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三つの魔法と螺旋の星屑  作者: 長尾 驢
第2章「エリスの魔法」
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53話「闇」

「ボクチンの予想はね、魔力の暴走。単純だし、研究員が動くような事ってなると、誰かに被害が及んだって考えられる」

 魔法研究員が動くことは魔法のみである。それは当たり前だが、ダイネの街で人を連れ去ることにはそれなりの理由が必要になる。しっかりとした妥当性のある大義名分が。

 四大陸のどれにも属していない中立の街であるが故に、そのルールは厳格だ。様々な商品、文化、紙幣などが混じり合う街であるということは、人ですらそのルールに縛られる対象であるということ。この街でルールを犯せば、個人に被害があるだけでなく下手をすれば大陸全土に影響し、戦争になる可能性がある。

 中立であることが必ずしも良いということではない。

 今回のような人さらいなど尚の事、「人」という貴重な資産を他国に奪われるとなれば事の大きさは重大だ。

「大方合ってます。少し訂正するとしたら、誰にも被害はなかったという点ですね」

「被害がなかったのに、研究員が連れ去った? ふーむ? 臭うねぇ……」

 ツルツルの顎をあたかも髭があるかのように撫で、顔を歪めている。

「うん。少し興味が出てきたよ」

「なら――――」

「報酬の話をしようか」

 にこやかに笑ったゴッドゥがテーブルに手をつく。

「おっと、ラーちゃん? これは真剣で真面目な『取引』だ。ロイスくんは気づいているはずだよ?」

 異を唱えようとしたラズをゴッドゥが先回りをして止める。

 いつものおちゃらけた雰囲気ではない様子を感じ取り、ラズは喉まできていた文字を再度飲み込んで、空けた口を閉じる。

「生きるためのリスク……ですよね」

「いいね。やっぱり君は頭が回る。そうだ。今回のことは少なくともボクチンにとって人生を左右させるほどの大きなリスクがある。それに見合った報酬がなければ、犬ですら命令を聞かない」

 ゴッドゥの言っているリスクとは、すなわちこの一件が解決した後に考えられる様々な可能性のこと。また、失敗に終わった場合のリスクも含まれているだろう。

 協力者として動くということは、必然的に魔法研究員と敵対することになる。未知なる部分の多い敵を相手にするということは、これからの人生で影から常に狙われるということ。これに見合った報酬を提示できなければ、ゴッドゥも首を縦に振ってはくれない。

「俺が提供できることでしたら、どんなことでも応えます」

 もともと無条件で協力者がついてくれるとは考えていなかった。どんなことでも、リターンが求められる。それを承知の上でこの場にいる。

 恐れているのは提示される要求に答えられるかどうか。

 報酬についてはロイスも道中考えていた。しかし、どれだけ考えても、子供の身から返せることは多くない。リスクに見合ったものは、あまり思いついていなかった。

 ビクビクしながらゴッドゥの返答を待っていると、思わぬ回答が返ってきた。

「ならば、知識を貰おうかな☆」

「ち、知識ですか?」

 ラズとロイスは顔を見合わせて困惑している。

「そう、知識。特に魔法分野のことは情報が少ないからね、どうだい? 報酬は払えそうカナ?」

「それなら、アラン魔法学校での知識を提供できそうです」

 ロイスの「アラン魔法学校」という単語にゴッドゥは大きく反応し、顔を急接近させる。

「君、もしかして、生徒?」

「そう……です」

 今にも唇同士が触れるほどの顔の近さで、まじまじと目があっている。

 恐怖というよりももっとおぞましい何かを見ている気分で、背中のあたりがゾワゾワと不快な感触に駆られる。

 どう対応すれば良いのかわからず、たじろぐロイス。必死に顔を引いて距離を保とうとするも、それすら詰めてくるイケメン顔に打つ手なくして追い詰められる。

「いいね!! すごく良い!! ロイスくん最高だよ!!」

 突然顔を引いたかと思えば、部屋中に響く大きな声で興奮を顕にした。

 声だけでは収まらなかったのか、片手でガッツポーズをしながら、テーブルを挟んで接近するのではなくゴッドゥ自ら移動して、ロイスの傍に行き手を取った。

「今まで公にされてこなかった魔法がついに解禁されるって噂は聞いていたんだ。だけど、いざ調べようと思ったら、子供だけが入学できてかつ貴族でないとだめだとわかってどれだけ寝込んだことか!! ラーちゃんを入学させようとも思ったが、身分が身分なためにそれは流石に危なすぎると考えていたから、諦めていたんだ。そんな時に現れたのが、ロイスくん、君なんだよ!」

「は、はぁ……」

 ブンブンと手を握られたまま振られ、肩を痛めるもその様子はゴッドゥに届いていない。隣りに座っているラズも彼の行動を抑えようとしているが、一度興奮すると聞く耳を持たないらしい。

 成すすべなくしばらく振り続けられ、ゴッドゥの頭の中で整理できたのか、落ち着きを取り戻すと、最後にやる気に満ちた声で宣言した。

「受けた! その依頼!」

 彼の瞳は宝石でも埋め込まれたかのようにキラキラと輝いており、欲しいものを目の当たりにした少年のようにロイスの顔を眺めている。

 実際は、ロイスの中にある情報の部分であるとは思うが、期待の眼差しを向けられていることに悪い気は起きない。しかし、この距離感だけはどうにかしてほしい。近すぎる。

「ありがとうございます。それと、もう一つだけ、個人的に探している人がいるんですが……」

「言ってみよ。今のボクチンは気分がいいから、知っていれば教えよう」

 ここからの話はラズにしておらず、彼女も知らないであろう女性の事を聞こうとしていた。

 一年前に突如姿を消した、ロイスたちの知人であり友人である女性のことを。

「ヒノビという炎狐族の女性なんですが、ご存じないですか?」




 ☆★☆★☆★☆




「おい、何をモタモタしているんだ。こんな被験体は貴重なんだ、さっさと蘇生させろ!」

 眩しく照らされる円形の台には、鎖に繋がれた子供の姿があった。

 手足を縛られ、大の字で眠らされている子供の体には何本もの管が繋がれている。管の先には気味の悪い色をした液体が入った容器があり、誰かの合図とともに管の中に液体が流れ込み、子供の体へと注入される。

 液体に反応して、子供の体は大きく痙攣をする。

 綴じていた目を開き白目の状態で苦しそうに藻掻くも、手足を縛られていることで身動きができず、ただ台の上でのたうち回るだけだ。

 その様子を近くで観察している白衣姿の男達が6人程度。その表情はどれも生気のない目と無情を貼り付けたような心のない顔だ。

 液体の注入が終わると男たちは黙々と作業に取り掛かる。一人が瞳孔の観察、一人が子供の体全体に御霊灯の光を当てる、二人が手足を抑えて暴れないようにする、残った二人は蘇生術を用いて子供を起こそうと奮闘している。

「蘇生液を注入しても、蘇生術もだめです!」

「ちっ! なら、魔力生成室にでも入れてこい」

 円形の台で作業する男たちに指示を出す白髪の男性が苛ついた様子で指示を出す。

「はぁ、クソッ!」

 御霊灯による柔らかなオレンジ色の光りに包まれている部屋の中に、男性の怒声が響く。思い通りの結果にならず、やり場のない怒りに支配された男性は近くの壁を殴る。

 運ばれていく子供に目をやることなく、男性は懐からタバコを取り出して火を付ける。

「こうも上手くいかない実験は初めてだ。何も成果が出せないじゃないか」

「仕方ないです。そもそも魔法に適正のある人のほうが少ないのが現状ですから」

 白髪の男性に近づき、台の上に寝かせられていた子供の情報が書かれている紙に大きくバツを描く。

「ハッ! 人間はなんて貧弱な生き物なんだ。実験の材料にすら使えないなんて」

「そうは言っても、魔力量は生物一です。そのお陰で実験が続けられているのも事実です」

 白髪の男性の横に並んで立つと、持っていた紙の束の中から資料を一部手渡した。

「次の被検体です。名前はエリス、炎系統の魔法に適正ありだと考えられていますが、詳細は不明。年齢は11歳で女性、4番目の子供(ヴォートレン)です。出生に関しても不明ですが、4番目なら仕方ないと思われます。今は実験室Aにて拘束し炎系統の魔法以外の適性がないか検査中です」

 ざっと資料に書かれている内容を読み上げ、白髪の男性の判断を仰いでいる。

 タバコを吸ったことによって多少気持ちが緩和されたのか、男性の表情は落ち着きを取り戻している。そして、タバコの火が消える間に資料を読み切り、隣りに立っている男性に軽く指示を出す。

「検査が終わり次第ここにつれてこい。それと、蘇生液の補充と実験器具の取替を行っておけ。俺は実験に使う薬品の調合に行く」

「承知しました。色はどうされますか?」

「そうだな……さっきの失敗を踏まえて緑にしよう」

「では手配しておきます」

 指示を聞いた男性は数行のメモを紙に書いて、部屋を後にする。

 扉から男性が出ていったのを確認し、白髪の男性もタバコを灰皿に突っ込んでから白衣を整えて部屋を出る。

 至るところにヒビの入った古臭い廊下には魔法道具の一つである御霊灯が等間隔に並べられており、暗い廊下に暖色の光をもたらしている。仄かな明かりが暗闇を際立たせ、洞窟のような雰囲気を醸し出す。

 忙しなく行き交う白衣姿の男達の横を気だるげに通り過ぎていき、目的の部屋へ向かう。

 『調合室』と書かれた木製の扉に手をかけ、中に入ると薬品の香りが鼻を突く。

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