徐々に炎が渦を巻いて表れ始めた。そして、次第に渦が大きくなり、竜巻のようにとぐろを巻き始める。
「みんなしっかり離れてるね。よし!」
後方を確認して子どもたちがちゃんと安全圏にいることを確認し、ヒノビが言い放つと、眼前に見える岩に向かって一直線に炎が飛んでいく。
次の瞬間、炎が当たった岩が四方八方にはじけ飛んだ。まるで爆弾が爆発したような威力に三人は目を丸くする。そして爆発の直後、岩のあった場所を中心として、巨大な炎の竜巻が巻き上がり、飛散する岩の破片が強烈な竜巻に吸い込まれていく。数秒後、炎の竜巻は治まり、焼け焦げた草と山のように積みあがった岩が現れた。
三人はその絶大な威力と初めて見る、魔法によって起こった現象に興奮と恐怖の両方を植え付けられた。同時に、先生のある言葉の、真意を理解する。
「魔法を覚えれば普通の生活に戻れないかもしれないが、それは使い手の心意気によって変化するもの」
これは、魔法で国を傾けることが容易であり、使い方次第で千変万化する強大な力がほぼ無条件で手に入るということだったのだ。
子供ながらに三人は、なぜ魔法が普及しなかったのか、どうして魔法を人前で見せることをかたくなに拒んだのか、ひそかに魔法を使おうとした私たちを悪魔のような顔で叱ったのか、様々な疑問を持ちつつ先生の元を離されたが、それら意味を一瞬で理解できる一幕だったのだ。
魔法は危険だ。子供が手にしていい代物ではないことは一目瞭然だが、大人だから許されるようなものでもない。
使い手の心意気によって変化するという言葉の重みが、出発して数時間後に身を持って体験するとは思ってもみなかった。
「すごーーーい!! これが魔法なんですのね!!」
いつもの活発な少女をふるまい、エリスは三人の中で最初に握っていた手をほどいた。
「本当に驚きました。先生から何度も教わってきた魔法というものがこんなに素晴らしいものだったなんて」
「ま、魔法って……かっこいいね」
各々が目をキラキラを輝かせ、とても感動し胸が高鳴っている風に取り繕った。
子供にしては三人ともできた作り笑いと気分が高揚し体が勝手に動いてしまう演技をほぼ完ぺきに行っている。演劇を行う人たち顔負けだった。
ヒノビは三人のうれしそうな表情を見て、お得意の太陽のような屈託のない笑顔を見せた。
三人にはそれが少し、恐ろしく見えた。